ホーム 芸能人プロフィール・現在 倉田真由美の旦那・叶井俊太郎とは?結婚、闘病、家族と2026年の現在を徹底解説

倉田真由美の旦那・叶井俊太郎とは?結婚、闘病、家族と2026年の現在を徹底解説

古谷 瑞穂 古谷 瑞穂 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

漫画家・倉田真由美さんの旦那は、映画プロデューサーとして知られた叶井俊太郎(かない・しゅんたろう)さんです。2人は2009年9月に結婚し、映画や漫画の趣味が合う夫婦として約15年間の結婚生活を送りました。しかし、叶井さんは膵臓がんを患い、2024年2月16日に56歳で亡くなっています。

2026年現在、倉田さんは夫との別れを経て、漫画家・エッセイストとして活動を続けています。前夫との間に生まれた長男、叶井さんとの間に生まれた長女という2人の子供の母親でもあります。ここでは、叶井俊太郎さんの映画業界での経歴、2人の再婚までの経緯、家族構成、闘病生活、そして倉田さんの現在までを時系列で詳しく整理します。

【結論】倉田真由美の旦那は映画プロデューサーの叶井俊太郎さん

倉田真由美旦那

倉田真由美さんの夫だった叶井俊太郎さんは、1967年9月18日生まれ、東京都出身の映画プロデューサーです。フランス映画『アメリ』の買い付けで知られるほか、独特な作品選びと宣伝手法で映画ファンや業界関係者から注目されてきました。

2009年9月に倉田さんと結婚。叶井さんは過去に3度の離婚を経験しており、倉田さんとの結婚は4度目でした。一方、倉田さんにとっては2度目の結婚です。

2人の結婚生活は、一般的な芸能人夫婦とは少し異なるものでした。叶井さんは映画業界で型破りな仕事を続け、倉田さんも漫画家として独自の活動を展開。互いの個性を尊重しながら家庭を築いていました。

2024年2月16日、叶井さんは膵臓がんのため自宅で亡くなりました。享年56歳です。倉田さんは2月27日に自身の公式Xで夫の死去を報告し、最期を見届けたことや夫への思いを明かしました。

「いい思い出しかありません。最高の父ちゃんでした」

これは、倉田さんが夫の死去を報告した際に伝えた言葉です。オリコンニュースが2024年2月27日に報じた内容によると、倉田さんは叶井さんとの相性の良さを振り返り、家族として過ごした十数年間を肯定的に語っていました。

【映画業界での経歴】叶井俊太郎は『アメリ』をヒットさせた異色のプロデューサー

叶井俊太郎さんを語るうえで欠かせないのが、映画の買い付けと宣伝の仕事です。一般的な映画プロデューサーという肩書だけでは、その活動の幅や個性を十分に説明できません。

ラジオ局勤務から映画配給の世界へ

叶井さんはラジオ局のアシスタントディレクターなどを経験した後、1991年に映画配給会社へ入社しました。

1992年には香港映画『八仙飯店之人肉饅頭』を買い付けています。以降、ホラーや過激な作品、いわゆるカルト映画から一般向けの作品まで、幅広いジャンルを扱うようになりました。

叶井さんの特徴は、作品の知名度や一般的な評価だけでなく、独特な企画性や話題性を重視する姿勢にありました。日本の映画市場では取り上げられにくい作品にも目を向け、宣伝によって観客の関心を集めていきました。

『アメリ』の買い付けで大きな成功を収める

叶井さんの代表的な仕事として知られるのが、2001年公開のフランス映画『アメリ』です。

アルバトロス・フィルムに在籍していた時期に買い付けを担当し、日本での公開につなげました。同作は当初、単館系の公開からスタートしましたが、口コミなどで人気が広がり、最終的には興行収入約16億円のヒットを記録しました。

興味深いのは、叶井さん自身が後年の映画.comのインタビューで、『アメリ』の日本語字幕版を見ていなかったと明かしていることです。作品を買い付けた理由についても、ジャン=ピエール・ジュネ監督の過去作との関連から興味を持ったという趣旨を話していました。

映画そのものへの個人的な思い入れよりも、作品を見つけて市場に届ける仕事に強みを持っていたことが、叶井さんらしいエピソードです。

映画会社の設立と破産も経験

2003年にはファントム・フィルムの設立に関わり、2005年にはトルネード・フィルムを設立して代表を務めました。

プロデュースや宣伝を担当した作品には、次のようなものがあります。

  • 『キラー・コンドーム』
  • 『いかレスラー』(2004年)
  • 『ヅラ刑事』
  • 『日本以外全部沈没』(2006年)
  • 『ムカデ人間』関連作品

一方、経営面では苦労も経験しています。トルネード・フィルムは2010年に破産申請し、負債総額は約3億円と報じられました。

日刊スポーツの2010年4月6日の報道では、倉田さんが叶井さんとの交際開始後、会社の運営資金を援助していたことも伝えられています。

こうした成功と失敗の両方を経験した人物だったことが、叶井俊太郎さんの経歴を特徴づけています。単にヒット作を生んだプロデューサーではなく、映画の買い付け、宣伝、会社経営まで幅広く携わった業界人でした。

【結婚・再婚の経緯】倉田真由美と叶井俊太郎はどう出会った?

倉田真由美さんと叶井俊太郎さんの出会いには、共通の知人である作家・中村うさぎさんが関係しています。

倉田真由美には2006年の結婚と離婚の経験があった

倉田さんは叶井さんと結婚する前、2006年に一度結婚しています。相手は編集者で、結婚生活は約1年半で終わりました。

2025年のインタビューで倉田さんは、前夫とは些細なことでけんかが絶えなかったと振り返っています。この結婚で長男が生まれましたが、離婚後はシングルマザーとして子育てと漫画家の仕事を両立していました。

つまり、叶井さんとの結婚は倉田さんにとって初婚ではありません。前の結婚での経験を経て、新たなパートナーと家庭を築くことになったのです。

中村うさぎの紹介が2人の出会いのきっかけ

叶井さんとの出会いを紹介したのは、作家の中村うさぎさんでした。

週刊女性PRIMEなどのインタビューによると、中村さんから「倉田さんの好みに合いそうな男性がいる」という趣旨の紹介を受け、3人で食事をしたことが出会いのきっかけになっています。

倉田さんは、叶井さんと初めて会ったときから話が尽きず、映画や漫画の趣味が細かい部分まで一致していたと振り返っています。

交際開始から結婚までは比較的短期間でした。2009年9月に入籍し、夫婦として新しい生活をスタートさせました。

2009年9月に結婚、同年11月には長女が誕生

2009年9月、倉田さんは叶井さんとの入籍を報告しました。その後、同年11月16日には2人の間に女児が誕生しています。

当時のオリコンニュースによると、叶井さんは出産当日、仕事先から病院に駆けつけました。その際、前の結婚で生まれた9歳の長男も一緒に病院を訪れています。

叶井さんにとって倉田さんとの結婚は4度目でしたが、家庭では家事や育児にも積極的に参加していたと、後年の倉田さんのインタビューで紹介されています。

『だめんず・うぉ〜か〜』の作者が、過去の結婚歴や破天荒な人生で知られた男性と再婚したことから、当時は作品の世界を連想させる夫婦としても話題になりました。

【家族構成】倉田真由美の子供は長男と長女の2人

倉田真由美さんには、前夫との間に生まれた長男と、叶井俊太郎さんとの間に生まれた長女がいます。叶井さんは長女の父親であると同時に、倉田さんの長男とも家族として生活していました。

倉田真由美・叶井俊太郎夫妻と子供の関係
人物 関係 公表されている情報
倉田真由美 本人・母親 漫画家。前夫との長男、叶井さんとの長女の2児の母。
叶井俊太郎 夫・長女の父親 2009年9月に倉田さんと結婚。2024年2月16日に死去。
長男 倉田さんの第一子 前夫との間に生まれた子供。2009年の長女誕生時には9歳だった。
長女 倉田さんと叶井さんの子供 2009年11月16日生まれ。2026年2月の報道では高校生。
中村うさぎ 夫婦の共通の知人 倉田さんと叶井さんを引き合わせた作家。
長男は前夫との間に生まれた子供

倉田さんの長男は、最初の結婚で生まれた子供です。2009年11月のオリコンの出産報道では、当時9歳だったことが確認できます。

叶井さんとの結婚後は、長女とともに家族の一員として生活していました。倉田さんが公表している情報からは、叶井さんが長男の育児にも関わっていたことがうかがえます。

ただし、長男は一般人であり、2026年現在の職業や生活の詳細などは広く公表されていません。

長女は2009年生まれで、2026年には高校生

叶井さんとの間に生まれた長女は、2009年11月16日生まれです。2026年11月時点では17歳になる時期にあたります。

父親の叶井さんは、闘病中も娘との生活を続けていました。2023年12月の映画.comのインタビューでは、娘が中学生だった当時の家族についても語っています。

2024年の死去後、倉田さんは娘との生活を続けながら、夫を亡くした悲しみについても自身の発信で伝えてきました。

介護ポストセブンの2026年2月28日の記事では、倉田さんは高校生の娘と姪の3人で暮らしていると紹介されています。家族のプライバシーを守りながら、娘の成長を見守っている様子が伝わります。

【闘病生活と死因】叶井俊太郎は膵臓がんで余命半年を宣告されていた

叶井俊太郎さんの人生を振り返るうえで、大きな転機となったのが2022年6月の膵臓がんの診断です。

2022年6月に膵臓がんが判明、余命半年と告げられる

叶井さんは2022年6月、黄疸が出たことをきっかけに医療機関で検査を受け、膵臓がんと診断されました。

当初、医師から告げられた余命は半年程度でした。倉田さんは診断後すぐに病気を公表したわけではなく、夫が普段どおり会社に出勤して生活していたこともあり、発表する時期を考えていたと2023年10月に説明しています。

なお、診断時の病期については報道や本人側の回顧で表記に違いがあります。2025年のENCOUNTのインタビューでは、倉田さんが当初ステージ2bと告げられたと説明。一方、2023年当時の日刊スポーツや映画.comの記事ではステージ3と伝えられています。2023年11月にはステージ4への進行が報じられました。

抗がん剤治療を選ばず、仕事や日常生活を優先

叶井さんは、医師から提示された治療について複数の意見を聞いたうえで、抗がん剤治療やがんそのものを切除する手術を選びませんでした。

映画.comの2023年12月のインタビューでは、治療による身体への負担や、提示された治療の成功率について考えた結果、残された時間を仕事や普段の生活に使うことを決めたと説明しています。

実際、余命半年と告げられた後も映画の宣伝やプロデュースに関わり、会社への出勤を続けていました。体調が悪化してからも、できる範囲で仕事を続ける姿勢を見せていたと報じられています。

ただし、抗がん剤を使わなかったからといって、医療的な処置を一切受けなかったわけではありません。倉田さんの2025年のENCOUNTのインタビューによれば、黄疸を改善するための胆管ステント留置や、食事の通過を確保するためのバイパス手術などを受けていました。

つまり、叶井さんの闘病は、何もせずに過ごしたという単純なものではなく、本人の希望に沿って生活の質や症状の緩和を重視した経過でした。

2024年2月16日に56歳で死去

2024年2月16日、叶井俊太郎さんは東京都内の自宅で亡くなりました。56歳でした。

日刊スポーツなどの報道によると、2022年6月に余命半年と宣告されてから約1年8か月が経過していました。倉田さんも2024年2月27日に公式Xで夫の死去を報告しています。

死去直前まで家族と過ごしていたことも明らかになっています。倉田さんは、亡くなる前日まで叶井さんがシャワーを浴び、髪を洗い、髭を剃り、普通に話していたと振り返りました。

また、2025年のインタビューでは、夫との闘病を振り返り、治療の選択や自宅で過ごした時間について詳しく語っています。

余命半年という宣告を受けながら、約1年8〜9か月を生きた叶井さん。その期間も映画業界とのつながりを保ち、仕事に関わり続けたことは、彼の生き方を象徴する出来事でした。

【2026年現在】倉田真由美は夫の死後も漫画家・エッセイストとして活動

2026年11月現在、倉田真由美さんは55歳です。夫の叶井俊太郎さんはすでに亡くなっており、現在の夫がいるという新たな結婚発表は公表されていません。

2026年も執筆活動を継続

倉田さんは『だめんず・うぉ〜か〜』で知られる漫画家ですが、活動領域は漫画だけではありません。エッセイやコラムの執筆、テレビ・ラジオへの出演、コメンテーターとしての活動など、幅広い分野で仕事を続けています。

2026年2月28日には、介護ポストセブンで新連載「くらたまね〜&らいふ」がスタートしました。お金や暮らしをテーマに、自身の日常や人生について綴る連載です。

同年10月にも連載記事が掲載されており、執筆活動を継続していることが確認できます。

夫を亡くした後の暮らしと新しい挑戦

2024年に夫を亡くした後、倉田さんは家族との生活を続けながら、悲しみや日々の変化について発信してきました。

2026年2月の介護ポストセブンの連載では、娘が高校生になり、姪と一緒に暮らしていることを紹介しています。また、漫画家・物書きとして30年以上活動してきた経験を踏まえ、今後の生活や経済面について考えるようになったと綴っています。

同連載では、知人から秘書の仕事を打診されたエピソードも紹介されました。漫画家以外の仕事にも興味を持ち、新しい可能性を考えている様子が伝わります。

2026年の倉田さんは、夫との思い出を抱えながらも、母親として、そして表現者として新たな生活を築いている段階にあります。

再婚したという情報はある?

2026年11月時点で、倉田さんが再婚したという公表情報は確認されていません。

叶井さんとの結婚生活については、死去後もインタビューやエッセイで振り返っています。一方で、新しいパートナーや恋愛についての確定的な発表はなく、現在の私生活について過度な推測をする必要はありません。

したがって、「倉田真由美の夫は現在誰なのか」という疑問への回答は、叶井俊太郎さんが亡くなった後、現在の夫がいるという公表情報はない、ということになります。

【よくある質問】倉田真由美の旦那に関するFAQ

Q1:倉田真由美の旦那は誰ですか?
A1:映画プロデューサーの叶井俊太郎さんです。2009年9月に結婚しましたが、2024年2月16日に膵臓がんで56歳で亡くなっています。

Q2:倉田真由美と叶井俊太郎はいつ結婚しましたか?
A2:2009年9月です。作家の中村うさぎさんの紹介で知り合い、交際を経て結婚しました。

Q3:叶井俊太郎の死因は何ですか?
A3:膵臓がんです。2022年6月に診断され、余命半年と告げられた後、約1年8〜9か月の闘病を経て2024年2月16日に亡くなりました。

Q4:叶井俊太郎には結婚歴が何回ありますか?
A4:倉田真由美さんとの結婚が4度目と報じられています。過去に3度の離婚を経験していました。

Q5:倉田真由美には子供が何人いますか?
A5:2人です。前夫との間に長男がおり、叶井俊太郎さんとの間に2009年11月生まれの長女がいます。

Q6:倉田真由美は2026年現在、再婚していますか?
A6:2026年11月時点で再婚の公表はありません。漫画家やエッセイストとして活動を続けています。

Q7:叶井俊太郎の代表的な仕事は何ですか?
A7:フランス映画『アメリ』の買い付けが代表的です。そのほか『いかレスラー』『日本以外全部沈没』『ヅラ刑事』などの映画の宣伝・プロデュースにも携わりました。

倉田真由美さんの旦那だった叶井俊太郎さんは、『アメリ』の買い付けや個性的な映画のプロデュースで知られた映画業界人でした。2人は2009年9月に結婚し、同年11月には長女が誕生。前夫との間に生まれた長男も含め、4人で家庭を築いてきました。

2022年6月に膵臓がんと診断され、余命半年を告げられた叶井さんは、本人の意思で抗がん剤などの標準治療を選ばず、仕事や日常生活を大切にしました。そして2024年2月16日、56歳で亡くなりました。

2026年現在の倉田さんは、夫との思い出を大切にしながら、漫画やエッセイの執筆を続けています。新しい連載にも取り組み、仕事や生活のあり方を模索しています。

2人の歩みを振り返ると、結婚歴や病気といった表面的な情報だけでは捉えきれない、趣味や価値観を共有した夫婦の姿が見えてきます。叶井俊太郎さんの映画業界での功績と、倉田真由美さんが伝えてきた夫との日々は、今もそれぞれの作品や言葉を通じて残されています。

同じカテゴリの記事

古谷 瑞穂
トレンドリサーチャー 古谷 瑞穂
プロフィールを見る →

配給会社の公式プレスシートと劇場公式ページを一次情報とし、公開日・上映館は発表元の表記のみを掲載。未確認の続報は本文で明示します。

おすすめの関連記事