ホーム 芸能人プロフィール・現在 石井大裕の現在は?TBS退社理由とTOMODE BASE・LOCOKでの活動を徹底解説

石井大裕の現在は?TBS退社理由とTOMODE BASE・LOCOKでの活動を徹底解説

神崎 伊都 神崎 伊都 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

2026年11月現在、元TBSアナウンサーの石井大裕(いしい・ともひろ)氏は、テレビ局のアナウンサーという枠を離れ、実業家、スポーツプロデューサー、陸上クラブの運営者として活動している。2026年1月6日付でTBSを退社し、翌7日付で新会社「TOMODE BASE」を設立。さらに4月1日には、株式会社LOCOKの取締役とLOCOK陸上競技クラブのゼネラルマネージャー(GM)に就任した。

退社の背景にあったのは、TBSへの不満や突然のキャリア変更ではない。日本のスポーツや文化を世界に発信したいという長年の目標と、自ら会社を経営して新しいコンテンツを生み出したいという挑戦だった。現在は東レの特別番組「東レポ」への出演やヨネックスのブランドオフィシャルMCなど、活動の幅を広げている。

- TBS退社の理由: 2026年1月6日付で退社。新会社の代表取締役として事業に挑戦するための決断だった。
- 現在の活動: TOMODE BASE代表取締役社長、LOCOK取締役、LOCOK陸上競技クラブGMを務める。
- 新たな仕事: 東レの「東レポ」でエクスプローラーを担当し、ヨネックスのブランドオフィシャルMCとしても活動。
- 異色の経歴: 元プロテニス選手で、12歳のときに松岡修造氏の「修造チャレンジ」に選出。錦織圭選手ともジュニア時代に接点がある。
- アナウンサー時代: WBC、サッカーW杯、世界陸上などを担当。「S1」のキャスターとしても知られた。

【2026年最新】石井大裕はなぜTBSを退社し、現在は何をしているのか

石井大裕

石井大裕氏のTBS退社が明らかになったのは2026年1月1日。スポニチアネックスが報じたところによると、石井氏は同月6日付でTBSを退社し、7日付で新会社を設立する予定だった。

注目したいのは、退社を決断した理由である。

同紙の取材に対し、石井氏はTBSについて、働きやすく、子育てに関する希望にも配慮してもらえる職場だったと説明。そのうえで、大きな目標に挑戦したい気持ちが強くなったと語っている。

つまり、会社との対立や番組降板をきっかけにした退社ではなく、自ら事業を立ち上げるための前向きな転身だった。

退社の直接的な理由は新会社の代表になるため

スポニチの報道によれば、TBSの社内規則では、社員と法人代表を兼務することが認められていなかったという。

石井氏は新会社の代表取締役社長に就任するため、会社員としての立場を離れる必要があった。

新会社の名称は「TOMODE BASE(トモードベース)」。本人の名前に由来する「とも」、流行や時代を意味する「モード」、活動の拠点を意味する「ベース」を組み合わせた名称だ。

会社設立の目的は、スポーツや日本文化を中心とした優れたコンテンツを制作し、国内だけでなく欧米をはじめとする海外にも発信していくことにある。

石井氏は次のような思いも明かしている。

日本のコンテンツを欧米など世界に向けて自分が作って出していきたいという思いを持っていました。

この発言から見えてくるのは、単にアナウンサーからフリーの立場に移ることではなく、コンテンツを自ら企画し、制作し、届ける側に回りたいという意志だ。

2026年1月4日が「S1」最後の出演

TBS退社に伴い、スポーツニュース番組「S1」のキャスターとしての出演も一区切りを迎えた。

スポニチの報道では、最後の出演は2026年1月4日深夜の放送とされている。

2010年の入社以来、約15年にわたってスポーツ報道の現場で活動してきた石井氏にとって、大きな節目となった。

ただし、「S1」を離れたことと、アナウンサーとしての活動そのものを終えたことは同じではない。退社時の報道でも、今後も取材、出演、司会などを継続する意向が示されていた。

【TOMODE BASEの事業】退社後はメディア制作と世界への情報発信へ

石井大裕氏の独立後の活動を理解するうえで、中心となるのがTOMODE BASEだ。

従来のテレビ局の仕事は、番組の企画や制作、取材、放送といった工程が組織的に分担されている。一方、石井氏が目指しているのは、出演者でありながらプロデューサーとしても企画を動かすスタイルである。

スポニチの報道では、スポーツや日本文化を題材に、日本の魅力を世界に届けるメディア事業を構想していると紹介された。

スポーツ中継だけでなくドキュメンタリー制作にも取り組む

石井氏はTBS在籍中から、競技の実況やリポートだけでなく、映像制作にも携わっていた。

その代表例の一つが、ウクライナの女子走り高跳び選手ヤロスラワ・マフチフを題材にしたドキュメンタリーだ。

この企画はTBSのスポーツ番組でも放送された実績がある。

また、スポニチの報道によると、日本の職人を題材にした映像制作にも取り組み始めていた。

こうした活動には、スポーツ選手の競技成績だけでなく、その背景にある努力や文化、価値観まで映像にして伝えるという共通点がある。

東レの100周年記念番組「東レポ」に出演

2026年5月から始まった注目の仕事が、東レ株式会社の創立100周年記念プロジェクト「東レポ」だ。

東レの公式発表によると、同番組は2026年5月21日からYouTubeの東レ公式チャンネルで配信を開始。石井氏は「エクスプローラー(探検家)」として出演している。

番組の主な内容は次のとおり。

- 東レの製造現場や研究開発の最前線への取材
- 東レの大矢光雄社長へのインタビュー
- 東レアローズなどスポーツ分野の取材
- 100周年を通じた企業の歴史や未来への取り組みの紹介
- 次世代の子どもたちに向けた教育・科学関連の企画

日本国内では「東レポ」、海外向けには「Inside Toray」という名称で展開される。

単なる企業紹介にとどまらず、企業で働く人々の思いや技術が社会にどう役立っているかを伝えるプロジェクトだ。

石井氏が掲げてきた「日本のコンテンツを世界に届ける」という目標とも重なる。

ヨネックスのブランドオフィシャルMCにも就任

2026年6月29日には、ヨネックス株式会社と株式会社TOMODE BASEがイベント出演契約を締結した。

この契約によって、石井氏はヨネックスの「ブランドオフィシャルMC」として活動することになった。

担当するのは、同社が企画・主催する大会やイベントでの司会、アンバサダー活動など。スポーツの普及と発展、ブランド価値の向上を目指す役割だ。

テニス選手として海外大会を経験した石井氏にとって、ヨネックスとの仕事は自身の競技経験を生かせる分野でもある。

アナウンサー時代に培った取材力や進行能力と、選手として競技に向き合ってきた経験を組み合わせられる仕事といえる。

【経歴・年表】石井大裕のプロフィールとキャリアの転換点

石井大裕氏は1985年6月5日、東京都生まれ。2026年11月現在は41歳だ。

慶應義塾大学を卒業し、2010年にTBSへ入社した経歴を持つが、その前には海外でプロテニス選手として活動していた時期がある。

アナウンサーとしてのキャリアだけを見ると、現在の陸上クラブGMという仕事は意外に映る。しかし、幼少期からのスポーツ経験や世界各地での活動を振り返ると、今回の転身には一貫した背景がある。

石井大裕の主な経歴一覧
時期 出来事 主な内容・実績
1985年6月5日 誕生 東京都生まれ
6歳ごろ テニスを開始 幼少期から競技に打ち込む
12歳 修造チャレンジ選出 松岡修造氏のトップジュニアキャンプに参加
高校時代 海外で競技活動 欧州を拠点に国際大会へ挑戦
2006年 テニス引退 度重なる負傷を経て競技生活に区切り
2009年 慶應義塾大学卒業 法学部で学ぶ
2010年 TBS入社 アナウンサーとして活動開始
2013年以降 世界陸上を担当 スポーツ取材・キャスターとして経験を積む
2023年 世界陸上ブダペスト大会 江藤愛アナウンサーと総合司会を担当
2025年 世界陸上東京大会 選手に寄り添うリポートで注目される
2026年1月 TBS退社・独立 TOMODE BASEを設立
2026年4月 LOCOK陸上クラブGM就任 株式会社LOCOKの取締役も兼任
2026年5月 東レポ開始 エクスプローラーとして出演
2026年6月 ヨネックスと契約 ブランドオフィシャルMCに就任

この年表から分かるのは、石井氏のキャリアがスポーツ選手、メディア人、事業経営者という三つの段階を経て発展していることだ。

特に、競技生活を終えた後もスポーツとの関係を断ち切らず、取材や映像制作を通じて競技の魅力を伝えてきた点が特徴的である。

【テニス選手時代】松岡修造との関係と錦織圭に憧れられた過去

石井大裕氏の経歴で特に知られているのが、元プロテニス選手という一面だ。

実は、TBS入社前から国際的な舞台を経験しており、ジュニア時代には日本の有望選手として期待されていた。

12歳で松岡修造の「修造チャレンジ」に選ばれる

石井氏は6歳からテニスを始め、12歳のときに松岡修造氏が主催する「修造チャレンジトップジュニア」のキャンプに選出された。

このキャンプは、将来の日本テニス界を担う有望なジュニア選手を育成する取り組みだ。

石井氏は参加者の中でも中心的な存在で、当時は主将も務めたと日刊スポーツが報じている。

同じ時期に参加していた選手の一人が、後に世界的なテニスプレーヤーとなる錦織圭選手だった。

錦織圭との関係はジュニア時代の先輩・後輩

石井氏と錦織選手は、ジュニア時代に修造チャレンジで一緒に練習した間柄だ。

当時、錦織選手は石井氏を憧れの先輩として見ていたと日刊スポーツが紹介している。

ただし、二人の関係を単純に現在も親しい友人同士と捉えるのは正確ではない。

確認できる大きな接点は、ジュニア時代に同じ育成環境で競技に取り組んだこと、そして石井氏が錦織選手の成長を長く見守ってきたことにある。

石井氏は2015年に『錦織圭 限界を突破する瞬間』という書籍も刊行している。ジュニア時代からの経験や交流を踏まえ、錦織選手の技術や精神面に迫った内容だ。

慶應義塾高校から海外へ、イタリアを拠点に活動

高校時代には全日本ジュニア室内テニス選手権で準優勝するなどの実績を残した。

その後、慶應義塾高校を卒業して海外へ渡り、イタリアを拠点に世界各地の大会を転戦。国際大会で世界ランキング入りを果たした。

しかし、競技生活は順風満帆ではなかった。

度重なる故障に悩まされ、2006年にテニス選手としてのキャリアに終止符を打つことになる。

本人にとって、幼少期から追い続けた夢を手放すことは大きな転換点だった。

テニス引退後もスポーツの世界に残った理由

TBSの公式インタビューによると、石井氏は引退後、約3年半にわたってアメリカや中南米でメジャーリーグの取材を手伝っていた。

そこで、世界を舞台に活躍する選手たちの姿を目の当たりにし、もう一度スポーツに関わる仕事をしたいと考えるようになったという。

その経験がTBSへの入社につながった。

テニスで世界を経験したこと、海外で生活したこと、競技を離れた後もスポーツ取材を続けたこと。これらが現在のメディア事業の土台になっている。

【アナウンサー時代】S1・世界陸上・WBCで培った取材力

2010年4月にTBSへ入社した石井氏は、スポーツ分野を中心にアナウンサーとして活躍した。

担当したのは、野球のWBC、サッカーW杯、陸上の世界選手権など、国内外の大規模なスポーツイベントだ。

また、「あさチャン!」「NEWS23」「S1」などの番組にも出演し、スポーツキャスターとしての知名度を高めていった。

世界陸上との縁は2013年から

石井氏が世界陸上に携わるようになったのは2013年から。

TBSの公式インタビューでは、本人が世界陸上に対する特別な思いを語っている。

その背景には、高校時代に海外で生活していた際、棒高跳びのレジェンドであるセルゲイ・ブブカ氏の自宅に滞在していた経験があった。

ブブカ氏の息子がテニス選手で、石井氏のライバルでありダブルスのパートナーだったことがきっかけだった。

ブブカ氏と一緒に初めて陸上競技の大会を観戦した経験が、後の仕事につながっていく。

2023年の世界陸上ブダペスト大会では、江藤愛アナウンサーとともに総合司会を担当。長年のスポーツ取材経験を生かして大会の魅力を伝えた。

2025年の東京大会でも、選手の思いや背景を伝えるリポートが注目された。

選手への取材で重視していたこと

石井氏のアナウンサーとしての特徴は、単に競技結果を伝えるだけではなく、選手自身の人間性や競技への取り組みを掘り下げる姿勢にあった。

TBSの2023年のインタビューでは、選手に過度に肩入れするのではなく、現場で感じたことを率直に本人に尋ねることを重視していると説明している。

また、2015年の世界陸上以降、レース直後の選手へのインタビューを計762人に行ったと明かしていた。

WBCでも、試合に出場するチームの情報を事前に収集し、現地の関係者や監督への取材を通じて選手の特徴を把握していたという。

こうした取材方法は、競技経験があるからこそ選手の立場を理解できるという強みと、メディア人として客観的な視点を保つ姿勢の両方を生かしたものだった。

「S1」卒業はアナウンサー人生の終わりではない

「S1」は石井氏の代表的な出演番組の一つだ。

2026年1月4日の放送が最後の出演となり、同月6日にTBSを退社した。

しかし、現在はTOMODE BASEを通じたメディア活動に加え、企業イベントのMCやスポーツ関連の企画にも関わっている。

局アナ時代のように決まった番組を担当する立場から、企画ごとに出演・制作・プロデュースを行う立場へ移ったと考えると分かりやすい。

【LOCOK陸上クラブGM】石井大裕が陸上界で目指す新しい教育の形

2026年4月1日、石井氏は株式会社LOCOKの取締役と、同社が運営するLOCOK陸上競技クラブのゼネラルマネージャーに就任した。

4月7日にLOCOKが公式発表し、4月21日には新体制の記者発表会が開かれた。

この転身には、石井氏自身の幼少期の経験が深く関係している。

LOCOKは実兄が代表を務める教育関連企業

株式会社LOCOKは、石井氏の実兄である石井大貴氏が代表取締役を務める企業だ。

幼児教室「つくし会」などの教育関連事業を展開している。

石井氏自身も幼少期に、このつくし会で学んだ経験があるという。

LOCOKの公式発表では、石井氏は幼少期に身につけた次のような考え方を大切にしていると説明している。

- 「やればできる」を習慣にすること
- あきらめずに追い求めること
- 礼儀や礼節を重んじること

この教育理念を陸上競技に取り入れ、子どもからシニアまで幅広い世代にスポーツの価値を届けようとしている。

LOCOK陸上競技クラブの新体制

2026年4月に発表された新体制は、競技経験の豊富な人材を中心に構成されている。

役職 人物 主な役割
取締役兼GM 石井大裕 クラブ運営・環境整備
監督 岡田久美子 選手の指導・競技力向上
アカデミーディレクター 関根花観 陸上普及・次世代育成
所属選手 梅野倖子 競歩競技で世界を目指す

岡田久美子氏はオリンピックに3大会連続で出場した競歩選手で、関根花観氏はリオデジャネイロオリンピック女子10000メートルの代表経験者だ。

所属選手の梅野倖子氏も、日本代表として国際大会を目指す競歩選手である。

石井氏は選手や監督として競技に参加するのではなく、GMとして選手が競技に集中できる環境を整える役割を担う。

4月21日の会見では、梅野選手の世界選手権やオリンピックでのメダル獲得という目標を支援することにも意欲を示した。

「PROJECT やれば、できる!」が目指すもの

LOCOK陸上競技クラブの新体制とともに発表されたのが、「PROJECT やれば、できる!」という全世代型プロジェクトだ。

その目的は、トップアスリートを単なる競技者としてではなく、子どもたちに挑戦する姿勢を伝える「生きた教科書」として位置づけることにある。

主な取り組みは以下の3つ。

1. アスリートによる直接指導

現役選手や引退した選手が子どもたちと接し、競技を通じて努力することや継続することの大切さを伝える。

2. シニア世代のウェルネス活動

陸上競技の知見を生かし、高齢者の健康寿命を延ばすためのコミュニティーづくりを目指す。

3. 教育とエンターテインメントの融合

体験型施設などとの連携を通じて、楽しみながら学べる機会をつくる。

この構想で石井氏が担うのは、競技と教育、そして社会をつなぐ役割だ。

スポーツ中継でトップ選手の努力や挫折を見てきた経験を、今度は競技者を支える側から生かそうとしている。

4月21日の会見では、石井氏は陸上界への恩返しと、スポーツと教育の新しい可能性を切り拓くことへの意欲を表明した。

【誤解を整理】石井大裕のTBS退社後について知っておきたいこと

石井氏の独立後については、いくつか整理しておきたいポイントがある。

Q:TBSを辞めたのは番組でのトラブルが原因?

スポニチの報道で説明されているのは、新会社を設立して代表取締役社長になるための退社だ。本人もTBSについて働きやすい職場だったと語っており、番組トラブルや局との対立が退社理由だったとする報道は確認されていない。

Q:アナウンサーを完全に引退した?

そうではない。TBSの社員としてのアナウンサー活動には区切りをつけたが、退社時には今後も取材、出演、司会などを続ける意向を示している。現在も企業プロジェクトやスポーツ関連のメディア活動に携わっている。

Q:LOCOK陸上クラブでは監督をしている?

監督ではなくGMだ。監督は岡田久美子氏が務めている。石井氏はクラブ運営や選手を支える環境づくりを担当する立場である。

このように、TBS退社後の石井氏はアナウンサーという職業を捨てたというより、これまで培ってきた能力を別の事業領域に広げている。

石井大裕に関するよくある質問(FAQ)

Q1:石井大裕は現在何をしている?

A1:2026年11月現在、株式会社TOMODE BASEの代表取締役社長、株式会社LOCOKの取締役、LOCOK陸上競技クラブのGMを務めている。東レの「東レポ」への出演や、ヨネックスのブランドオフィシャルMCなど、メディアとスポーツの両分野で活動している。

Q2:石井大裕がTBSを退社した理由は?

A2:2026年1月7日付で設立する新会社TOMODE BASEの代表取締役社長に就任するため。報道によると、TBSの社内規則で社員と法人代表の兼務が認められていなかったことも背景にある。本人は日本のコンテンツを世界に発信したいという目標を語っている。

Q3:TOMODE BASEとはどんな会社?

A3:石井大裕氏が2026年1月に設立した会社。スポーツや日本文化など、日本の優れたコンテンツを制作し、国内外に発信するメディア事業を目指している。

Q4:石井大裕と錦織圭はどんな関係?

A4:ジュニア時代に松岡修造氏の「修造チャレンジトップジュニア」で一緒に練習した先輩・後輩の関係。錦織選手が石井氏に憧れていたことも報道されている。

Q5:石井大裕は現在もアナウンサーとして活動している?

A5:TBSの局アナではなくなったが、独立後も出演や司会などの活動を継続する意向を示している。現在はメディア出演に加え、映像制作や企業イベントのMCなどにも取り組んでいる。

Q6:LOCOK陸上クラブでの役職は?

A6:2026年4月1日付でゼネラルマネージャー(GM)に就任した。株式会社LOCOKの取締役も兼任し、選手や指導者を支えるクラブ運営に携わっている。

石井大裕氏の2026年の転身は、TBSアナウンサーとしてのキャリアを終わらせるためのものではなく、これまで培ってきた経験を新しい形で生かすための決断だった。

12歳で松岡修造氏の修造チャレンジに選ばれ、錦織圭選手とともにジュニア時代を過ごしたテニス経験。海外での競技生活。TBSでの約15年間に及ぶスポーツ取材。そして世界陸上やWBCで培った選手とのコミュニケーション能力。

これらの経験が、現在の事業活動につながっている。

2026年11月現在、活動の柱は大きく3つに整理できる。

- TOMODE BASE: 日本のスポーツや文化を世界に届けるメディア事業。
- 東レポ・ヨネックス: 映像出演、取材、イベントMCなどの情報発信活動。
- LOCOK陸上競技クラブ: スポーツを通じた人材育成と教育環境の構築。

特に注目したいのは、競技者を取材する側から、競技者が活躍できる環境をつくる側へと役割を広げたことだ。

テレビ局という大きな組織を離れ、自ら企画と事業を動かす立場になった石井氏。今後はTOMODE BASEのメディア事業がどこまで海外に広がるのか、LOCOK陸上競技クラブがどのような選手育成モデルを築くのかが注目される。

アナウンサー、元テニス選手、そしてスポーツ事業の経営者。石井大裕氏の2026年は、これまでのキャリアを次のステージへつなぐ大きな転換点となっている。

主な根拠資料:スポニチアネックスの2026年1月1日付退社報道、TBS公式インタビュー、LOCOK公式発表、東レ公式プレスリリース、ヨネックス関連発表、日刊スポーツの報道。

同じカテゴリの記事

神崎 伊都

所属事務所の公式発表と本人の公式SNSのみを出典とし、週刊誌報道は複数媒体が一致した場合に限り言及。数字は発表元の値をそのまま引用します。

おすすめの関連記事