ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【通算成績・年度別成績】長野久義の打率・本塁打・打点を振り返る

【通算成績・年度別成績】長野久義の打率・本塁打・打点を振り返る

一条 隼人 一条 隼人 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

長野氏の最大の魅力は、広角に打ち分ける打撃技術と、勝負どころで結果を残す対応力だった。巨人の外野手として長く主力を務め、プロ入り直後からタイトルを獲得した。

日本野球機構(NPB)の2025年シーズン終了時点の公式記録によると、通算成績は以下のとおりだ。

長野久義・通算打撃成績

  • 通算試合数:1651試合
  • 通算安打数:1512安打
  • 通算本塁打:163本
  • 通算打点:623打点
  • 通算打率:.280
  • 通算盗塁:99

16年間で1500本を超える安打を積み重ねたことは、長野氏が長期にわたって一軍で戦い続けた証拠でもある。

2010年新人王から2012年最多安打まで

長野氏のキャリア初期は、特に華々しい。2010年は128試合に出場し、124安打、19本塁打、打率.288を記録。セ・リーグの最優秀新人に選ばれた。

2011年には打率.316、164安打、17本塁打、69打点を記録。セ・リーグ首位打者のタイトルを獲得し、巨人の中心打者として存在感を高めた。

2012年には173安打を記録し、最多安打を獲得。この年は坂本勇人選手も173安打を放っており、巨人の同僚2人が同じタイトルを分け合った。長野氏にとって、個人の実績とチームの強さが重なった象徴的なシーズンだった。

さらに2011~2013年には3年連続でベストナインとゴールデングラブ賞を獲得。打撃だけでなく、外野守備でもリーグを代表する選手として評価されていた。

年度別成績から見える長野久義の変化

主な年度別打撃成績を振り返ると、全盛期と晩年の違いが分かる。

  • 2010年:打率.288、124安打、19本塁打。新人王を獲得。
  • 2011年:打率.316、164安打、17本塁打。首位打者を獲得。
  • 2012年:打率.301、173安打、14本塁打。最多安打を獲得。
  • 2013年:打率.281、166安打、19本塁打。安定した主力として活躍。
  • 2016年:打率.283、163安打、11本塁打。143試合に出場。
  • 2018年:打率.290、111安打。巨人での最初の在籍期間を締めくくる。
  • 2020年:広島で打率.285、76安打、10本塁打、42打点を記録。
  • 2023年:巨人復帰後、打率.259、41安打、6本塁打。
  • 2024年:打率.258、23安打、14打点。
  • 2025年:17試合、3安打、打率.136で現役最終シーズンを終えた。

特に注目したいのは、広島時代の2020年に打率.285、10本塁打を記録していることだ。移籍後も打撃能力を発揮し、経験豊富なベテランとしてチームに貢献した。

一方、2021年以降は出場試合数が減少。巨人復帰後も代打や限られた出場機会でチームを支える役割が中心となった。2025年の成績だけを見ると全盛期との差は大きいが、通算記録には各球団で積み重ねた16年間の実績が残っている。

【広島移籍から巨人復帰】長野久義が古巣を離れ、戻るまでの真相

長野久義巨人

長野氏の野球人生を語るうえで、2019年の広島移籍は大きな転換点だ。巨人入りを強く希望し、ドラフト指名を2度断ってまで入団した選手が、人的補償によって別の球団へ移ることになった。

2019年:丸佳浩の人的補償で広島へ

移籍のきっかけは、2018年オフに発生した丸佳浩選手のFA移籍だった。丸選手は広島から巨人へ移籍。その人的補償として、広島が長野氏を指名した。

FAの人的補償制度では、移籍先の球団が定められた人数のプロテクト選手を除き、旧所属球団が選手を獲得できる。巨人が28人をプロテクトする制度の中で、長野氏は広島の獲得対象となった。

当時の広島は、長野氏の実績と即戦力としての価値を高く評価していた。日刊スポーツの報道によると、広島は若手中心の選択ではなく、経験豊富な長野氏を獲得する判断を下した。年齢だけではなく、優勝争いを見据えた戦力としての評価があった。

また、2022年の巨人復帰会見では、当時の原辰徳監督が人的補償の経緯について説明している。原監督は長野氏がプロテクトの順位で29番目だったと振り返った。これは当時の原監督による説明であり、長野氏の移籍が人的補償制度に基づくものだったことを示すエピソードだ。

2019~2022年:広島で過ごした4年間

広島での長野氏は、単に巨人から移ってきたベテラン選手ではなかった。打撃力と経験を持つ選手として、若いチームの中で重要な役割を担った。

2020年には打率.285、10本塁打、42打点を記録。さらに同年9月22日の巨人戦では、全球団から本塁打を記録するという節目も達成した。

広島では2019年から2022年までの4年間を過ごし、チームメートやファンとの関係も築いた。巨人復帰が決まった際には、広島への感謝を示し、カープで得た仲間とのつながりを大切にする姿勢を見せた。

2022年:無償トレードで巨人復帰

2022年11月2日、巨人と広島は長野氏の無償トレードを発表した。2019年の移籍から約4年、長野氏は5年ぶりに古巣へ戻ることになった。

巨人復帰の背景について、当時の原監督は、球団側も長野氏本人も復帰を望んでいたという趣旨の説明をしている。いわゆる相思相愛の関係で、復帰に向けた話がまとまった。

復帰後の長野氏には、若手とベテランをつなぐ役割も期待された。実際、2023年から2025年まで巨人でプレーし、坂本勇人選手らとの関係を保ちながらチームを支えた。

ここで押さえておきたいのは、巨人復帰がFAによる移籍でも、戦力外からの再契約でもなかったという点だ。広島との球団間の無償トレードによって成立した復帰だった。

【2026年3月14日】東京ドームで実現した長野久義の引退試合

長野氏の引退を象徴するイベントは、実は2回に分けて行われた。2025年11月23日の引退セレモニーと、2026年3月14日の引退試合だ。両者は同じものではなく、それぞれ異なる意味を持っている。

2025年11月23日:東京ドームで引退セレモニー

最初の大きな節目となったのが、2025年11月23日に東京ドームで開催された「ジャイアンツ・ファンフェスタ2025」だ。

このイベント内で長野氏の引退セレモニーが実施され、16年間の現役生活を振り返る特別映像が放映された。選手や関係者から花束が贈られ、現役時代をともに過ごした仲間たちが別れを惜しんだ。

坂本勇人選手や阿部慎之助監督らが花束を贈り、会場は温かな雰囲気に包まれた。さらに菅野智之投手もサプライズで登場。長野氏の人柄と球界で築いた交友関係が伝わるセレモニーとなった。

長野氏はファンの前で、翌年に阿部監督率いる巨人が日本一になることが自身の夢だと語った。現役選手ではなくなっても、巨人を応援し続ける気持ちが表れた場面だった。

2026年3月14日:日本ハム戦で現役最後のプレー

2026年1月30日、巨人は長野氏の引退試合を3月14日の日本ハムとのオープン戦で開催すると発表した。会場は東京ドームで、試合開始は午後6時だった。

試合に出場するため、長野氏は3月13日にNPBから支配下選手登録を公示された。現役引退後に編成本部参与となっていた長野氏が、この試合に限って選手として登録される特別な措置だった。

3月14日の試合では、8回裏に代打として登場。日本ハムの柳川大晟投手が投じた直球を捉え、見事な中前打を放った。

さらに9回には右翼の守備に就き、飛球を処理。打撃だけでなく、最後に守備でもファンに姿を見せた。試合結果は巨人1-8日本ハムだったが、長野氏の引退試合という意味では、結果以上に本人のプレーが大きな注目を集めた。

原辰徳前監督からの花束とファンへの感謝

試合後にはグラウンドを一周し、ファンの声援に応えた。加えて、かつて巨人を率いた原辰徳前監督がサプライズで登場し、長野氏に花束を贈呈した。

原前監督は、長野氏が巨人に入団するまで遠回りをしたことにも触れ、長年にわたって球団に貢献した功績をたたえた。東京ドームに集まったファンの前で、かつての指揮官と選手が最後の別れを交わす場面となった。

引退試合では4万人を超える観客が集まり、長野氏の現役最後の姿を見届けた。最後の打席で安打を放ち、右翼守備にも就いたことは、16年間のプロ生活を締めくくる印象的な結果となった。

【プロの結論】長野久義の本当の価値は巨人への貢献と次世代への継承

長野氏のキャリアを振り返ると、単純な通算成績だけでは評価しきれない特徴が見えてくる。

第一に、ドラフト指名を2度断ってまで巨人入りを希望した経緯がある。2009年のドラフト1位で入団し、新人王、首位打者、最多安打と、早い段階から結果を残した。

第二に、広島への人的補償移籍を経験しながら、再び巨人に戻ったことだ。選手として環境が変わる経験を重ねたことで、巨人だけでは得られない他球団の視点も身につけた。

第三に、引退後の進路である。指導者としてすぐに現場へ入るのではなく、編成本部参与として球団の戦力づくりに関わりながら、大学院でスポーツマネジメントを学ぶ道を選んだ。

この3点を踏まえると、長野氏の引退後の活動は、現役時代の実績を次の世代へ引き継ぐための新たな段階と捉えられる。

今後、編成本部参与としてどのような選手の発掘や編成に関わるのか、大学院で得た知識を将来どのように球団へ還元するのかが注目点となる。現時点で監督やコーチへの就任が決まったわけではないが、巨人との関係が引退によって終わらなかったことは確かだ。

【長野久義と巨人】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:長野久義は2026年現在、何をしている?
A1:2026年1月1日付で巨人の編成本部参与に就任している。スカウト部や国際部をサポートし、アマチュア有望選手や外国人選手の調査を中心とした編成業務に携わっている。

Q2:長野久義の引退理由は何?
A2:2025年にファームで過ごす時間が長くなり、若手選手とプレーする中で引退を意識したことが理由。まだ現役を続けたい気持ちはあったものの、次の世代に託す決断をした。

Q3:長野久義の引退試合はいつ開催された?
A3:2026年3月14日、東京ドームで開催された巨人対日本ハムのオープン戦が引退試合となった。8回に代打で登場して中前打を放ち、9回には右翼の守備にも就いた。

Q4:長野久義の巨人での通算成績は?
A4:NPBの公式通算記録は、巨人と広島での成績を合算して1651試合、1512安打、163本塁打、623打点、打率.280。巨人時代だけの数字ではなく、広島在籍期間も含む通算成績だ。

Q5:長野久義はなぜ広島に移籍した?
A5:2018年オフ、広島から巨人へFA移籍した丸佳浩選手の人的補償として広島に指名されたため。2019年から2022年まで広島でプレーした後、2022年11月の無償トレードで巨人に復帰した。

Q6:長野久義は引退後に大学院へ進学した?
A6:引退会見で大学院進学の意向を明らかにし、巨人も大学院で学びながら編成本部参与として活動する方針を発表している。スポーツマネジメントなどを学ぶ意向が示されているが、進学先の大学名は公表されていない。

長野久義氏は2025年限りで現役を引退し、2026年1月から巨人の編成本部参与として新しいキャリアをスタートさせた。

2009年ドラフト1位で巨人に入団し、2010年新人王、2011年首位打者、2012年最多安打を獲得。広島への人的補償移籍と巨人復帰を経験しながら、16年間で通算1512安打、163本塁打、623打点という実績を残した。

2026年3月14日の引退試合では、東京ドームで最後の中前打を放ち、右翼の守備にも就いた。2025年11月の引退セレモニーと合わせて、巨人ファンにとって忘れられない節目となった。

長野久義氏の野球人生は、選手としての引退で終わったわけではない。大学院でスポーツマネジメントを学び、編成本部参与として未来の巨人を支える。背番号7が残した実績と経験が、今後どのような形で次世代のジャイアンツへ受け継がれていくのか。その新たな挑戦にも注目したい。

同じカテゴリの記事

一条 隼人

メーカーの公式スペックシートと実機検証を突き合わせて評価。ベンチマークは測定条件を明記し、自前計測値と公表値を区別して記載します。

おすすめの関連記事