2026年1月11日、京都競馬場の第1レースで発生した和田竜二騎手の落馬事故。メイショウソウテンに騎乗していた和田騎手は、1コーナーで馬がつまずいた際に落馬し、左手尺骨と左足脛骨を骨折した。さらに左膝の前十字靱帯損傷も判明し、予定されていた最後の騎乗を果たせないまま、約30年間の騎手生活に幕を下ろすことになった。
事故後の経過は、単なる負傷による休養では終わらなかった。2026年2月28日に騎手を引退し、翌3月1日には調教師へ転身。4月には京都競馬場で引退式が行われ、6月には北海道のノーザンファーム、社台ファーム、追分ファームなどを訪問するなど、新しいキャリアに向けた活動が進んでいる。さらに8月には調教騎乗を再開し、10月にはフランスで海外競馬の視察にも臨んだ。
2026年11月3日時点の最新情報を踏まえ、落馬の原因、負傷の詳細、騎手復帰を断念した理由、JRA通算1534勝の実績、そして調教師としての現在までを時系列で整理する。
【事故の全容】2026年1月11日の京都競馬1Rで和田竜二が落馬した経緯
事故が起きたのは、2026年1月11日(日)の第1回京都競馬第4日、第1レースだった。
レースは3歳未勝利戦。ダート1800メートル、16頭立ての競走で、和田竜二騎手は栗東・鈴木孝志厩舎のメイショウソウテン(牡3)に騎乗していた。
レース序盤の1コーナー付近で、15番ロンバルドシチーに騎乗していた高杉吏麒騎手の馬が内側へ斜行。その影響で周囲の馬の進路が狭くなり、8番メイショウソウテンがつまずいた。
その結果、和田騎手は馬から落下。JRAが公表した開催当日の発表では、メイショウソウテンは競走中止となり、馬体に異常はなかった一方、騎手は左腕と左足を負傷したとされている。
JRAの裁決レポートでも、1コーナーでのロンバルドシチーの内側への斜行が事故の直接的な経緯として記録されている。この件について、同馬に騎乗していた高杉騎手には過怠金10万円が科された。
つまり、メイショウソウテン自身の故障が原因だったわけではない。他馬の斜行によって進路が狭まり、つまずいたことが落馬につながったというのがJRAの公式記録に基づく説明だ。
落馬直後は動けず、担架で搬送落馬後の和田騎手は、すぐに自力で立ち上がることができなかった。コース内で動けない状態となり、係員の介助を受けて内ラチ付近へ移動。その後、全馬が引き揚げた段階で担架によって搬送された。
落馬直後に和田騎手のもとへ駆けつけた鈴木孝志調教師によると、意識はあったという。日刊スポーツなどの報道でも、意識がある状態で病院へ搬送されたことが伝えられた。
この事故によって、和田騎手は1月11日に予定していた残り7鞍すべてで乗り替わりとなった。翌12日の京都競馬でも予定していた7鞍がすべて変更され、騎乗復帰への見通しが立たない状況となった。
なお、事故当時の初期発表は左腕・左足の負傷だった。骨折や靱帯損傷の具体的な診断内容が明らかになったのは、その後の治療過程である。
【負傷の詳細】左手尺骨骨折・左足脛骨骨折と前十字靱帯損傷
2か所の骨折に加えて左膝の靱帯損傷が判明落馬後に病院へ搬送された和田騎手は、左手尺骨と左足脛骨の骨折と診断された。
尺骨は前腕を構成する2本の骨のうちの1本で、脛骨は膝から足首にかけての下腿を構成する主要な骨である。腕と脚の双方に骨折を負ったことで、騎乗姿勢を維持するための身体機能にも大きな影響が生じる負傷となった。
加えて、左膝の手術を行った際、前十字靱帯の損傷も判明した。
前十字靱帯は膝関節の安定性を保つ重要な組織で、特に急激な方向転換や着地、体重移動を伴う動作で大きな役割を果たす。競馬騎手の場合、馬上で姿勢を維持しながら馬の動きに対応する必要があるため、膝関節の機能回復は競技復帰を考えるうえで重要な問題となる。
和田騎手は左膝前十字靱帯の再建手術を受けた。3月4日に栗東トレーニングセンターへ姿を見せた際には、退院したことと、靱帯の再建手術後の回復に半年程度を要する見通しを報告している。
なぜ騎手としての復帰が難しかったのか今回の復帰断念には、骨折だけでなく、左膝の前十字靱帯損傷が大きく関係している。
骨折の治療が進んでも、靱帯の再建手術後には膝関節の安定性や筋力、可動域を段階的に回復させる必要がある。一般的な日常生活に戻ることと、競走馬に騎乗できる状態になることは同じではない。
和田騎手の場合、騎手免許の有効期間は2026年2月28日までだった。残された期間で骨折と靱帯損傷の治療を終え、競馬の実戦に必要な身体能力まで回復させることは現実的ではなかった。
1月22日、所属する騎手マネジメント会社Risyを通じて、和田騎手は騎手復帰を断念することを発表した。
「最後の騎乗姿を見せられないのは申し訳ない気持ちでいっぱいであります。」
このメッセージには、最後まで騎手としてファンの前に立ちたかったという無念さが表れている。一方で、すでに調教師試験に合格していたこともあり、次のキャリアへ気持ちを切り替える考えも示していた。
重要なのは、事故によって調教師への転身を決めたわけではないという点だ。和田騎手は落馬事故が発生する前の2025年12月に、2026年度のJRA新規調教師免許試験に合格していた。騎手引退と調教師転身は、もともと予定されていたキャリアの転換だったのである。
今回の事故は、その転換期に最後の騎乗を実現できなくする結果となった。
【時系列で検証】和田竜二の落馬から騎手引退・調教師転身まで
和田竜二の2026年は、騎手としてのキャリアを終える年であると同時に、調教師としての新しい活動を始める年でもあった。
JRAの公式発表と競馬専門メディアの報道、本人による近況報告を整理すると、次のような流れになる。
| 時期・日付 | 出来事 | 内容・位置づけ |
|---|---|---|
| 1996年3月 | 騎手デビュー | 栗東・岩元市三厩舎所属でデビュー。 |
| 1999~2000年 | テイエムオペラオーとの活躍 | 皐月賞や天皇賞など数々のGⅠを制覇。 |
| 2025年12月11日 | 調教師試験合格 | 2026年度JRA新規調教師免許試験に合格。 |
| 2026年1月11日 | 京都1Rで落馬 | メイショウソウテン騎乗中に落馬。左腕と左足を負傷。 |
| 2026年1月22日 | 騎手復帰を断念 | 骨折と左膝靱帯損傷の治療に時間を要するため決断。 |
| 2026年2月28日 | 騎手引退 | JRA通算1534勝、30年間の騎手生活に区切り。 |
| 2026年3月1日 | 調教師免許交付 | 調教師として新たなキャリアを開始。 |
| 2026年4月26日 | 京都競馬場で引退式 | ファンや関係者に騎手生活への感謝を伝えた。 |
| 2026年6月 | 北海道の牧場を訪問 | ノーザンファーム、社台ファーム、追分ファームなどで若駒を視察。 |
| 2026年8月 | 調教騎乗を再開 | 治療を経て調教現場での騎乗を再開。 |
| 2026年10月 | フランス競馬を視察 | 凱旋門賞に合わせて渡仏し、海外の馬づくりを学ぶ。 |
特に押さえておきたいのは、2月28日の騎手引退と3月1日の調教師免許交付が連続している点だ。これはJRAが公表した正式な日程であり、和田竜二が騎手から調教師へ移行した時期を明確に示している。
また、4月26日には京都競馬場のウイナーズサークルで引退式が実施された。事故によって2月末の騎乗はかなわなかったが、約2か月遅れでファンに直接感謝を伝える機会が設けられた。
JRAは引退式のほか、京都競馬場でのメモリアル展示も実施。30年に及ぶ騎手人生を振り返る場となった。
【騎手時代の実績】JRA通算1534勝とテイエムオペラオーの栄光
約30年間で積み重ねた1534勝和田竜二は1977年6月23日生まれ、滋賀県出身。1996年3月2日に騎手デビューし、栗東を拠点に長年活躍してきた。
JRAが公表した引退時の成績は、通算2万2176戦1534勝、重賞50勝、GⅠ8勝。勝利数だけでなく、騎乗数の多さも特徴的な騎手だった。
そのキャリアを語るうえで欠かせないのが、テイエムオペラオーとのコンビである。
テイエムオペラオーとのコンビでGⅠ7勝1999年、和田騎手はテイエムオペラオーに騎乗して皐月賞を制覇。これが自身のGⅠ初勝利となった。
翌2000年には、同馬とともに天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念などを制覇。京都記念や阪神大賞典、京都大賞典も含め、重賞8連勝という圧倒的な成績を残した。
テイエムオペラオーとのコンビで獲得したGⅠタイトルは7勝。和田騎手の騎手人生を象徴するパートナーといえる。
さらに2018年にはミッキーロケットで宝塚記念を制覇。テイエムオペラオー以来となる中央GⅠ勝利を挙げ、長年にわたってトップレベルで戦い続ける実力を示した。
和田竜二の騎手人生を支えた主な実績- 1996年:栗東・岩元市三厩舎所属で騎手デビュー。
- 1999年:テイエムオペラオーで皐月賞を制覇し、GⅠ初勝利。
- 2000年:テイエムオペラオーとのコンビで古馬中距離GⅠ完全制覇を達成。
- 2018年:ミッキーロケットで宝塚記念を優勝。
- 2026年:JRA通算1534勝、重賞50勝、GⅠ8勝で騎手生活を終える。
和田騎手の特徴として挙げられるのは、最後まで追い続ける積極的な騎乗スタイルだ。本人も騎手時代を振り返り、騎乗数の多さを自身の誇りとして語っている。
また、調教師試験に合格した際には、師匠である岩元市三元調教師への憧れが調教師を志すきっかけだったことをJRAの資料で明らかにしている。
騎手として30年間馬と向き合ってきた経験を、今度は調教師として馬を育てる側から生かす。その転身には、単なる職業変更以上の意味がある。
【2026年最新】和田竜二の現在は?北海道の牧場研修と開業準備
6月は北海道でノーザンファーム・社台ファーム・追分ファームを視察2026年6月25日公開のnetkeiba連載「最近の和田竜二先生」では、調教師として活動する和田竜二の北海道での近況が紹介された。
当時はセレクトセールやセレクションセールを控え、北海道と栗東を行き来する日々を送っていた。
訪問先として名前が挙がったのは、次の3つの牧場である。
- ノーザンファーム:北海道を代表する大規模な競走馬生産・育成牧場。
- 社台ファーム:競走馬の生産と育成を手掛ける有力牧場。
- 追分ファーム:生産から育成まで幅広く取り組む競走馬牧場。
本人の連載によると、2日間で当歳馬や1歳馬を数えきれないほど見て回ったという。本人は200頭、300頭、それ以上かもしれないと振り返っている。
また、牧場スタッフが馬を馬房から出して見せる作業や、先輩調教師たちが視察を効率よく進めるために段取りを組む様子にも触れていた。
騎手時代は、調教師や牧場関係者が準備した馬に乗る立場だった。しかし、調教師になれば、馬を見極め、育成段階から競走馬としての将来性を判断する必要がある。
そのため、牧場訪問は単なる見学ではない。将来の管理馬を選ぶための目を養い、牧場スタッフや生産者との関係を築く重要な研修でもある。
中内田充正厩舎での研修も経験6月の連載では、中内田充正厩舎での研修についても紹介されていた。
調教師として厩舎を運営するには、競走馬の能力を把握するだけでは不十分だ。調教メニューの組み立て、馬の健康管理、厩舎スタッフとの連携、出走計画、馬主とのコミュニケーションなど、多方面の知識と経験が求められる。
和田竜二は騎手として長年競馬の現場にいたものの、管理者としての仕事は別の専門性を必要とする。先輩調教師のもとで実際の仕事を学ぶことには、大きな意味がある。
また、北海道での牧場視察と栗東での厩舎研修を並行していることからも、馬の生産段階から競走生活までを総合的に理解しようとする姿勢がうかがえる。
7月にはセレクトセールへ初参加7月23日公開の本人連載では、調教師として初めてセレクトセールに参加したことも報告された。
事前にカタログを読み込み、下見を重ね、馬主から提示された予算を踏まえて2頭に狙いを絞ったものの、どちらも予算を超えて落札できなかったという。
この経験は、騎手時代とは異なる調教師の責任を象徴している。騎手はレースで馬の能力を最大限に引き出すことが仕事だが、調教師は競走馬を確保する段階から馬主の予算や期待に応える必要がある。
同じ競馬界でも、求められる判断力は大きく変わる。和田竜二にとって、セールへの参加は調教師としての実務を学ぶ第一歩になった。
【8月・10月の最新動向】調教騎乗再開とフランス競馬視察
8月には調教騎乗を再開2026年8月27日公開のnetkeiba連載では、和田竜二調教師が8月から調教騎乗を再開したことが紹介された。
1月の落馬事故後、左膝前十字靱帯の再建手術を受け、長期の治療とリハビリを続けてきた和田氏にとって、調教騎乗の再開は大きな進展だ。
7月の連載では、すでに乗馬を再開したことも報告されていた。そこから調教騎乗へと進んだことは、身体の回復と調教師としての現場復帰が段階的に進んでいることを示している。
ただし、ここでいう調教騎乗は、騎手として競走に復帰したという意味ではない。調教師として馬の調教に携わるための騎乗であり、2月28日の騎手引退という事実が変わるわけではない。
10月はフランスへ渡り凱旋門賞を視察さらに新しい近況として、2026年10月22日公開の本人連載では、凱旋門賞の視察に合わせてフランスを訪問したことが紹介されている。
現地ではサンクルー競馬場を訪れ、武豊騎手の騎乗を観戦。海外の競馬ファンから、テイエムオペラオーに騎乗していた和田竜二だと気づかれる場面もあったという。
また、アスコット競馬場やニューマーケットなどを訪れたイギリス視察に続き、海外の馬づくりや競馬文化に触れる機会を重ねている。
10月の連載では、足の回復状況にも触れられ、翌月には福永祐一厩舎で研修する予定であることも紹介された。
騎手時代に培った経験を土台にしながら、日本国内だけでなく海外の競馬や育成環境からも知識を吸収しようとしている点は、現在の和田竜二の活動を理解するうえで注目したい部分だ。
厩舎開業は2027年春を見据えた準備段階2026年11月現在、和田竜二は調教師として免許を取得済みであり、技術調教師として実地研修や厩舎開業準備を進めている。
調教師免許の取得と、実際に厩舎を開業して競走馬を管理することは別の段階だ。開業に向けては、スタッフの確保、管理馬の受け入れ、厩舎運営の体制づくりなど、さまざまな準備が必要となる。
本人の連載でも「和田竜二厩舎 ただいま開業準備中!」というシリーズが展開されており、2027年春の開業を見据えた活動が続いている。
騎手としての実績だけでなく、どのような馬を育て、どのような厩舎をつくるのか。今後は調教師としての仕事そのものが注目されることになる。
【プロの結論】和田竜二の落馬事故から見える騎手引退と調教師転身の本質
今回の出来事を理解するうえで、最も大切なのは「落馬による引退」と「調教師への転身」を混同しないことだ。
和田竜二は2025年12月に調教師試験に合格していた。つまり、騎手としてのキャリアを終え、新たな職業に進むことは事故以前から決まっていた。
しかし、2026年1月11日の落馬事故で左手尺骨と左足脛骨を骨折し、さらに左膝前十字靱帯の損傷が判明。2月28日までの騎手免許の有効期間中に競走へ復帰することは難しくなった。
結果として、予定していた最後の騎乗を果たせないまま引退することになったのである。
今回の経緯から押さえるべき3つの判断基準1. 引退の直接的な理由は、調教師転身だけではなく負傷による復帰困難だった。
調教師試験合格は事故前に決まっていた。一方、騎手としての最後の騎乗を断念した直接的な理由は、骨折と前十字靱帯損傷の治療に時間を要することだった。
2. 日常生活への復帰と競走馬への騎乗復帰は異なる。
3月には普通に生活する分には問題ないと本人が報告していたが、騎手として必要な身体能力を回復するには、さらに長い時間が必要だった。8月の調教騎乗再開は、調教師としての活動が進んでいることを示すものである。
3. 調教師としての評価は、これからの管理馬と厩舎運営によって決まる。
騎手として1534勝を挙げた経験は大きな財産だが、調教師には馬の能力を見極め、育成し、スタッフと連携しながら競走成績につなげる力が求められる。
北海道の牧場視察、先輩厩舎での研修、セールへの参加、海外競馬の視察は、そのための準備と考えられる。
テイエムオペラオーやミッキーロケットとともに数々の名勝負を生み出した和田竜二が、今度は管理馬を通じてどのような競馬を見せるのか。騎手時代とは異なる立場からの挑戦が始まっている。
【和田竜二の落馬】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:和田竜二の落馬事故はいつ、どこで発生しましたか?
A1:2026年1月11日の京都競馬場第1レースです。メイショウソウテンに騎乗中、1コーナーでロンバルドシチーが内側へ斜行した影響で馬がつまずき、落馬しました。
Q2:和田竜二が落馬で負った怪我は何ですか?
A2:左手尺骨骨折、左足脛骨骨折、左膝前十字靱帯損傷です。左膝については前十字靱帯の再建手術を受けています。
Q3:和田竜二が騎手復帰を断念した理由は何ですか?
A3:骨折に加え、左膝前十字靱帯の損傷が判明し、治療とリハビリに長期間を要するためです。騎手免許の有効期間が2026年2月28日までだったこともあり、その日までの復帰を断念しました。
Q4:和田竜二はいつ騎手を引退し、調教師になりましたか?
A4:2026年2月28日に騎手を引退し、翌3月1日付で調教師免許が交付されました。4月26日には京都競馬場で引退式が行われています。
Q5:和田竜二のJRA通算成績は何勝ですか?
A5:JRA通算1534勝です。騎乗回数は2万2176回、重賞50勝、GⅠ8勝という実績を残しました。
Q6:2026年6月の和田竜二は北海道で何をしていましたか?
A6:ノーザンファーム、社台ファーム、追分ファームなどを訪れ、当歳馬や1歳馬を視察していました。また、栗東と北海道を行き来しながら、中内田充正厩舎での研修などにも取り組んでいました。
Q7:2026年11月現在、和田竜二は騎乗できる状態ですか?
A7:8月には調教師としての調教騎乗を再開したことが報告されています。10月にはフランス競馬の視察にも出向いています。ただし、騎手としての現役復帰ではなく、調教師として馬の調教に携わる活動です。
Q8:和田竜二の調教師としての開業はいつですか?
A8:2027年春を見据えて準備を進めています。2026年11月時点では、北海道の牧場視察や先輩調教師のもとでの研修など、実務経験を積む段階です。
2026年1月11日の京都競馬1Rで発生した和田竜二の落馬事故は、左手尺骨と左足脛骨の骨折、左膝前十字靱帯損傷という大きな負傷につながった。
治療に時間を要することから騎手としての復帰を断念し、2月28日に騎手生活を終了。翌3月1日には調教師免許が交付され、新たなキャリアをスタートさせた。
その後は4月の引退式、6月の北海道牧場視察、7月のセレクトセール参加、8月の調教騎乗再開、10月のフランス競馬視察と、活動の幅を広げている。
JRA通算1534勝、重賞50勝、GⅠ8勝という実績は、30年間にわたって競馬界で積み重ねてきた財産だ。
騎手としての最後の騎乗がかなわなかったことは惜しまれる。しかし、和田竜二の競馬人生が終わったわけではない。今度は馬を育て、管理する立場として、2027年春を見据えた厩舎開業準備が続いている。
今後の注目点は、負傷からの回復だけではない。どのような馬を管理し、どのような厩舎をつくり、騎手時代に培った経験を次世代の競走馬へ伝えていくのか。調教師・和田竜二の本当の挑戦は、これから始まる。
主な情報源・照合資料
- JRA「開催競馬場・今日の出来事」(2026年1月11日)
- JRA「京都1R裁決レポート」
- JRA「調教師7名・騎手2名が引退」(2026年2月10日)
- JRA「和田竜二元騎手の引退式等の実施」(2026年4月4日)
- 日刊スポーツ(2026年1月22日・3月4日)
- netkeiba「和田竜二厩舎 ただいま開業準備中!」(2026年6月25日・7月23日・8月27日・10月22日)