2026年現在、元大関・千代大海は、日本相撲協会の年寄「九重龍二」として活動しています。現役時代の力強い突っ張りで知られた千代大海は、2010年1月に現役を引退。その後は親方として後進の育成に携わり、2016年8月2日には第14代九重を襲名して九重部屋を継承しました。
現在の主な活動は、東京都葛飾区にある九重部屋の師匠としての力士育成と、日本相撲協会の審判部副部長としての協会運営です。本名は須藤龍二。大関在位65場所、幕内優勝3回という実績を持つ元力士が、引退から16年以上を経た現在、どのような立場で大相撲を支えているのでしょうか。日本相撲協会の公式プロフィールや九重部屋の情報をもとに、現役時代から2026年の活動までを詳しく整理します。
【2026年最新】千代大海の現在は九重部屋の師匠・九重龍二親方

千代大海は現在、現役時代の四股名ではなく、年寄名の「九重龍二」として活動しています。日本相撲協会の公式プロフィールでも、九重龍二の本名は須藤龍二、所属部屋は九重と記載されています。
1976年4月29日生まれで、2026年11月現在は50歳。出身地は大分県大分市です。現役時代の最高位は大関で、引退後も日本相撲協会に所属し、相撲界で指導者としてのキャリアを重ねています。
九重龍二と千代大海は同一人物検索すると「千代大海」「九重親方」「九重龍二」「須藤龍二」という複数の名前が出てきますが、いずれも同じ人物を指しています。
- 千代大海龍二:現役時代の四股名。
- 九重龍二:現在の年寄名。
- 須藤龍二:本名。
- 第14代九重:2016年に襲名した年寄名跡。
特に注意したいのが、九重龍二という名前と須藤龍二という本名の違いです。相撲協会の年寄プロフィールでは、九重龍二の本名として須藤龍二が明記されています。
現在の九重部屋の所在地九重親方が率いる九重部屋は、東京都葛飾区奥戸にあります。日本相撲協会の部屋紹介でも、師匠として九重龍二の名前が掲載されています。
現役時代に自らが所属していた部屋を引き継ぎ、今度は師匠として力士を育てる立場になったことが、現在の千代大海を理解するうえで要点です。
【経歴・年表】千代大海の引退から九重部屋継承まで
千代大海のキャリアを振り返ると、1992年の初土俵から2010年の引退まで、約17年間にわたって大相撲の土俵に立ち続けました。
引退後は年寄佐ノ山を襲名して部屋付き親方となり、2016年には師匠として九重部屋を引き継ぎます。現役力士から指導者への転身を時系列で整理すると、次のようになります。
| 年月・時期 | 主な出来事 | 内容・実績 |
|---|---|---|
| 1976年4月29日 | 誕生 | 大分県大分市出身。本名は須藤龍二。 |
| 1992年11月 | 初土俵 | 九州場所で大相撲の世界に入る。 |
| 1997年9月 | 新入幕 | 幕内力士として活躍を始める。 |
| 1999年3月 | 大関昇進 | 大関としての在位がスタート。 |
| 2010年1月 | 現役引退 | 大関在位65場所、幕内優勝3回の実績を残す。 |
| 2010年以降 | 年寄佐ノ山 | 九重部屋付き親方として後進の指導に携わる。 |
| 2016年8月2日 | 九重部屋継承 | 第14代九重を襲名し、部屋の師匠に就任。 |
| 2026年11月 | 現在 | 九重部屋師匠、審判部副部長、新弟子検査担当。 |
この年表から分かるのは、千代大海が引退直後に部屋を継承したわけではないということです。約6年間、部屋付き親方として指導者の経験を積んだ後、九重部屋の師匠になりました。
現役時代の実績だけでなく、引退後に相撲協会の仕事や部屋運営に携わってきたことも、現在の立場につながっています。
2010年1月、千代大海が現役を引退2010年1月13日、千代大海は初場所4日目に現役引退を表明しました。
1992年11月の九州場所で初土俵を踏み、1999年3月場所から大関を務めてきましたが、2009年11月場所で大関から陥落。2010年初場所では大関復帰を目指していたものの、初日から3連敗となり、引退を決断しました。
日刊スポーツの当時の報道によれば、引退を決める際には師匠の九重親方(元横綱・千代の富士)にも相談していました。引退後は年寄佐ノ山を襲名し、九重部屋付き親方として後進の指導に当たることになりました。
大関在位65場所という記録を残して土俵を去った千代大海は、ここから指導者として新たな道を歩み始めます。
【大関時代の実績】千代大海の優勝回数と65場所の記録がすごい理由
千代大海を語るうえで欠かせないのが、大関として残した長期在位の記録と、突き押し相撲を武器にした現役時代の活躍です。
日本相撲協会の歴代大関プロフィールによると、千代大海の生涯戦歴は771勝528敗115休(104場所)。幕内戦歴は597勝402敗115休で、幕内最高優勝は3回です。
大関在位65場所は歴代最多タイ千代大海の大関在位は、1999年3月場所から2009年11月場所までの65場所です。
この65場所という数字は、単独の歴代最多記録ではなく、元大関・魁皇と並ぶ歴代最多タイの記録です。魁皇も大関在位65場所を記録しており、日本相撲協会の公式プロフィールでも両者の在位数を確認できます。
大関は、2場所連続で負け越すと原則として関脇に陥落する厳しい地位です。長期間その地位を守り続けるには、安定した成績と身体のコンディションを維持する必要があります。
千代大海の場合、故障や成績不振に苦しみながらも大関の座を長く維持したことに価値があります。華々しい優勝記録だけでなく、長年にわたって上位で戦い続けた持久力も評価されるべき実績です。
幕内優勝3回を達成した突き押しの実力千代大海の得意技は突き・押しです。相手の懐に入って組み合うよりも、力強い突っ張りで相手を後退させ、自分の攻めを展開する相撲を得意としていました。
日本相撲協会の公式プロフィールに記載されている主な記録は次のとおりです。
- 幕内最高優勝:3回
- 十両優勝:2回
- 殊勲賞:1回
- 敢闘賞:1回
- 技能賞:3回
- 金星:1個
- 大関在位:65場所
- 生涯戦歴:771勝528敗115休
大関在位中の成績は515勝345敗115休。優勝3回のうち2回は大関在位中に達成しています。
千代大海の相撲は、立ち合いから一気に前へ出る攻撃的なスタイルが特徴でした。突き押しは相手に主導権を渡さずに攻め続けられる一方、相手にいなされたり、体勢を崩されたりするリスクもあります。
それでも長期間にわたって大関を務めたことは、その攻撃的な相撲を高いレベルで維持していた証拠です。
【千代の富士との師弟関係】2016年に九重部屋を継承した背景
千代大海の指導者としての現在を理解するには、元横綱・千代の富士との関係を知る必要があります。
千代の富士は昭和を代表する大横綱であり、九重部屋の先代師匠です。千代大海は、その千代の富士の指導を受けて成長した力士の一人でした。
千代の富士のもとで成長した千代大海九重部屋の公式サイトでは、千代大海が先代九重親方である千代の富士の指導のもとで育ち、幕内最高優勝3回を達成した経歴が紹介されています。
千代の富士は1970年に九重部屋へ入門し、1992年には第13代九重を襲名して師匠となりました。その後、千代大海をはじめとする力士の育成に携わっています。
千代大海にとって千代の富士は、単に所属部屋の師匠というだけではありません。自分の相撲人生を形作った指導者であり、後に部屋を引き継ぐことになる重要な存在でした。
2016年8月2日に第14代九重を襲名2016年7月に先代の九重親方である千代の富士が亡くなった後、九重部屋の継承が進められました。
日本相撲協会は2016年8月3日、元大関千代大海の佐ノ山親方が同月2日付で年寄「九重」を襲名し、九重部屋を継承したと発表しました。
これにより、千代大海は第14代九重親方となりました。
九重部屋の公式サイトでも、2016年に佐ノ山親方(元大関千代大海)が第14代九重を襲名し、部屋を引き継いだ経緯が紹介されています。先代の指導方針を受け継ぎながら、厳しい稽古と規律を重視した部屋づくりを進めています。
ここには、師匠から弟子へ、そして弟子から次の世代へと相撲の技術や精神を伝えていく、大相撲ならではの継承の仕組みが表れています。
【2026年の九重部屋】所属力士と九重親方の指導者としての活動
2026年現在、九重親方の大きな仕事の一つが、九重部屋の師匠として所属力士を育成することです。
日本相撲協会の2026年11月場所に対応する部屋紹介では、九重親方が師匠として掲載され、複数の力士が所属しています。
2026年11月場所の所属力士九重部屋には、十両から序ノ口まで幅広い番付の力士が所属しています。公式の部屋紹介に掲載されている主な力士は次のとおりです。
- 千代翔馬:2026年11月場所は東十両筆頭。
- 千代虎:幕下。
- 千代ノ皇:三段目。
- 千代の勝:三段目。
- 千代太陽:三段目。
- 千代大宝:三段目。
- 千代雷山:三段目。
- 千代大和:三段目。
このほかにも、序二段や序ノ口に所属する力士が在籍しています。番付は本場所ごとに変動するため、ここで挙げた内容は2026年11月場所の時点のものです。
九重親方が担う弟子の育成部屋の師匠は、単に稽古場で技術を教えるだけの存在ではありません。所属力士の生活や相撲への取り組みを管理し、各力士が番付を上げられるように指導する責任があります。
特に若い力士にとって、毎日の稽古や生活習慣は将来の成績を左右する重要な要素です。基本動作の習得、体力づくり、相撲の組み立てなど、成長段階に応じた指導が大切です。
千代大海自身は突き押しを武器に大関まで上り詰めた経験を持っています。その実戦経験は、弟子に技術や勝負の考え方を伝えるうえで大きな財産です。
また、九重部屋には北勝力や千代の国など、現役時代に関取として活躍した経験を持つ親方も所属しています。部屋付き親方と協力しながら、複数の指導者で力士を支える体制が整えられています。
九重部屋の現在は、千代大海個人の実績を維持することではなく、新しい関取や上位力士を育てていくことに重点が置かれています。
【日本相撲協会の役職】千代大海は審判部副部長として何をしている?
2026年現在の千代大海を語るうえで、九重部屋の師匠と並んで重要なのが、日本相撲協会における役職です。
日本相撲協会の公式サイトに掲載されている職務分掌では、九重龍二は役員待遇委員に位置付けられ、審判部副部長と新弟子検査担当を務めています。
審判部副部長の仕事とは審判部は、本場所における勝敗の判定や取組の作成を担当する部署です。日本相撲協会の組織紹介にも、審判部の役割として勝敗判定と取組作成が明記されています。
大相撲では、行司が軍配を上げた後でも、勝負の判定に疑問がある場合には審判委員が協議する「物言い」という仕組みがあります。
そのほか、本場所を円滑に進めるための取組編成なども審判部の重要な業務です。審判部副部長は、こうした業務を担う部署の運営を支える役職です。
現役時代に土俵上で勝負をしていた千代大海が、現在は公平な勝敗判定や本場所の運営を支える立場になっている点は、引退後の大きな変化といえます。
新弟子検査も担当日本相撲協会の職務分掌では、九重龍二の担当業務として新弟子検査も記載されています。
新弟子検査は、大相撲の世界に入ろうとする新しい志願者が、力士になるための基準を満たしているかを確認するものです。
将来の相撲界を担う新人を迎え入れる業務にも携わっていることから、千代大海の仕事は自分の部屋の弟子を育てることだけにとどまりません。相撲界全体の次世代を支える役割も担っています。
「役員待遇委員」は理事と同じなのか?ここは誤解されやすい部分です。
日本相撲協会の職務分掌では、理事、副理事、役員待遇委員、委員などが区分されています。九重親方は役員待遇委員として掲載されており、理事長や理事と同じ役職というわけではありません。
ただし、審判部副部長という協会内の重要な職務を担当していることは公式資料で確認できます。肩書の区分と実際に担当している仕事を分けて理解することが大切です。
【誤解を整理】千代大海は引退した後も相撲界で活動している?
千代大海については、現役時代の知名度が高いこともあり、引退後の状況や現在の名前について疑問を持つ人も少なくありません。
特に、現役時代の四股名が現在の活動でも使われていると思われがちですが、実際には年寄名を襲名して活動しています。
千代大海は相撲界から引退したわけではない2010年に引退したのは、力士として土俵に上がる現役生活です。日本相撲協会を離れたわけではありません。
引退後は年寄佐ノ山を襲名し、九重部屋付き親方として指導に携わりました。その後、2016年に九重部屋を継承しています。
つまり、千代大海は現役引退後も一貫して相撲界に関わり、現在は師匠と協会役職を兼ねる立場になっています。
千代大海と九重龍二は別人ではないインターネット上では、千代大海と九重龍二を別々の人物のように捉えてしまうケースがあります。しかし、両者は同一人物です。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、九重龍二の力士時代の情報として千代大海龍二の名前が掲載されています。本名の須藤龍二も一致しています。
大関在位65場所は千代大海だけの記録ではないもう一つの誤解は、大関在位65場所が千代大海だけの単独記録だという認識です。
実際には、元大関・魁皇も65場所を記録しています。日本相撲協会の公式プロフィールでは両者の大関在位期間と戦歴を確認でき、協会の公式クイズでも65場所が歴代1位タイとして紹介されています。
千代大海の功績が小さくなるわけではありません。むしろ、長年にわたり大関の地位を維持した二人の存在は、平成の大相撲を象徴する記録の一つです。
【プロの結論】千代大海の現在から見える、元大関が担う新しい役割
千代大海のキャリアを現役時代と引退後に分けて考えると、その活動には明確な変化があります。
現役時代は、突き押しを武器に勝利を追求し、大関在位65場所という記録を残しました。一方、現在は自分自身が勝つことよりも、部屋の力士を育てることや、本場所の公平な運営を支えることが中心になっています。
現役時代の経験を指導に生かせる立場千代大海は、幕内優勝3回という実績だけでなく、長い大関生活の中で数多くの勝負を経験してきました。
勝ち続ける難しさ、故障との向き合い方、番付を守るプレッシャーなど、現役力士として経験したことは、後進に伝えられる貴重な知識です。
特に大関という地位は、勝ち越しを続けるだけでも大きな努力を必要とします。千代大海が65場所にわたって大関を務めた経験は、弟子たちにとって一つの目標になるはずです。
部屋の師匠と協会役職を両立する意味九重部屋の運営と審判部副部長の仕事は、どちらも大相撲を支える重要な役割です。
部屋の師匠としては、所属力士を育成し、次の世代の関取を送り出すことが大切です。一方、審判部副部長としては、特定の部屋だけでなく、本場所全体の公平性や運営を支える立場になります。
この二つの役割を担っていることは、千代大海が個人の競技実績を超えて、相撲界の組織運営にも関わっていることを示しています。
2026年以降に注目したいポイント今後の九重親方について注目したいのは、九重部屋からどのような力士が育つかという点です。
2026年11月場所の公式部屋紹介では、千代翔馬が東十両筆頭に位置しているほか、幕下以下にも複数の力士が在籍しています。各力士がどのように番付を上げていくのかは、部屋の指導力を見ていくうえで要点です。
また、審判部副部長としての協会内での役割も注目されます。役職や担当業務は協会の職務分掌によって変更される可能性があるため、今後の正式発表も確認していきたいところです。
千代大海の現在を評価するなら、現役時代の記録だけでなく、九重部屋の継承、弟子の育成、協会での役職という三つの側面を合わせて見る必要があります。
【千代大海の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:千代大海は2026年現在、何をしていますか?
A1:2026年現在は九重龍二親方として九重部屋の師匠を務めています。また、日本相撲協会では役員待遇委員として審判部副部長と新弟子検査を担当しています。
Q2:千代大海の本名は何ですか?
A2:本名は須藤龍二です。現役時代の四股名は千代大海龍二で、現在の年寄名は九重龍二です。
Q3:千代大海はいつ引退しましたか?
A3:2010年1月13日に現役引退を表明しました。初土俵は1992年11月場所で、約17年間にわたって力士として活動しました。
Q4:千代大海はいつ九重部屋を継承しましたか?
A4:2016年8月2日付で第14代九重を襲名し、九重部屋を継承しました。先代師匠は元横綱・千代の富士です。
Q5:千代大海の大関在位は何場所ですか?
A5:65場所です。元大関・魁皇と並ぶ歴代最多タイの記録です。
Q6:千代大海の幕内優勝回数は何回ですか?
A6:幕内最高優勝は3回です。そのほか十両優勝2回、殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞3回を獲得しています。
Q7:千代大海と千代の富士はどのような関係ですか?
A7:千代の富士は千代大海の現役時代の師匠です。千代大海は千代の富士の指導を受けて九重部屋で成長し、2016年に第14代九重として同じ部屋を引き継ぎました。
千代大海の現在は、九重龍二親方として九重部屋を率い、日本相撲協会の審判部副部長を務める指導者としての活動が中心です。
2010年1月の現役引退後、年寄佐ノ山として後進の指導に携わり、2016年8月2日に第14代九重を襲名。先代の千代の富士から九重部屋を引き継ぎ、現在まで師匠として部屋を率いています。
現役時代には幕内優勝3回、大関在位65場所という輝かしい記録を残しました。2026年現在は、その経験を次の世代に伝える立場となり、部屋の力士育成だけでなく、審判部副部長や新弟子検査担当として協会の業務にも携わっています。
千代大海の歩みで特に注目したいのは、元大関としての実績だけではありません。師匠から受け継いだ九重部屋を守り、自らも師匠となって次の世代を育てていることです。
これからの九重部屋の成長と、協会内での九重親方の活動。その両方を追うことで、現役時代とは違った千代大海の姿が見えてきます。
土俵上で勝負する力士から、土俵を支え、未来の力士を育てる親方へ。千代大海は2026年も、大相撲の世界で重要な役割を担い続けています。
主な事実確認資料
- 日本相撲協会「年寄プロフィール・九重龍二」
- 日本相撲協会「職務分掌」
- 日本相撲協会「九重部屋・相撲部屋のご紹介」
- 九重部屋公式サイト「歴史・師匠紹介」
- 日刊スポーツ(2010年1月13日、2016年8月3日付の引退・部屋継承報道)