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【過去の選挙歴】山尾志桜里はこれまで何回当選した?政治家としての経歴

桜井 達也 桜井 達也 • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
目次

山尾氏は2025年の参院選で落選しましたが、それ以前は衆議院議員として3期10年のキャリアを持っています。初出馬から国政復帰、無所属での当選、そして2025年の再挑戦までを見ると、選挙での浮き沈みが少なくない政治家です。

検察官から政治家へ

山尾志桜里氏は1974年生まれ。東京大学法学部を卒業後、司法試験に合格し、2004年に検察官に任官しました。東京地検、千葉地検、名古屋地検岡崎支部などで勤務した後、2007年に退官して政治活動に入りました。

2009年の衆議院議員総選挙では民主党公認で愛知7区から立候補し、初当選。待機児童問題や憲法問題などに取り組み、2016年には民進党の政務調査会長に就任しました。

特に待機児童問題を国会で取り上げたことは、山尾氏の政治家としての知名度を高めた出来事の一つです。

衆議院議員時代から2025年の再挑戦まで

  • 2009年:民主党から愛知7区に出馬し、初当選。
  • 2012年:衆院選で落選。
  • 2014年:愛知7区で再び当選し、国政復帰。
  • 2016年:民進党の政務調査会長に就任。
  • 2017年:不倫疑惑報道を受けて民進党を離党。無所属で愛知7区から出馬し、当選。
  • 2018年:立憲民主党に入党。
  • 2020年:国民民主党に参加し、憲法調査会長などを務める。
  • 2021年:次の選挙には出馬せず、国会議員としての活動に区切りをつける意向を表明。
  • 2025年:国政復帰を目指して参院選に挑戦するも、東京選挙区で落選。

2017年の衆院選では、既婚男性との交際疑惑が報じられた後、無所属で選挙に臨みました。それでも愛知7区で当選しており、過去には厳しい政治状況を乗り越えた経験があります。

2021年には国会議員としての引退を表明しましたが、2025年に再び国政への挑戦を決断しました。この経歴を踏まえると、2025年の落選は山尾氏にとって、国政復帰を目指した再挑戦の失敗という意味を持っています。

【2026年最新】山尾志桜里の現在は?落選後の政治活動と仕事

山尾志桜里落選

2026年11月現在、山尾氏は国会議員ではありません。2025年の参院選で落選した後も、弁護士としての活動や外交・人権に関する取り組みが確認できます。

弁護士として活動

2026年3月に掲載された日本GR協会の第7回日本GRサミットの登壇者プロフィールでは、山尾氏は弁護士として紹介されています。

同プロフィールでは、対中政策に関する国際議員連盟IPAC(Inter-Parliamentary Alliance on China)の日本ディレクターを務めるほか、「人権外交を超党派で考える議員連盟」の顧問としても活動しているとされています。

国会議員という立場を離れても、憲法や人権外交に関する専門性を生かした活動を続けていることが分かります。

2026年10月には刑事司法と表現の自由をテーマに講演

2026年10月4日には、東京都武蔵野市で開催された講演会に登壇しました。

テーマは「再審法改正と言論の自由-証拠の目的外使用禁止のあり方を考える」です。刑事訴訟法の再審に関する規定の改正を踏まえ、証拠の取り扱いと表現の自由、知る権利などについて考える内容でした。

主催団体の開催情報では、山尾氏は弁護士・元検察官・元衆議院議員として紹介されています。検察官としての経験と、政治家として取り組んできた法制度や人権の問題が、現在の活動にもつながっています。

2026年時点で国政復帰の予定はある?

2026年11月4日時点で確認できる公開情報からは、次の国政選挙への具体的な立候補表明や、新たな政党への所属を確定する情報は確認できません。

一方、2025年の落選直後には、中道政治の実現に向けて、今回の選挙に取り組んだ関係者と相談しながら今後を考えたいという趣旨の発言をしています。

したがって、現在の山尾氏については、政治家としての再出発が決まったと見るよりも、弁護士や人権・外交分野の活動を続けている段階と捉えるのが適切です。今後の政界復帰については、本人による正式な発表が判断材料になります。

【落選後の本人コメント】山尾志桜里は選挙結果をどう受け止めた?

山尾氏は2025年7月20日、落選が確実となった後、選挙事務所に姿を見せて支援者に謝罪しました。

「皆さんに助けてもらったのにごめんなさいね」

「結果出せずにごめんなさい」

加えて、自身の伝える力が不足していたとの認識を示し、開票結果を見ながら今後を考えたいと述べました。

翌日のSNSでは「力量不足と準備不足」と説明

7月21日にはX(旧Twitter)でも選挙結果について発信しました。

「選挙は『時代を映す鏡』であり、中道政治を求める声は間違いなくそこにある。その声の受け皿になり切れなかった私自身の力量不足と準備不足を表す結果でした」

ここで注目したいのは、山尾氏が落選の原因を公認見送りだけに求めていない点です。自身の選挙準備や政策発信にも問題があったと振り返っています。

国民民主党の公認見送りについてはどう語った?

7月21日配信のABEMA「Abema Prime」では、公認取り消しについても改めて言及しました。

山尾氏は、国民民主党の公認で出馬する場合と、無所属で戦う場合では全く異なる選挙になると説明し、公認があれば当選していた可能性にも触れました。

一方、翌22日の日刊スポーツの報道では、女性候補者に対する政党の扱いという観点からも、公認取り消しの問題を振り返っています。

ただし、本人の説明と実際の得票結果は分けて考える必要があります。公認見送りが選挙にどれほど影響したかを、具体的な票数で証明することはできません。

【よくある質問】山尾志桜里の落選に関するFAQ

Q1:山尾志桜里は2025年の参院選で何票獲得した?

A1:東京都選挙管理委員会の確定結果では、東京選挙区で10万6,230票を獲得しました。しかし、7議席の当選枠に届かず落選しました。

Q2:山尾志桜里が国民民主党の公認を得られなかった理由は?

A2:2017年の不倫疑惑報道への対応をめぐり、2025年6月の出馬会見でも説明が不十分だとの批判が広がったためです。国民民主党は、地方組織や支援者からの意見も踏まえ、6月11日に公認見送りを決定しました。

Q3:山尾志桜里は無所属で出馬したの?

A3:はい。国民民主党に離党届を提出した後、2025年7月1日に東京選挙区から無所属で出馬すると表明しました。

Q4:不倫疑惑は事実だったの?

A4:2017年に週刊誌で報じられた不倫疑惑について、山尾氏は当時、男女関係を否定していました。2025年の会見では当時の自身の対応を反省しましたが、疑惑を認めたということではありません。

Q5:山尾志桜里は2026年現在、何をしている?

A5:2026年の公開プロフィールでは弁護士、IPAC日本ディレクターとして紹介されています。2026年10月には刑事司法や表現の自由に関する講演会にも登壇しています。

Q6:山尾志桜里は今後、政界に復帰する可能性がある?

A6:将来の政界復帰については確定していません。2025年の落選後には中道政治の実現に向けて今後を考えたいと述べていますが、2026年11月4日時点で具体的な次回出馬表明は確認できません。

山尾志桜里氏の落選は、2025年7月20日の参院選・東京選挙区で確定した結果です。得票数は10万6,230票。国民民主党の比例代表候補として擁立される予定だったものの、過去の不倫疑惑報道への説明をめぐる批判などから公認を見送られ、無所属での出馬に切り替えました。

落選の背景には、過去の問題に対する説明と信頼回復、政党公認を失ったことによる選挙戦略の変更、出馬表明の遅れ、中道政治という理念の浸透不足など、複数の要素がありました。

特に重要なのは、本人自身が選挙後に「力量不足と準備不足」を認めていることです。公認見送りだけを敗因とするのではなく、本人の選挙戦略と有権者への訴求力も含めて検証する必要があります。

政治家の評価を考える際には、次の4つの視点が参考になります。

  • 説明責任:過去の問題について、有権者が納得できる説明をしているか。
  • 政策の具体性:理念だけでなく、実現方法まで示しているか。
  • 選挙戦略:候補者の知名度や支持基盤を実際の得票につなげられるか。
  • 継続的な活動:選挙結果にかかわらず、掲げた政策や社会課題に取り組んでいるか。

2026年の山尾氏は、弁護士としての活動や人権外交、刑事司法に関する発信を続けています。今後、再び政治の舞台に立つのか、それとも専門分野での活動を中心にするのか。その動向は、2025年の落選後の政治的な評価を考えるうえでも注目されます。

山尾志桜里氏の2025年参院選は、政治家にとって過去の実績だけでなく、説明責任と信頼の積み重ねがいかに重要かを示した選挙だったといえます。

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桜井 達也
デジタルマーケター 桜井 達也
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