榊原定征(さかきばら・さだゆき)氏は、東レの社長・会長、日本経済団体連合会(経団連)の会長を歴任し、2022年12月から日本野球機構(NPB)の第15代コミッショナーを務めてきた日本を代表する経営者の一人です。名古屋大学大学院で応用化学を学び、研究者としてキャリアをスタートさせた後、企業経営、経済政策、スポーツ界へと活動の領域を広げてきました。
2026年11月3日現在、83歳。NPBコミッショナーについては、2期4年の任期満了に伴い、11月限りで退任する予定です。後任には三井物産元社長の飯島彰己氏が内定しており、12月7日の就任が予定されています。一方、榊原氏は関西電力の取締役会長も務めており、NPB退任後の活動にも関心が集まっています。
【人物像】榊原定征とは?生年月日・年齢・名古屋大学の学歴
榊原定征氏は、製造業の現場と研究開発を知る技術系経営者として出発し、経済界の代表者、さらにプロ野球界のトップへと活動範囲を広げた人物です。
経営者としての特徴を理解するには、まず生い立ちと専門分野を押さえておく必要があります。
生年月日は1943年3月22日、2026年11月現在83歳榊原定征氏は1943年3月22日生まれです。出身地は神奈川県横須賀市。2026年11月3日現在、満83歳です。
長年にわたって東レの経営を担い、経団連会長として日本の産業界を代表した後、80歳を迎えてからNPBコミッショナーに就任しました。
一般的な企業経営者のキャリアと比較しても、複数の異なる分野でトップ級の役職を担ってきた点が特徴です。
名古屋大学工学部から大学院へ進学榊原氏の学歴は、名古屋大学工学部応用化学科です。1965年3月に卒業し、そのまま大学院へ進学しました。
1967年3月には名古屋大学大学院工学研究科の修士課程(応用化学専攻)を修了。同年4月、東洋レーヨン株式会社(現在の東レ)へ入社しています。
大学で身につけた化学分野の専門知識は、その後の東レでの研究開発や経営判断を支える基盤になりました。
加えて、2010年には米国ロードアイランド大学の名誉博士号、2013年にはイタリアのペルージャ大学から名誉学位を授与されています。国内企業の経営だけでなく、海外の学術機関からも評価を受けた経歴です。
研究者として始まったキャリア東レ入社後は中央研究所に勤務しました。最初から経営企画や営業部門に配属されたわけではなく、技術開発の現場を経験しています。
1974年から約3年間は、研究・技術担当としてニューヨークに駐在。海外の研究開発環境や企業活動に触れた経験も、その後の国際的な経営視点につながっています。
研究開発の現場を理解したうえで企業経営に携わったことは、榊原氏の経歴を特徴づける要点です。
【東レでの歩み】研究者から社長・会長へ、経営者としての転換点
榊原氏の経歴を語るうえで中心となるのが、1967年から長年にわたって在籍した東レです。
東レは繊維を出発点とし、樹脂、フィルム、炭素繊維、水処理関連素材など、幅広い先端材料を扱う総合化学企業です。研究開発力と長期的な事業投資が競争力を左右する産業で、技術と経営の両方を理解する人材が大切です。
1990年代から経営幹部として頭角を現す榊原氏は研究部門を経験した後、経営企画分野へと活動の軸を移しました。
1994年には経営企画第1室長に就任。1996年に取締役、1998年に常務取締役、1999年に専務取締役となり、2001年には代表取締役副社長へ昇格しました。
研究開発の現場から経営企画、取締役会へと段階的に役割を広げた経歴は、東レという企業の事業構造を深く理解していたことを示しています。
2002年に東レ社長、2010年に会長へ2002年6月、榊原氏は東レの代表取締役社長に就任しました。
その後、2010年6月に代表取締役会長へ移り、2014年6月には取締役会長となりました。東レのトップとして長年にわたり経営に携わったことが、経団連会長への就任につながる重要な実績となっています。
特に東レのような素材メーカーでは、短期的な収益だけでなく、研究開発への継続投資、海外市場の開拓、技術の事業化などを長期的に考える必要があります。
榊原氏の経歴には、技術者としての専門性と、企業全体を統括する経営者としての経験が連続して存在しています。
榊原定征の主要経歴・年表これまでのキャリアを時系列で整理すると、企業経営から経済団体、スポーツ界へと役割を変えてきた流れが分かります。
| 時期 | 所属・役職 | 主な内容・関係性 |
|---|---|---|
| 1943年3月 | 出生 | 神奈川県横須賀市生まれ |
| 1965年3月 | 名古屋大学 | 工学部応用化学科卒業 |
| 1967年3月 | 名古屋大学大学院 | 工学研究科修士課程修了 |
| 1967年4月 | 東洋レーヨン(現東レ) | 入社、中央研究所勤務 |
| 2002年6月 | 東レ | 代表取締役社長に就任 |
| 2010年6月 | 東レ | 代表取締役会長に就任 |
| 2014年6月 | 経団連 | 第13代会長に就任。前任は米倉弘昌氏 |
| 2018年5月 | 経団連 | 会長を退任。後任は中西宏明氏 |
| 2020年6月 | 関西電力 | 取締役会長に就任 |
| 2022年12月5日 | NPB | 第15代コミッショナーに就任 |
| 2025年8月 | NPB | セ・リーグの2027年シーズンからのDH制採用決定 |
| 2026年9月16日 | NPB | 後任に飯島彰己氏が内定 |
| 2026年11月末予定 | NPB | 2期4年の任期満了に伴い退任予定 |
| 2026年12月7日予定 | NPB | 飯島彰己氏が第16代コミッショナーに就任予定 |
この年表から分かるのは、榊原氏が単に複数の肩書を経験した人物ではないということです。東レでの企業経営を基礎として、経団連では産業界全体の政策課題を扱い、NPBではプロ野球という巨大なスポーツ事業の運営に携わってきました。
【経団連会長】第13代として何を成し遂げた?歴代会長との関係
榊原氏は2014年6月3日から2018年5月31日まで、日本経済団体連合会の第13代会長を務めました。
経団連は、日本の主要企業や業界団体が参加する経済団体です。政府への政策提言や企業活動に関する意見表明、国際経済関係の強化などを通じて、日本の経済政策に大きな影響を与えてきました。
経団連の歴代会長の中での位置づけ榊原氏が会長を務めたのは、東レ会長として素材産業を代表していた時期です。
経団連公式の歴代会長一覧によると、榊原氏の前任は住友化学会長だった米倉弘昌氏、後任は日立製作所会長だった中西宏明氏です。
歴代会長をたどると、製造業を中心とした日本の主要企業のトップが会長職を引き継いできたことが分かります。
榊原氏はその第13代に当たり、2014年から2018年までの4年間、経済界の代表として活動しました。退任後も経団連名誉会長の立場にあります。
掲げたテーマはイノベーションと国際競争力榊原氏の経団連会長時代に特徴的だったのは、技術革新を日本経済の成長につなげるという考え方です。
2014年9月の経団連の公式インタビューでは、次のようなテーマが取り上げられています。
- イノベーションによる新しい社会の創造
- 研究開発と産学官連携の強化
- 女性の活躍推進
- グローバル人材やイノベーション人材の育成
- アジア・太平洋地域の成長を日本経済に取り込む取り組み
- 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた社会基盤の整備
こうしたテーマには、研究開発型企業である東レを長く率いてきた榊原氏の経験が反映されています。
特に、企業の競争力を高めるために技術革新と人材育成を重視した点は、同氏の経営思想を理解する手掛かりになります。
経団連会長としての実績をどう評価するか経団連会長の仕事は、一企業の売上高や利益のように単純な数字だけでは測れません。政府との政策協議、企業間の調整、国際的な経済関係など、多方面の利害を調整する役割を担うためです。
榊原氏の場合、製造業の経営者としての視点を産業界全体の政策提言に持ち込んだ点が特徴です。
一方、経団連は大企業を中心とする経済団体であり、その提言が中小企業や一般消費者の利益と常に一致するとは限りません。経団連会長としての評価を考える際には、企業側の意見を政策に反映する役割と、社会全体の利益とのバランスを分けて見る必要があります。
【NPBコミッショナー】歴代の流れと榊原定征の実績
2022年12月5日、榊原氏は日本野球機構(NPB)の第15代コミッショナーに就任しました。
NPBコミッショナーは、プロ野球界の統括やリーグ運営に関わる重要な役職です。12球団のオーナー会議や実行委員会などとの調整を通じて、プロ野球全体の運営方針に関わります。
なぜ元経団連会長がコミッショナーに選ばれたのか榊原氏が選ばれた背景には、NPBの事業拡大と経営基盤の強化への期待がありました。
2022年の選考時には、コロナ禍の影響などで日本代表事業を扱うNPBエンタープライズの経営状況が課題になっていました。2021年には同社が5億4100万円の赤字を計上したと報じられています。
当時のオーナー会議では、プロ野球の事業拡張に取り組むため、企業経営の経験が豊富な人物が望ましいという考えが示されました。
東レ社長や経団連会長を経験した榊原氏は、こうした経営面の課題に対応できる人材として選ばれたのです。
在任中の主な実績① セ・リーグのDH制導入榊原氏のコミッショナー時代を象徴する大きな変化が、セ・リーグの指名打者制(DH制)導入です。
2025年8月4日、NPBは2027年シーズンからセ・リーグでもDH制を採用すると発表しました。
これまでセ・リーグは投手も打席に立つ9人制、パ・リーグはDH制という違いを長く維持してきました。
パ・リーグが1975年にDH制を導入して以来、約50年間続いてきたリーグ間のルールの違いが、2027年から解消されることになります。
榊原コミッショナーは、この決定について、セ・パ両リーグのルール統一を就任時の課題の一つに掲げていたことを明らかにしました。
この変更には、選手起用や試合展開への影響だけでなく、リーグ間の競技環境を統一する意味もあります。日本プロ野球の制度を将来に向けて見直した象徴的な出来事です。
在任中の主な実績② エスコンフィールドの使用問題2023年には、北海道日本ハムファイターズの本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOをめぐる問題にも対応しました。
同球場は、開業前に公認野球規則が定める本塁後方のファウルグラウンドの規定を満たしていないことが判明しました。
当初は球場の改修が必要になる可能性もありましたが、2023年3月6日のNPB実行委員会では、一定の条件を付けたうえで現状のまま使用する方針が決まりました。
北海道日本ハムファイターズの公式発表によると、その条件には次の内容が含まれています。
- ルール遵守の徹底とガバナンスの強化
- 野球振興への協力
- 条件を満たしたうえでの球場の継続使用
球場の改修だけを求めるのではなく、球界全体への貢献を条件に解決を図った点は、現実的な調整を重視する経営者的な判断として注目されました。
在任中の主な実績③ 野球人口減少への対応2026年に入ってからは、野球人口の減少への対策も大きな課題になりました。
2026年7月16日の12球団オーナー会議では、次世代の野球振興に向けた財源確保策として、スポーツ振興くじの枠組みにプロ野球を加えることについて具体的な検討を進める方針が了承されました。
榊原氏は、野球の競技者人口が2007年の約160万人から2025年には約78万人に減少したという危機的な状況を説明しています。
今回検討されているのは、購入者が試合の勝敗を予想する方式ではなく、コンピューターが無作為に結果を選択する非予想系の仕組みです。
主な目的は、中学野球の活動支援や次世代の選手育成に必要な財源の確保です。
ただし、2026年11月時点で導入が完了したわけではありません。関係省庁やアマチュア野球団体との調整、資金使途の透明性、八百長防止などの課題が残されています。
この取り組みは、プロ野球の興行収入だけでなく、競技人口の裾野を支える仕組みを作ろうとする動きとして評価できます。一方、野球賭博の歴史を持つ競技だけに、制度設計の透明性と社会的な理解が不可欠です。
日本野球機構の歴代コミッショナーとの比較NPBの歴代コミッショナーを見ると、榊原氏の前後では、企業経営や経済界で経験を積んだ人物が続いています。
- 第13代・熊﨑勝彦氏:2014年1月から2017年11月まで。元検察官。
- 第14代・斉藤惇氏:2017年11月から2022年11月まで。東京証券取引所などで経営経験を積んだ人物。
- 第15代・榊原定征氏:2022年12月就任。東レ社長、経団連会長を歴任。
- 第16代予定・飯島彰己氏:2026年12月7日就任予定。三井物産の社長・会長を歴任。
特に斉藤氏、榊原氏、飯島氏と、経済界出身者が3代続く流れは、NPBがスポーツ団体としての運営だけでなく、事業経営や収益基盤の強化を重視していることを示しています。
【2026年11月退任】榊原定征の退任理由と後任・飯島彰己への交代
2026年の榊原氏に関する最大のニュースが、NPBコミッショナーの退任です。
2026年9月16日に開催されたプロ野球12球団のオーナー会議で、次期コミッショナーとして三井物産元社長の飯島彰己氏が内定しました。これに伴い、榊原氏は11月限りで退任する予定となっています。
退任理由は2期4年の任期満了今回の退任について、報道で示されている理由は2期4年の任期満了です。
榊原氏は2022年12月5日に第15代コミッショナーに就任しました。当初の任期を経て続投し、2026年11月で2期4年を終える予定です。
そのため、今回の交代を不祥事による辞任や突発的な解任と捉えるのは正確ではありません。任期を終えるタイミングで後任への引き継ぎが進められているものです。
後任は三井物産元社長の飯島彰己氏次期コミッショナーに内定した飯島彰己(いいじま・まさみ)氏は、1950年9月23日生まれ。三井物産で社長と会長を務めた経営者です。
1974年に三井物産へ入社し、鉄鋼原料や金属資源などの分野で経験を積みました。2009年4月に代表取締役社長、2015年に代表取締役会長へ就任しています。
経団連副会長も経験しており、経済界での豊富な人脈と国際経験を持つ人物です。
飯島氏の選任について、2026年9月16日のオーナー会議で全会一致の内定が決議されたと報じられています。
2026年11月から12月の交代スケジュール2026年11月3日現在、報道されている交代日程は次のとおりです。
- 2026年9月16日:飯島彰己氏の次期コミッショナー就任が内定。
- 2026年11月:オーナー会議で飯島氏の正式決定を行う予定。
- 2026年11月末:榊原氏が2期4年の任期満了で退任する予定。
- 2026年12月7日:飯島氏が第16代コミッショナーに就任する予定。
また、榊原氏は退任後、NPBの顧問に就任する予定と報じられています。報道では12月2日付での顧問就任が伝えられています。
なお、11月3日時点では、11月のオーナー会議による正式決定と12月の就任は今後の予定です。内定と正式就任を区別して理解する必要があります。
飯島彰己氏への交代で何が変わるのか榊原氏から飯島氏への交代で注目されるのは、単なる人事の変更ではありません。
飯島氏には、国際化、事業拡大、野球人口の裾野拡大というプロ野球界の課題に対応することが期待されています。
特に、次の3点が今後の重要なテーマになります。
- 国際化:海外市場との連携や日本プロ野球の国際的な存在感の向上。
- 事業拡大:放映権、スポンサー、海外展開などを含む収益基盤の強化。
- 競技人口の拡大:中学野球やアマチュア野球への支援、次世代の育成。
東レと経団連を率いた榊原氏から、総合商社のトップを経験した飯島氏へ。どちらも企業経営に強みを持つ人物ですが、今後はそれぞれの経営経験をどのようにプロ野球の発展に生かすかが問われます。
【現在と経営者評価】関西電力会長としての立場と今後の活動
NPBコミッショナーを退任する予定の榊原氏ですが、2026年11月現在、すべての公的な役職から退くわけではありません。
特に重要なのが、関西電力の取締役会長という立場です。
2020年6月から関西電力の取締役会長榊原氏は2020年6月に関西電力の取締役会長に就任しました。
関西電力は電力の安定供給やエネルギー政策、原子力発電、脱炭素化など、日本の社会基盤に直結する事業を担う企業です。
東レでの企業経営や経団連会長としての経験を持つ榊原氏は、関西電力では取締役会の運営や経営監督に関わってきました。
関西電力の2026年6月25日現在の公式役員一覧でも、榊原氏は取締役会長として掲載されています。また、指名委員会の委員長も務めています。
したがって、NPB退任後の現在の活動を考えるうえでは、関西電力での役職を押さえておくことが重要です。
経営者としての評価① 技術と経営を結びつけた経験榊原氏の経営者としての強みは、研究開発の現場を知ったうえで、企業全体の経営を担ってきた点にあります。
大学院では応用化学を専攻し、東レでは中央研究所からキャリアを始めました。その後、経営企画や役員を経験し、社長、会長へと進んでいます。
研究開発型企業では、技術の将来性を判断する力と、事業として成立させる経営判断の両方が必要です。榊原氏のキャリアは、その両面を経験してきた点で特徴的です。
経営者としての評価② 組織を横断する調整力経団連会長やNPBコミッショナーは、単独で意思決定を完結できる役職ではありません。
企業、政府、業界団体、スポーツ団体など、異なる立場の関係者と調整し、合意形成を進める必要があります。
榊原氏は東レという一企業の経営にとどまらず、経済界全体を代表する役割や、12球団が関わるNPBの統括役を経験してきました。
この点は、企業経営者として培った調整能力を、複数の組織にまたがる課題に応用した事例と評価できます。
経営者としての評価③ 成果と課題を分けて見る必要性一方で、榊原氏の実績を役職の多さだけで評価するのは適切ではありません。
東レの社長時代には、世界的な金融危機など、企業経営を取り巻く厳しい環境にも直面しました。経団連会長としての政策提言も、産業界の立場を反映するものであり、その成果が社会全体にどの程度波及したかは別の視点から検証する必要があります。
NPBでも、セ・リーグのDH制導入や球場使用問題への対応など具体的な成果がある一方、野球人口減少への対策や事業収益の強化は、後任にも引き継がれる課題です。
2026年のスポーツ振興くじ導入検討についても、財源確保という目的だけでなく、資金の透明性や野球賭博への懸念にどのように対応するかが評価を左右します。
経営者としての実力を見る際には、次のような基準が有効です。
- 技術や専門知識を実際の事業成果につなげられたか。
- 短期的な利益と長期的な組織の成長を両立できたか。
- 異なる利害を持つ関係者の合意形成を進められたか。
- 後任者に引き継げる制度や仕組みを残せたか。
- 自ら掲げた課題について、具体的な成果を示せたか。
こうした基準で見ると、榊原氏は技術系経営者から経済界の代表、スポーツ界の統括者へと活動領域を広げた人物であり、その実績は個別の政策や制度変更と合わせて評価する必要があります。
榊原定征に関するよくある質問(FAQ)
Q1:榊原定征の年齢と生年月日は?
A1:1943年3月22日生まれです。2026年11月3日現在、83歳です。神奈川県横須賀市出身で、名古屋大学工学部と同大学院を卒業・修了しています。
Q2:榊原定征の学歴は?
A2:1965年3月に名古屋大学工学部応用化学科を卒業し、1967年3月に同大学大学院工学研究科の修士課程を修了しています。
Q3:榊原定征は東レでどのような役職を務めた?
A3:1967年に東洋レーヨン(現東レ)へ入社し、2002年6月に代表取締役社長、2010年6月に代表取締役会長へ就任しました。
Q4:榊原定征は経団連の何代目会長?
A4:第13代会長です。2014年6月3日から2018年5月31日まで務めました。前任は米倉弘昌氏、後任は中西宏明氏です。
Q5:榊原定征のNPBコミッショナー退任理由は?
A5:2期4年の任期満了です。2026年11月限りで退任する予定であり、特定の不祥事による辞任として発表されたものではありません。
Q6:榊原定征の後任は誰?
A6:三井物産元社長の飯島彰己氏です。2026年9月16日に次期コミッショナーとして内定し、12月7日に第16代として就任する予定です。
Q7:榊原定征は現在も関西電力の会長?
A7:はい。関西電力の2026年6月25日現在の公式役員一覧では、取締役会長として掲載されています。NPBの退任予定とは別の役職です。
Q8:榊原定征はNPB退任後どうなる?
A8:報道では、NPBの顧問に就任する予定とされています。関西電力の取締役会長としての活動も続いており、コミッショナー退任がすべての役職からの引退を意味するわけではありません。
榊原定征氏は、名古屋大学大学院で応用化学を学び、東レの研究開発部門からキャリアをスタートさせた経営者です。2002年に東レ社長、2010年に会長となり、2014年から2018年までは経団連第13代会長を務めました。
その後、2020年には関西電力の取締役会長に就任し、2022年12月にはNPB第15代コミッショナーに就任。セ・リーグのDH制導入やエスコンフィールドの使用問題への対応など、プロ野球界の制度や運営に関わる重要な局面を経験してきました。
2026年11月には、2期4年の任期満了に伴ってNPBコミッショナーを退任する予定です。後任の飯島彰己氏は12月7日の就任が予定され、榊原氏自身はNPB顧問への就任が報じられています。
榊原氏の経歴を理解するうえで重要なのは、技術者としての専門性、企業経営の経験、そして異なる組織をまとめる調整力という3つの側面です。
今後の注目点は、飯島新体制によるNPBの国際化や事業拡大、野球人口減少への対応です。同時に、榊原氏が関西電力の取締役会長としてどのような役割を果たしていくのかも注目されます。
肩書だけで人物を判断するのではなく、それぞれの組織で何を実現し、どのような課題を次の世代に引き継いだのか。その視点から見ることで、榊原定征氏という経営者の実像がより明確になります。
主な事実確認資料
- NPB公式プロフィール・歴代コミッショナー一覧:
- 経団連公式の歴代会長一覧・榊原氏のインタビュー:
- 関西電力公式役員一覧:
- NPB公式のDH制導入発表・日本ハム球団のエスコンフィールド発表:
- 2026年9月の後任内定・退任日程に関する報道:
- 2026年の野球振興くじ導入検討に関する報道: