オリックス・バファローズの吉田輝星投手には、同じく投手として野球の道を歩む弟がいる。名前は吉田大輝(よしだ・たいき)。兄と同じ秋田県の金足農業高校に進み、2年連続で夏の甲子園に出場した本格派右腕だ。高校時代には最速147キロを記録し、プロ球団からも注目を集めた。
2026年現在、大輝は東都大学野球1部リーグの亜細亜大学に所属する1年生投手。4月7日には明治神宮野球場で大学リーグ戦デビューを果たし、秋季リーグでは4試合に登板して防御率0.00を記録した。兄の背中を追いながらも、大学野球という異なるルートからプロ入りを目指している。
【プロフィール】吉田輝星の弟・吉田大輝とは?年齢差や身長、所属大学を紹介
吉田輝星の弟として知られる吉田大輝は、兄と同じ投手の道を選んだ野球選手だ。兄の名前だけで注目されているわけではない。高校時代には甲子園で147キロを計測し、大学進学後も東都大学野球の舞台で経験を積んでいる。
吉田大輝の基本プロフィール週刊ベースボールONLINEや高校野球ドットコムの選手データをもとに整理すると、基本情報は次のとおりだ。
- 名前:吉田大輝(よしだ・たいき)
- 生年月日:2007年4月23日
- 年齢:19歳(2026年11月現在)
- 出身:秋田県
- 身長:179cm
- 体重:86kg
- 投打:右投右打
- ポジション:投手
- 出身高校:秋田県立金足農業高校
- 2026年の所属:亜細亜大学硬式野球部
- 高校時代の最速:147キロ
小学1年生から野球を始め、中学時代には軟式野球部と硬式野球チームでプレー。金足農業では1年春からベンチ入りし、1年秋には背番号1を背負うまでに成長した。179cm、86kgという体格を生かした本格派の右腕である。
吉田輝星との年齢差は?実際は約6年3か月兄・吉田輝星は2001年1月12日生まれ。弟・大輝は2007年4月23日生まれだ。両者の生年月日を比較すると、実際の年齢差は約6年3か月、学年では7学年差となる。
報道では「7歳下の弟」と紹介されることもあるが、厳密な誕生日の差と学年の差は区別しておきたい。2026年11月現在、兄は25歳、弟は19歳だ。
兄は金足農業から2018年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。その後、2024年からオリックス・バファローズに所属している。弟も同じ金足農業を選んだが、卒業後は大学進学という別の道を歩み始めた。
【金足農業時代】吉田大輝は甲子園に2度出場!最速147キロを記録した実力
吉田大輝の名前が全国的に知られるようになった大きな理由は、兄と同じ金足農業で甲子園を経験したことにある。
2018年夏、兄の輝星は金足農業のエースとして秋田県勢103年ぶりの甲子園決勝進出を果たした。いわゆる「金農旋風」の中心人物だった兄の姿は、大輝にとって野球を続ける大きな原動力になった。
2024年夏、兄の母校で甲子園出場を実現大輝は金足農業に進学し、2年生だった2024年夏に甲子園出場を果たした。金足農業にとっては2018年以来、6年ぶりの夏の甲子園だった。
兄が背負った紫色のユニホームを着て、同じ聖地のマウンドを目指す。兄弟が同じ高校で投手として活躍するというストーリーもあり、大会前から注目を集めた。
高校野球ドットコムの選手分析では、緩急を使った投球や、ストレートの伸び、カットボール、カーブ、チェンジアップなどの変化球が評価されていた。球速だけに頼らず、打者との駆け引きができる投手として成長していたことが分かる。
2025年夏、自己最速147キロを計測3年生となった2025年夏も、金足農業のエースとして2年連続の甲子園出場を達成した。この大会で大輝は自己最速の147キロを記録。プロ注目の右腕として存在感を示した。
ただし、甲子園では万全の状態ではなかった。大会前に右太ももに違和感があり、沖縄尚学との初戦では先発を回避。途中から救援登板する形となった。
試合は0対1で金足農業が敗退。大輝は3回1/3を投げて4安打1失点、2奪三振という成績だった。最速147キロを記録したものの、チームを勝利に導くことはできなかった。
2度の甲子園出場はいずれも初戦敗退という結果に終わった。しかし、2年夏から3年夏にかけて全国大会を経験し、球速も伸ばしたことは、大学野球に進むうえで重要な土台になった。
【兄弟エピソード】吉田輝星は弟をどう見ている?LINEや応援に表れた関係
吉田兄弟の関係で興味深いのは、兄が弟を単なる後輩選手としてではなく、年齢の離れた家族として気にかけていることだ。
兄・輝星は弟の高校野球を気にかけていた2024年7月、Full-Countは吉田輝星が弟の高校野球について語った取材記事を掲載した。
当時、金足農業のエースとして活躍していた大輝について、輝星は弟からLINEで対戦相手が決まったことを知らされたと説明。初戦に勝った際にも連絡があり、兄は「優勝目指して頑張ってね」と返したという。
また、輝星は弟の試合を気にして、普段より高校野球を見るようになったことも明かしている。離れて暮らしているからこそ、弟の様子が気になるという兄らしい一面がうかがえる。
兄から贈られたサイン色紙が大学生活のお守りに2026年2月、吉田大輝は亜細亜大学野球部の寮に入った。デイリースポーツの報道によると、入寮時に持ち込んだ荷物の中には、2年前に兄からもらった直筆のサイン色紙があった。
その色紙は、大学生活でも目につく場所に飾る大切な品になっている。大輝は兄のサインや動画から元気をもらってきたと話しており、プロ野球選手として先を走る兄の存在が精神的な支えになっている。
「4年間を過ごしてプロに行く。そこから(超えたい)」
これは2026年2月の入寮時に大輝が語った目標だ。兄と同じプロの世界に入るだけではなく、その先で兄を超えるという強い意志が込められている。
兄弟でありながら、競争相手でもある兄の輝星もプロ野球の世界で成長を続けている。大輝は兄の活躍を自分の刺激として受け止めており、兄の結果が自分のモチベーションにつながると語っている。
注目したいのは、兄弟が同じ高校、同じポジションを経験しながら、大学進学後は別々の環境で競技を続けている点だ。輝星が高校からプロへ進んだ一方、大輝は大学で身体や投球技術を磨く選択をした。
兄弟の関係は、単純な「兄の後継者」という構図ではない。身近な目標を持ちながら、自分自身の成長を追求する関係といえる。
【亜細亜大学進学】なぜ吉田大輝は高卒プロ入りではなく大学野球を選んだのか
2025年夏の甲子園終了後、大輝が選んだ進路はプロ野球ではなく大学野球だった。
高校時代の実績や147キロの球速を考えれば、高卒でのプロ入りを期待する声があったのも自然だ。実際、スポニチはプロ志望届を提出すればドラフト指名が有力視されていたと報じている。
それでも大輝はプロ志望届を提出せず、東都大学野球1部リーグの亜細亜大学への進学を選択した。
兄とは違う道を歩きたいという決断2026年1月13日付の日刊スポーツの独占インタビューでは、大輝自身が進路決定の背景を詳しく説明している。
もともとはプロか社会人野球への進路を考えていたという。しかし、甲子園で十分な結果を残せなかったことや、将来ドラフト1位でプロ入りしたいという目標が、大学進学を選ぶ理由になった。
さらに大きかったのが、兄とは異なる道を歩んでみたいという気持ちだった。
「1回違う道を行ってみたいなっていうふうに思いました」
日刊スポーツのインタビューでは、兄・輝星から亜細亜大学の正村公弘監督について「お前のこと良くする自信あるらしいよ」と伝えられたことも、進学を考えるきっかけになったと語っている。
正村公弘監督の指導を受けて投球フォームを改良亜細亜大学の正村公弘監督は、投手育成に定評のある指導者だ。兄の輝星がかつて進学を検討していた大学の指導者でもあり、大輝にとっては兄との縁がある存在だった。
大輝は正村監督から、左肩が早く開くことや、テイクバック時の腕の使い方、下半身の使い方などについて指導を受けたという。
特に興味深いのが、投球フォームの修正とストレートの回転数の変化だ。日刊スポーツのインタビューでは、甲子園当時は常時2400回転程度だったものが、フォーム修正後には常時2500~2600回転に向上したと本人が説明している。
球速だけではなく、ボールの質を高めることに取り組んでいる点は、大学進学後の成長を考えるうえで要点だ。
【2026年最新成績】亜細亜大学で神宮デビュー!春季・秋季リーグの登板状況
2026年の吉田大輝は、亜細亜大学の1年生投手として東都大学野球1部リーグを戦った。
大学野球での最初の大きな節目は、4月7日の青山学院大学戦だった。明治神宮野球場でリーグ戦デビューを果たし、プロ野球選手の兄とは異なる大学野球の舞台に立った。
4月7日、憧れの神宮で公式戦初登板2026年4月7日の東都大学野球春季リーグ開幕戦。亜細亜大学は青山学院大学と対戦し、2対10で敗れた。
この試合で大輝は7回から3番手として登板。大学リーグ戦での初登板を1イニング1安打無失点で終えた。
スポニチの報道によると、登板時の最速は145キロ。2月に左膝を痛めて調整が遅れていたなか、開幕戦に間に合わせたことも注目された。
試合後、大輝は神宮について次のように話している。
「神宮は憧れていた場所」
甲子園を経験した高校球児が、大学野球の伝統ある舞台で新たな一歩を踏み出した瞬間だった。
2026年の春季・秋季リーグ成績を比較一球速報.comの2026年度投手記録によると、大輝は春季リーグで9試合、秋季リーグで4試合に登板した。春は3.86だった防御率が、秋には0.00となっている。
| 項目 | 春季リーグ | 秋季リーグ | 2026年通算 |
|---|---|---|---|
| 登板数 | 9試合 | 4試合 | 13試合 |
| 先発数 | 1試合 | 0試合 | 1試合 |
| 投球回 | 9回1/3 | 5回 | 14回1/3 |
| 被安打 | 11 | 4 | 15 |
| 奪三振 | 9 | 2 | 11 |
| 与四球 | 4 | 1 | 5 |
| 自責点 | 4 | 0 | 4 |
| 防御率 | 3.86 | 0.00 | 2.51 |
出典:一球速報.comの2026年度東都大学野球1部リーグ投手記録。通算値は春季・秋季の合計。成績は2026年10月21日の秋季リーグ登板まで。
特に注目したいのは秋季リーグの内容だ。4試合で5イニングを投げ、被安打4、奪三振2、与四球1、自責点0。春季リーグで経験した失点を踏まえ、秋には無失点でシーズンを終えている。
ただし、2026年は通算14回1/3の投球回数であり、まだ登板経験を積んでいる段階だ。防御率2.51という数字だけで実力を判断するのではなく、短いイニングでの登板から、今後どのように投球回を増やしていくかを見る必要がある。
亜細亜大学は2026年秋季リーグ優勝チーム全体にも明るいニュースがあった。2026年の東都大学野球秋季1部リーグで、亜細亜大学は9季ぶり28回目の優勝を達成。8勝2敗、勝ち点4という成績でリーグを制した。
加えて、亜細亜大学は東都大学野球連盟の代表として、2026年の明治神宮野球大会への出場権を獲得している。
大輝個人については、秋季リーグで4試合に登板したことが確認できる。神宮大会での登板や起用は別の話であり、チームの代表決定と本人の出場確定を混同しないことが大切だ。
【ドラフト・プロ志望】吉田大輝は2029年にプロ入り?兄超えへの目標と今後の課題
吉田大輝が大学進学を選んだ最大の理由の一つは、将来のドラフトで上位指名を受ける投手になることだ。
高校時代からプロ入りへの意欲を持っていた大輝だが、2025年のドラフトではプロ志望届を提出しなかった。大学4年間で実力を磨き、即戦力として評価される選手になることを目指している。
目標は4年後のドラフト1位2026年1月の日刊スポーツの独占インタビューで、大輝は大学進学後の目標について具体的に話している。
目指しているのは、単に大学野球で活躍することではない。大学日本代表に選ばれるレベルまで成長し、4年後にはドラフト1位でプロ入りすることだ。
本人は球速についても、将来的には155キロ程度まで伸ばしたいという目標を掲げている。高校時代の最速147キロから、さらに球威を高めようとしていることが分かる。
2029年のドラフトに向けて注目したい3つのポイント2026年に大学1年生となった大輝が、大学4年間を経てプロ志望の意思を示す場合、注目されるのは2029年のドラフトだ。今後の成長を見るうえでは、次の3点が重要になる。
- 球速と球質:147キロから150キロ台への成長に加え、2500~2600回転と本人が説明した直球の質を維持・向上できるか。
- 制球力と投球回:短い救援登板から、長いイニングを安定して投げられる先発能力を身につけられるか。
- 強豪校との対戦経験:東都大学野球1部の青山学院大学、國學院大學、中央大学などの強豪との対戦を通じて、どこまで対応力を高められるか。
特に東都大学野球は、毎シーズン高いレベルの投手や打者が集まるリーグだ。高校時代に注目された球速だけでなく、大学の強打者を相手に安定した投球ができるかどうかが、プロのスカウトによる評価を左右する。
兄・吉田輝星を超えるために必要なこと兄の輝星は2018年ドラフト1位で日本ハムに入団し、2024年からオリックスでプレーしている。高校時代に甲子園準優勝を経験しただけでなく、プロ野球でも一軍登板を重ねてきた選手だ。
大輝が兄を超えるには、同じ147キロを投げるだけでは足りない。大学野球での継続的な実績、投球フォームの安定、球種の精度、試合を任される信頼性など、プロで通用する総合力を身につける必要がある。
2026年の成績は、大学野球のスタート地点に立ったことを示す数字だ。秋季リーグの防御率0.00は前向きな材料だが、今後は登板数や投球回が増えたときにも同じ安定感を発揮できるかが試される。
【吉田輝星の弟に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:吉田輝星の弟の名前は何ですか?
A1:吉田大輝(よしだ・たいき)です。2007年4月23日生まれの右投右打の投手で、2026年現在は亜細亜大学硬式野球部に所属しています。
Q2:吉田輝星と弟・大輝の年齢差は何歳ですか?
A2:兄の輝星は2001年1月12日生まれ、弟の大輝は2007年4月23日生まれです。実際の年齢差は約6年3か月で、学年では7学年離れています。
Q3:吉田大輝は2026年にプロ入りしましたか?
A3:いいえ。2025年のプロ志望届提出を見送り、亜細亜大学に進学しました。2026年は東都大学野球1部リーグで13試合に登板し、大学4年間で力をつけて2029年のドラフト1位でプロ入りすることを目標にしています。
吉田輝星の弟・吉田大輝は、兄と同じ金足農業で野球に打ち込み、2年連続の甲子園出場と最速147キロという実績を残した右腕だ。
2025年夏の甲子園後には高卒プロ入りではなく亜細亜大学への進学を選択。兄が進まなかった大学野球の道で、正村公弘監督の指導を受けながら投手としての成長を目指している。
2026年は4月7日に神宮デビューを果たし、春季リーグ9試合、秋季リーグ4試合の合計13試合に登板。通算防御率2.51、秋季リーグでは5イニング無失点という結果を残した。
現段階では大学野球で経験を積んでいる途中だが、最速147キロの直球、フォーム改良による球質向上、そして4年後のドラフト1位という明確な目標は注目に値する。
兄・吉田輝星がプロ野球で歩んできた道を尊敬しながら、自分自身のキャリアを築こうとする吉田大輝。2029年のドラフトに向けて、東都大学野球でどこまで成長するのか。兄弟それぞれの挑戦から目が離せない。