箱根駅伝のトロフィーと聞くと、総合優勝校に贈られる大きな銀色のカップを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、実際には総合優勝杯だけでなく、往路優勝校に贈られる箱根寄木細工のトロフィーや、大会で最も活躍した選手を称える金栗四三杯など、役割の異なる複数の記念品が存在する。
とりわけ注目したいのが、第100回大会まで使用された高さ53cm、重さ5kg超の銀製総合優勝杯だ。2025年に新しい優勝杯へ切り替わった後、旧優勝杯は関東学生陸上競技連盟から箱根駅伝ミュージアムに寄託され、同年7月19日から常設展示されている。さらに2026年の第102回大会では青山学院大学が総合優勝を果たし、往路優勝トロフィーや金栗四三杯にも新たな歴史が加わった。
【まず全体像】箱根駅伝のトロフィーは総合優勝杯だけではない!3種類の違い

箱根駅伝のトロフィーを理解するうえで最初に押さえたいのは、何を達成した人やチームに贈られるものなのかという点だ。
箱根駅伝には、チームとしての総合成績を称える優勝杯、往路の勝者に贈られる地域工芸品、そして個人の活躍を称える賞がある。これらは受賞対象も贈呈する団体も異なるため、同じ「箱根駅伝のトロフィー」という言葉でまとめてしまうと、実態が分かりにくくなる。
1.総合優勝杯:往路・復路を合わせた最終勝者の証総合優勝杯は、東京・大手町から箱根・芦ノ湖までの往路と、箱根から東京までの復路を合わせた総合成績で1位になった大学に贈られる記念品だ。
大会を主催する関東学生陸上競技連盟に関係する、箱根駅伝を象徴する優勝杯である。第100回大会まで使用された銀製カップには、長年の大会の歴史が刻み込まれている。
2.往路優勝トロフィー:箱根町が贈る寄木細工の芸術品こちらは総合順位とは別に、往路5区間の合計タイムで1位になった大学に贈られる記念品だ。
箱根町が1997年の第73回大会から贈呈を続けており、地元の伝統工芸である箱根寄木細工を使って制作される。毎年、その年の社会的な出来事や話題を取り入れたデザインになることも特徴だ。
3.金栗四三杯:チームではなく個人の活躍を称える賞金栗四三杯は、箱根駅伝で特に優れた活躍を見せた選手に贈られる最優秀選手賞だ。熊本県和水町出身で「日本マラソンの父」と呼ばれる金栗四三の名前を冠している。
第80回大会から和水町が贈呈しており、金栗四三が1911年のストックホルムオリンピック国内予選会で優勝した際のカップを複製したものが使われている。
つまり、総合優勝杯は大学の栄誉、寄木細工のトロフィーは往路優勝の栄誉、金栗四三杯は選手個人の功績を称えるものだ。それぞれの意味を理解すると、箱根駅伝の表彰の仕組みが見えてくる。
【高さ53cm・重さ5kg超】第100回まで使われた銀製総合優勝杯の正体
箱根駅伝の優勝杯の中でも、特に歴史的価値が高いのが第100回大会まで使用された旧総合優勝杯だ。
月刊陸上競技の報道によると、このカップは第80回大会を記念して製作された銀製の優勝杯で、高さ53cm、重さは5kgを超える。一般的なスポーツ大会の優勝カップと比べても、かなり存在感のある大きさだ。
台座には第1回から第100回までの優勝校が刻まれているこの優勝杯の価値は、銀製であることや重量だけではない。
台座には第1回大会で優勝した東京高等師範学校から、第100回大会で優勝した青山学院大学まで、歴代の総合優勝校と優勝回数、年号が刻まれている。
1920年に始まった箱根駅伝の100回分の歴史を、ひとつのカップに集約した記念品なのだ。
ただし、ここで誤解してはいけないのが、現在展示されている銀製杯そのものが1920年から使われていたわけではないという点だ。実際には第80回大会の記念として製作されたものであり、初期の大会から使用された歴代すべての優勝杯と同一ではない。
なぜ第101回大会から新しい優勝杯になったのか2025年1月2日・3日に開催された第101回大会から、総合優勝杯は新調された。
これにより、100回大会までの優勝校の名前が刻まれた銀製杯は、競技の表彰で使用する役割を終えた。そこで関東学生陸上競技連盟は、この歴史的な優勝杯を箱根駅伝ミュージアムに寄託することを決定した。
2025年7月16日には寄託式が行われ、7月19日から常設展示が始まっている。
ここで重要なのは、旧優勝杯が単に役目を終えて保管されたのではなく、一般の来館者が歴史を振り返れる展示物になったことだ。第100回大会までの記録を刻んだカップが、次の100年に向けた歴史資料として残されることになった。
【徹底比較】総合優勝杯・往路優勝トロフィー・金栗四三杯の関係一覧
それぞれのトロフィーの違いを、贈呈する団体、受賞対象、素材や由来から整理すると次のようになる。
| 名称 | 受賞対象・贈呈主体 | 特徴・素材 | 2026年時点の状況 |
|---|---|---|---|
| 旧総合優勝杯 | 総合優勝大学・関東学生陸上競技連盟 | 高さ53cm、重さ5kg超の銀製カップ。第80回大会記念製作 | 第100回大会まで使用。箱根駅伝ミュージアムで常設展示 |
| 新総合優勝杯 | 総合優勝大学 | 第101回大会から新調された総合優勝杯 | 2026年の第102回大会でも使用される新しい優勝杯 |
| 往路優勝トロフィー | 往路優勝大学・箱根町 | 箱根寄木細工。毎年異なるテーマとデザイン | 1997年から継続。2026年大会で通算30作目 |
| 金栗四三杯 | 大会最優秀選手・熊本県和水町 | 金栗四三が1911年の国内予選会で優勝した際のカップの複製 | 第80回大会から贈呈。2026年は黒田朝日選手が受賞 |
この比較から分かるのは、箱根駅伝では大学の総合力、往路の競技成績、個人のパフォーマンスという異なる評価軸が、それぞれ別の記念品で表彰されていることだ。
なお、表にある旧総合優勝杯と新総合優勝杯は、同じ総合優勝を称えるものでも世代が異なる。旧杯の寸法や重量を、現在の新しい優勝杯の仕様として紹介するのは正確ではない。
また、金栗四三杯は総合優勝大学に贈られるチーム賞ではない。総合優勝と個人賞が同じ大学の選手に重なることはあるが、賞の意味は明確に異なる。
【歴代の変遷】箱根寄木細工トロフィーは1997年から30作品へ
箱根駅伝のトロフィーを語るうえで見逃せないのが、箱根町が贈呈する寄木細工の往路優勝トロフィーだ。
1997年の第73回大会から制作が始まり、2026年の第102回大会で通算30作品に到達した。単なる表彰品ではなく、その時代の文化や社会の空気を木工芸術に反映させてきた点に特徴がある。
伝統工芸士・金指勝悦さんが築いた独自の制作技術長年、このトロフィーの制作を担ってきたのが、箱根寄木細工の伝統工芸士として知られる金指勝悦さんだ。
金指さんが取り組んだのは、木材を薄く切って箱などに貼り付ける従来の寄木細工とは異なる「無垢の寄木」という技法だった。木の塊を削り出して形を作ることで、複雑な立体造形にも寄木細工を応用できるようになった。
この技術が、箱根駅伝の往路優勝トロフィーという独特な作品を生み出す基盤になった。
日本テレビの箱根駅伝公式サイトでも、金指ウッドクラフトの制作背景が紹介されている。金指さんの逝去後は妻の金指ナナさんが工房を支え、次世代の職人たちへ技術と制作の思いが引き継がれている。
第100回大会の作品は金指勝悦さんの最後の仕事2024年の第100回大会に向けて制作された作品は、金指勝悦さんが長年手掛けてきた往路優勝トロフィーの最後の作品となった。
箱根町の2023年12月の記者発表資料によると、金指さんは第100回大会を楽しみにしており、作品は2022年1月の段階で作り上げていた。第73回大会から制作に携わってきた職人の節目を飾る作品だった。
第100回という記念大会に向けた制作が、職人本人にとっても特別な仕事だったことが分かる。
第101回・第102回は次世代の職人による制作へ第101回大会、つまり2025年の往路優勝トロフィーは通算29作目となった。制作は金指勝悦さんの甥にあたる金指雲流さんが引き継ぎ、工房の職人たちによって完成された。
そして2026年の第102回大会向けに制作された作品は通算30作目。今回のテーマは野球で、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の二刀流に着想を得たデザインとなった。
制作を担当したのは金指雲流さんら3人の職人。無垢の寄木細工に加えて象嵌の技術も取り入れた作品として、2025年12月18日に公開された。
歴代トロフィーを振り返ると、1997年の制作開始から一貫しているのは、箱根の伝統工芸を大会の記念品として残す姿勢だ。一方でデザインは固定されておらず、その年の世相や話題を映すことで、毎年異なる作品として完成している。
【展示場所はどこ?】箱根駅伝ミュージアムで旧総合優勝杯を見学
第100回大会まで使用された銀製総合優勝杯を実際に見たい場合、訪問先は神奈川県箱根町にある箱根駅伝ミュージアムだ。
2025年7月19日から、旧総合優勝杯が有料展示エリアに常設されている。展示開始は富士屋ホテル株式会社が運営する同ミュージアムの公式発表によるものだ。
箱根駅伝ミュージアムの基本情報- 施設名:箱根駅伝ミュージアム
- 所在地:神奈川県足柄下郡箱根町箱根167
- 展示内容:第100回大会まで使用された総合優勝杯、箱根駅伝の歴史、名勝負の写真や映像、選手の愛用品など
- 展示開始日:2025年7月19日
- 平日の営業時間:10:00~16:30
- 土日祝の営業時間:9:30~17:00
- 最終入館:閉館30分前
- 休館日:箱根町観光協会の施設案内では無休
営業時間や休館日の情報は箱根町観光協会の施設案内に基づく。季節や臨時の運営変更がある場合もあるため、訪問当日は施設の最新案内を確認したい。
展示されているのはどのトロフィー?ここで注意したいのは、常設展示が発表されている対象は、第100回大会まで使用された旧総合優勝杯だという点だ。
箱根寄木細工の往路優勝トロフィーや金栗四三杯も、箱根駅伝に関係する重要な記念品だが、旧総合優勝杯と同じ形で同館に常設展示されていると考えるのは適切ではない。
箱根駅伝ミュージアムは、芦ノ湖の往路フィニッシュ・復路スタート地点に近い場所にある。箱根駅伝のコースを訪れる観光と組み合わせれば、テレビで見たレースの舞台と歴史的な優勝杯を一緒に楽しめる。
単に大きなカップを眺めるだけでなく、台座に刻まれた100回分の優勝校の記録を確認することが、この展示の大きな見どころだ。
【第102回箱根駅伝2026年最新】青山学院大学が総合優勝!金栗四三杯は黒田朝日
2026年1月2日・3日に開催された第102回箱根駅伝では、青山学院大学が総合優勝を達成した。
東京箱根間往復大学駅伝競走の公式記録によると、青山学院大学の総合タイムは10時間37分34秒。大会新記録であり、3年連続9度目の総合優勝となった。
第102回大会の総合順位- 1位:青山学院大学 10時間37分34秒
- 2位:國學院大學 10時間40分07秒
- 3位:順天堂大学 10時間43分55秒
青山学院大学は総合優勝だけでなく、往路も5時間18分08秒、復路も5時間19分26秒で制した。往路・復路ともに大会新記録を樹立し、総合力の高さを示した大会だった。
金栗四三杯を受賞したのは黒田朝日選手第102回大会の個人表彰で大きな注目を集めたのが、青山学院大学の黒田朝日選手だ。
黒田選手は往路5区の山登りで1時間7分16秒の区間新記録を樹立。前回大会の区間記録を1分55秒更新する走りで、チームの往路優勝と総合3連覇に大きく貢献した。
熊本県和水町の公式発表によると、黒田選手は第102回大会の最優秀選手に選ばれ、金栗四三杯を受賞した。また、優勝チームから選出される大会MVPも獲得している。
金栗四三杯は、単に総合優勝した大学のエースに与えられる賞というわけではない。大会全体を通じて際立ったパフォーマンスを見せた選手を称える賞であり、2026年は山登りの5区で歴史的な記録を残した黒田選手がその栄誉を手にした。
2026年の往路優勝トロフィーも大谷翔平選手がモチーフ第102回大会に向けた寄木細工のトロフィーは、2025年12月18日に公開された。
通算30作目となる今回の作品は、大谷翔平選手の二刀流に着想を得た野球モチーフ。金指雲流さんら3人の職人が制作を担当した。
実際の第102回大会では青山学院大学が往路優勝を果たしているため、この作品は同大学の往路優勝を称える記念品となった。
2026年の箱根駅伝は、青山学院大学の3連覇という競技面の記録だけでなく、寄木細工のトロフィーが30作目に到達したという文化面の節目も重なった大会だった。
【よくある誤解】優勝杯とトロフィーの違い・歴代品を見分けるポイント
箱根駅伝の優勝杯を調べていると、「総合優勝杯」「トロフィー」「記念杯」という複数の呼び方が出てくる。これらの言葉の違いも整理しておきたい。
優勝杯とトロフィーはどう違う?一般的な日本語の使い分けでは、優勝杯はカップ型の優勝記念品を指す言葉であり、トロフィーは優勝や功績を称える記念品全般を指す、より広い言葉だ。
つまり、カップ型の優勝杯も広い意味ではトロフィーの一種と考えられる。箱根駅伝の場合、銀製の総合優勝杯と木製の往路優勝トロフィーは、素材や形状、贈呈対象が異なるため、別々の名称で呼ばれている。
これは厳密な競技規則上の分類というより、記念品の形状や役割に応じた一般的な呼び分けだ。
「53cm・5kg超」は現在の優勝杯のサイズではないインターネット上で箱根駅伝の優勝カップを検索すると、高さ53cm、重さ5kg超という数字が紹介されている。
この数値は第100回大会まで使用された旧総合優勝杯のものだ。2025年の第101回大会からは新しい総合優勝杯に切り替わっているため、2026年現在の現行杯の寸法として紹介するのは誤りになる。
往路優勝トロフィーと総合優勝杯は同じものではないもうひとつのよくある混同が、往路優勝と総合優勝の違いだ。
往路優勝は1月2日の往路5区間で最も速い大学、総合優勝は往路と復路の合計タイムで最も速い大学が獲得する。両方を同じ大学が制することもあれば、別々の大学になることもある。
例えば第101回大会の2025年は、青山学院大学が総合優勝と往路優勝を獲得した一方、復路優勝は駒澤大学だった。賞の名前だけでなく、どの区間・成績を対象にしているのかを見ることが大切だ。
歴代トロフィーを調べるときの判断基準箱根駅伝のトロフィーについて正確な情報を探すなら、次の3点を確認すると混乱を防げる。
- 大会回数:第100回までの旧総合優勝杯なのか、第101回以降の新しい優勝杯なのか。
- 受賞対象:総合優勝、往路優勝、個人最優秀選手のどれを称えるものなのか。
- 制作・贈呈主体:関東学生陸上競技連盟、箱根町、和水町のどこに関係する記念品なのか。
特に写真や映像で見たカップの形状を手掛かりにする場合は、撮影された大会年度も確認したい。第100回大会を境に、総合優勝杯の世代が変わっているからだ。
【箱根駅伝トロフィーに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:箱根駅伝の総合優勝杯の大きさと重さはどれくらい? A1:第100回大会まで使用された旧総合優勝杯は、銀製で高さ53cm、重さ5kg超。第80回大会を記念して製作され、台座には第1回から第100回までの歴代優勝校が刻まれている。
Q2:箱根駅伝のトロフィーはどこで見られる? A2:旧総合優勝杯は神奈川県箱根町箱根167にある箱根駅伝ミュージアムで見学できる。2025年7月19日から有料展示エリアで常設展示されている。
Q3:2026年の箱根駅伝で金栗四三杯を受賞した選手は誰? A3:青山学院大学の黒田朝日選手。第102回大会の5区で1時間7分16秒の区間新記録を樹立し、金栗四三杯と大会MVPを受賞した。
箱根駅伝のトロフィーには、総合優勝杯だけでなく、箱根町が贈る寄木細工の往路優勝トロフィー、和水町が贈る金栗四三杯という、それぞれ異なる意味を持つ記念品がある。
第100回大会まで使用された旧総合優勝杯は、高さ53cm、重さ5kg超の銀製カップ。2025年7月から箱根駅伝ミュージアムに常設展示され、100回分の優勝の歴史を伝えている。
一方、往路優勝トロフィーは1997年から続く箱根寄木細工の伝統を受け継ぎ、2026年には通算30作品に到達した。職人の世代交代を経ても、毎年の時代背景を作品に反映させる制作姿勢は変わっていない。
【プロの結論】箱根駅伝のトロフィーを理解する最大の要点は、単純な大きさや素材ではなく、「誰が、何を達成したときに贈られるのか」を見極めることだ。銀製の総合優勝杯には100年の競技記録が刻まれ、寄木細工には箱根の職人文化が受け継がれ、金栗四三杯には個人の挑戦を称える歴史が込められている。
2026年の第102回大会で青山学院大学が3年連続9度目の総合優勝を果たしたことも、こうした歴史の新たな1ページとなった。次回以降の大会では、選手たちの走りとともに、どの大学がどの記念品を手にするのか、そして箱根の職人たちがどのような新作を生み出すのかにも注目したい。
主な事実確認資料
- 関東学生陸上競技連盟・箱根駅伝公式記録
- 富士屋ホテル株式会社「総合優勝杯の常設展示」公式発表(2025年7月16日)
- 箱根町「往路優勝校贈呈用トロフィー」記者発表資料
- 熊本県和水町「第102回箱根駅伝で金栗四三杯を贈呈しました!」(2026年1月7日)
- 日本テレビ箱根駅伝公式サイト
- 月刊陸上競技、タウンニュースの関連報道