ホーム スポーツ 【通算2323試合・2152安打】栗山巧が残した球団史に刻まれる記録

【通算2323試合・2152安打】栗山巧が残した球団史に刻まれる記録

古谷 瑞穂 古谷 瑞穂 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
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栗山巧のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2000安打という大記録と、25年間に積み重ねた通算成績だ。

日本野球機構(NPB)の2026年シーズン終了時点の公式記録によると、最終成績は次のとおりとなっている。


栗山巧・プロ通算最終成績


2,323

西武栗山巧

試合出場


2,152


通算安打


.277


通算打率


128


通算本塁打


914


通算打点


.753


通算OPS

そのほか:二塁打406本、三塁打30本、盗塁85、四球1052。出塁率.366、長打率.387。
出典:NPB個人年度別成績(2026年シーズン終了時)。

2021年9月4日、球団生え抜き初の2000安打

栗山が通算2000安打を達成したのは、2021年9月4日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦だった。

舞台は楽天生命パーク宮城。9回表、一死の場面で打席に立った栗山は、楽天の牧田和久投手から左前安打を放った。

この一打によって、プロ野球史上54人目となる通算2000安打を達成した。

さらに特筆すべきなのは、ライオンズの生え抜き選手として初めての2000安打だったことだ。

西武は長い歴史を持ち、数多くの名打者を輩出してきた球団である。そのなかで、生え抜き選手として初めてこの記録に到達したことは、栗山個人だけでなく球団史にとっても大きな出来事だった。

また、栗山は同年6月12日の中日ドラゴンズ戦で通算2000試合出場も達成している。

つまり2021年は、試合出場と安打の両方で大きな節目を迎えた年だった。

なぜ栗山の2000安打は特別なのか

栗山の記録には、もう一つの特徴がある。

それは、最初から順調に一軍の主力になった選手ではなかったということだ。

2004年9月24日にプロ初出場・初安打を記録したが、プロ入り3年間の一軍安打はわずか1本だった。初めて規定打席に到達したのも2008年である。

その後、着実に出場機会を増やし、毎年のように安打を積み重ねていった。

2000安打までに時間をかけたからこそ、記録の重みがある。長期的な努力と技術の積み重ねによって到達した金字塔だった。

【2026年8月30日の楽天戦】栗山巧の最終打席は中前安打だった

栗山巧の現役最後の試合は、2026年8月30日にベルーナドームで開催された西武対楽天戦だった。

球団は6月29日に引退試合の開催を正式発表。試合後には引退セレモニーを行うことも決定していた。

当日は栗山の現役生活25年間を締めくくる特別な一日となった。

最終打席は8回裏、泰勝利から放った2152本目の安打

この日の栗山は「6番・指名打者」で先発出場。

試合は西武が4対1でリードする展開となった。

そして迎えた8回裏、二死から栗山に第4打席が回ってくる。

楽天の4番手・泰勝利投手が投じた初球のストレートを捉えると、打球は二塁手の左を抜けてセンター前へ。

これがプロ通算2152本目、そして現役最後の安打となった。

一塁ベース上で安打をかみ締める栗山。代走を送られてベンチに戻る際には、スタンドから大きな栗山コールが起こった。

ベンチ前ではチームメート全員が栗山を出迎え、最後のプレーをたたえた。

日本野球機構の引退特集でも、この最終打席は25年間の現役生活を象徴する場面として取り上げられている。

引退セレモニーには球団関係者や盟友が集結

試合終了後には、ベルーナドームで引退セレモニーが開催された。

栗山の25年間を振り返る特別映像が流れ、球団関係者やかつてのチームメートから花束が贈られた。

花束を贈呈した主な人物は以下のとおり。

- 後藤高志オーナー
- 岸孝之
- 炭谷銀仁朗
- 中村剛也
- 中島宏之
- 片岡保幸
- 野茂英雄

特に注目されたのは、野茂英雄のサプライズ登場だった。

野茂は栗山に感謝の言葉を伝えたうえで、引退を撤回してほしいという思いも口にした。長年の交流を感じさせる場面となり、栗山も涙を見せた。

「今も、これからもライオンズの栗山です」

セレモニーの最後に栗山がファンへ伝えた言葉は、25年間の野球人生を象徴するものだった。

25年間、ライオンズの栗山であり続けました。 今も、これからも、ライオンズの栗山です。

この言葉は、引退によってライオンズとの関係が終わるわけではないという思いを感じさせる。

また、楽天ファンへの感謝や、花束を贈った岸孝之への言葉も忘れなかった。

敵味方を問わず、野球を通じて築いてきた人間関係を大切にする姿勢が表れたセレモニーだった。

【引退後の現在】栗山巧の次の進路は?西武球団に残る可能性

2026年11月現在、栗山巧は現役を引退している。

では、今後は何をするのだろうか。

注目されているのは、西武球団との関係が今後も続く可能性だ。

本人は引退会見で「現時点では未定」と説明

2026年8月30日の引退会見で、第2の野球人生について質問された栗山は、次のように回答した。

現時点では未定。今日の試合を全うすることに集中したいと思います。

引退後の具体的な職業や活動については、その時点では決めていなかった。

そのため、引退直後から監督やコーチに就任することが決まっていたわけではない。

西武球団は栗山に新たなポストを用意する方針

一方、球団側は栗山の経験や実績を今後も生かしたい考えを示している。

2026年6月24日の西武ホールディングス株主総会では、株主から栗山の引退後に球団内のポストを用意してほしいという要望が出た。

これに対し、後藤高志オーナーは、栗山に何らかの形で球団に残ってもらいたいと希望を示した。

さらに引退試合翌日の8月31日付の日刊スポーツ報道では、球団が2027年以降のポストを用意する方針であることが伝えられた。

報道によると、単純にすぐ指導者へ就任させるのではなく、将来の球団リーダー候補として幅広い経験を積ませる役割が有力視されていた。

ただし、これは球団側の方針についての報道であり、具体的な役職への正式就任が決定したという意味ではない。

引退後も続ける意向を示した社会貢献活動

栗山は現役時代から、野球を通じた社会貢献にも取り組んできた。

引退会見では、闘病などの事情で球場に来られない人々にとって、選手の活躍が励みになるのであれば活動を続けたいという考えを説明している。

そして、現役を引退した後も、自分にできることをできる限り続けていきたいと語った。

少年野球に関する活動も、その一つだ。

栗山巧少年野球大会やNOMO KURIYAMA ALL STAR GAMEなど、野球を通じて子どもたちと関わる取り組みを続けてきた。

本人の公式サイトでは、2026年9月18日付で「25年間ありがとうございました!」というメッセージも掲載されている。

2026年11月2日時点で整理すると、次の3点が重要だ。

- 現役選手としての活動は2026年8月30日に終了した。
- 球団は将来的な役割を用意する意向を示している。
- 本人が公表した具体的な引退後の職業・役職は、引退会見時点では未定だった。

栗山の今後を考えるうえでは、コーチ就任だけに注目するのではなく、球団運営、若手育成、野球振興など幅広い可能性を視野に入れる必要がある。

【プロの結論】栗山巧が25年間でライオンズに残した本当の価値

栗山巧のキャリアを振り返ると、評価すべきなのは2152安打という数字だけではない。

むしろ、プロ入りから一軍の中心選手になるまでの時間、主力としてチームを支えた期間、そして最後までライオンズ一筋を貫いた姿勢にこそ、大きな価値がある。

① 遅咲きから球団を代表する選手になった

プロ3年目で一軍初出場を果たし、初めて規定打席に到達したのは7年目の2008年。

決して最初からスター選手だったわけではない。

しかし、2008年の最多安打をきっかけに主力へ成長し、長期間にわたって安定した成績を残した。

若手選手にとっては、才能だけでなく、継続的な努力が大きな成果につながることを示したキャリアでもある。

② 2000安打は球団への貢献を象徴する記録

NPB史上54人目という個人記録に加えて、西武の生え抜き選手として初めて達成したという点が重要だ。

他球団へ移籍せず、同じ球団で積み重ねた記録には、通常の通算成績とは異なる意味がある。

背番号1を長年背負い続けたことも、ライオンズのファンにとって特別な記憶になっている。

③ 引退後もライオンズとの関係は続く可能性が高い

引退セレモニーでの言葉や、後藤オーナーの発言を考えると、栗山が今後もライオンズに関わっていく可能性は十分にある。

ただし、本人の希望や球団との具体的な話し合いが必要になる。

指導者になるのか、球団の運営や育成に関わるのか、あるいは野球振興を中心に活動するのか。

その答えは今後の発表を待つ必要がある。

栗山の25年間は、単に長く現役を続けたという話ではない。一人の選手が球団の歴史とファンの記憶に深く刻まれていく過程だった。

【西武・栗山巧の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:栗山巧は現在、現役を引退していますか?

A1:はい。2026年8月30日のベルーナドームでの楽天戦を最後に、25年間の現役生活を終えました。

Q2:栗山巧の引退試合はいつでしたか?

A2:2026年8月30日です。西武対楽天戦に「6番・指名打者」で先発し、8回裏の最終打席で中前安打を放ちました。

Q3:栗山巧の通算成績はいくつですか?

A3:NPB公式記録によると、通算2323試合、2152安打、128本塁打、914打点、打率.277です。

Q4:栗山巧は2000安打をいつ達成しましたか?

A4:2021年9月4日の楽天戦です。西武の生え抜き選手として初めて通算2000安打を達成しました。

Q5:栗山巧の引退理由は何ですか?

A5:本人は、プロ25年目という節目と、ファンに最後のプレーを見てもらいたいという思いを理由に挙げています。

Q6:栗山巧は引退後、西武のコーチになりますか?

A6:2026年11月2日時点で、具体的なコーチ就任が正式決定したという情報は確認できません。球団側は将来を見据えたポストを用意する方針を示しています。

Q7:栗山巧の背番号52と1にはどんな違いがありますか?

A7:52は2002~2007年に着用したプロ入り当初の番号、1は2008年から引退まで着用した番号です。球団公式の引退企画でも、この2つの番号が25年間の象徴として紹介されています。

栗山巧は、2001年のドラフト指名から2026年8月30日の引退試合まで、25年間にわたってライオンズのユニフォームを着続けた。

通算2323試合、2152安打、128本塁打。2021年には球団生え抜き初の2000安打を達成し、2008年には最多安打のタイトルも獲得した。

2025年11月の引退発表から最終打席まで、一貫していたのはファンとライオンズへの思いだった。

引退後の進路は本人が未定としている一方、球団は今後も関わりを持ちたい意向を示している。

背番号52から始まり、背番号1で終えた25年間。その最後の一打が中前安打だったことも、栗山らしい締めくくりだった。

現役生活は終わったが、ライオンズに残した功績と存在感が色あせることはない。これからどのような立場で野球界に関わっていくのか、引き続き注目したい。

主な参考資料:日本野球機構(NPB)公式年度別成績・引退特集、埼玉西武ライオンズ公式発表、栗山巧公式プロフィール・メッセージ、パ・リーグ公式報道、日刊スポーツ、スポーツ報知。

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トレンドリサーチャー 古谷 瑞穂
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