大久保嘉人さんの妻、莉瑛さんは、芸能活動を中心とするタレントではなく、子育てやサッカースクールの運営にも携わってきた一般女性です。
CHANTO WEBの2024年11月のインタビューでは、本人が家族との生活や結婚までの経緯を詳しく語っています。
公開されているプロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大久保莉瑛(おおくぼ・りえ) |
| 生年 | 1983年 |
| 出身地 | 長崎県 |
| 結婚 | 2004年 |
| 結婚前の仕事 | ANAのグランドスタッフ |
| 家族 | 夫と4人の息子 |
| 主な活動 | サッカースクールBtreceの運営 |
| 2025年以降 | スペイン・バルセロナで家族と生活 |
莉瑛さんの顔写真は、これまでの雑誌・ウェブメディアのインタビューや家族写真などで公開されています。
特にCHANTO WEBや婦人公論の夫婦インタビューでは、嘉人さんと並んだ写真や家族の様子を確認できます。
サッカースタジアムで行われた結婚式の写真も紹介されており、夫婦で公の取材に応じてきたことが分かります。
また、2026年8月には、タレントの丸高愛実さんが自身のSNSで莉瑛さんとのツーショットを公開したことが報道されました。
このように、莉瑛さんは完全に顔を伏せているわけではありません。ただし、夫の知名度に比べてメディア出演は限定的で、家族や自身の活動を中心に情報を発信している人物です。
結婚前はANAのグランドスタッフだった意外に知られていないのが、莉瑛さんの結婚前の仕事です。
幼いころから空港に憧れていた莉瑛さんは、短大卒業後、ANAのグランドスタッフとして勤務していました。
当時、嘉人さんはセレッソ大阪に所属。2人は遠距離恋愛を経験し、莉瑛さんは伊丹空港で働いていたと本人がCHANTO WEBのインタビューで明かしています。
スペインのマジョルカへの移籍が決まったことをきっかけに、仕事を辞めて結婚し、夫とともに海外へ渡りました。
自分が憧れていた仕事を離れる決断は、決して小さなものではなかったはずです。その後、4人の息子を育てながら、新たにサッカースクールの運営という仕事を築いていくことになります。
【馴れ初め・2004年結婚】大久保嘉人と莉瑛さんは高校時代からの関係
2人の出会いは、嘉人さんが高校3年生だった2000年ごろです。
実は、最初から恋愛関係にあったわけではありません。
出会いのきっかけはサッカーと家族の縁婦人公論の2022年の夫婦対談によると、莉瑛さんの父親は、嘉人さんが中学生だったころにライバル校のサッカー指導者を務めていました。
加えて、莉瑛さんの弟は嘉人さんの高校の1学年後輩。嘉人さんは、交際が始まる前から莉瑛さんの父親や弟と接点があったのです。
高校時代、嘉人さんはサッカー一筋。莉瑛さんは生徒会活動などに取り組んでおり、学校生活は対照的でした。
2人が親しくなったのは高校卒業前後。共通の友人同士が交際を始めたことがきっかけとなり、本人たちも付き合うようになったと莉瑛さんが振り返っています。
2001年ごろから本格的な交際へ嘉人さんは2001年にセレッソ大阪へ加入します。
一方、莉瑛さんは福岡の短大に通っており、当初は遠距離恋愛でした。
婦人公論の対談では、莉瑛さんが当時の嘉人さんについて、何度も別れようと思ったことがあったと率直に語っています。
嘉人さん自身も、プロ選手になったころは、それまでのサッカー中心の生活から一変し、華やかな環境に戸惑っていたと振り返りました。
その後、莉瑛さんが全日空に就職して大阪勤務になり、2人の距離は縮まっていきます。
2004年、スペイン移籍を機に結婚2004年、2人は結婚しました。
結婚のタイミングは、嘉人さんのスペイン・マジョルカへの移籍が決まったことでした。
当時、莉瑛さんは21歳。約4年間の交際を経て、夫婦として新しい生活をスタートさせています。
その後、嘉人さんは2005年から2006年にかけてマジョルカでプレー。莉瑛さんもスペインでの生活を経験しました。
プロサッカー選手の海外移籍は、本人だけでなく家族の生活も大きく変えるものです。莉瑛さんは仕事を辞め、慣れない海外生活に踏み出しました。
2人の結婚は、単なる交際の延長ではなく、サッカー選手としての嘉人さんの挑戦を家族として支える新たな出発でもあったのです。
【子供は4人】大久保嘉人の息子の名前と四兄弟の家族構成
大久保家には、4人の息子がいます。
長男から四男まで、全員が男の子です。
4人の息子の名前一覧| 続柄 | 名前 | 読み方 |
|---|---|---|
| 長男 | 碧人 | あいと |
| 次男 | 緑二 | りょくじ |
| 三男 | 橙利 | とうり |
| 四男 | 紫由 | しゆう |
4人の名前には、それぞれ個性があります。
なかでも長男の碧人さんは、幼いころからサッカーに取り組み、2024年にはプロを目指してスペインへ渡りました。
三男の橙利さんもサッカー留学のためにスペインへ。兄弟の中でも、海外でサッカーに挑戦する動きが早くから始まっていました。
長男・碧人さんはスペインでサッカーに挑戦長男の碧人さんについては、父親の嘉人さんもたびたびSNSなどで成長を報告しています。
2021年7月には16歳の誕生日を迎えたことを公表。身長が伸び、父親の身長に迫っていることにも触れていました。
そして2024年3月、サッカーのためにスペインへ渡航します。
2025年1月のスペイン移住発表時には、すでに長男と三男が現地で生活していたことが報じられました。
三男・橙利さんと父親の2人暮らしも話題に大久保家の子育てを語るうえで外せないのが、嘉人さんと三男・橙利さんの大阪での2人暮らしです。
現役最後のシーズン、嘉人さんがセレッソ大阪でプレーするために大阪へ移った際、家族全員での引っ越しは学校やサッカーの事情から難しい状況でした。
そこで、一緒に大阪へ行くことを希望したのが橙利さんでした。
婦人公論の夫婦対談では、嘉人さんが早朝から弁当を作り、洗濯や買い物までこなしていたことが紹介されています。
それまで家事をあまりしていなかった嘉人さんにとって、父親としての役割を改めて実感する時間だったようです。
この経験は、後のスペイン移住にもつながる家族の転機でした。
【妻の病気と丸刈り】胞状奇胎を家族で乗り越えた2015年の出来事
大久保嘉人さんと莉瑛さんの夫婦関係を語るうえで、多くの人の記憶に残っているのが2015年の病気のエピソードです。
莉瑛さんは当時、妊娠をきっかけに胞状奇胎と診断され、抗がん剤治療が必要な状態になりました。
莉瑛さんが患った胞状奇胎とは?胞状奇胎(ほうじょうきたい)は、妊娠に関連して胎盤を形成する絨毛組織が異常に増殖する病気です。
通常の妊娠とは異なる経過をたどり、流産に至ることがあります。治療後も経過観察が必要で、病状によっては抗がん剤治療が行われます。
莉瑛さんの場合も、妊娠を望んでいた時期に病気が判明し、抗がん剤治療を受けることになりました。
当時の報道によると、治療期間は約3週間とされていました。
夫と3人の息子がそろって丸刈りに2015年10月、大久保さんは妻の病気について自身のSNSで公表しました。
抗がん剤治療の副作用によって髪が抜ける可能性があると聞き、莉瑛さんが精神的な負担を感じないように、自分の頭を丸刈りにしたのです。
加えて、当時3人だった息子たちも一緒に丸刈りになりました。
この行動には、妻を一人にしないという嘉人さんの思いが込められていました。
2015年10月12日の日刊スポーツの報道によると、莉瑛さん自身が病気を公表してほしいと希望した理由には、家族が丸刈りにした姿を見て、何か罰を受けたのではないかと誤解されることを避けたいという思いもありました。
単なる話題づくりではなく、本人の気持ちを尊重したうえでの公表だったのです。
莉瑛さんが語った家族への感謝2025年6月24日放送の日本テレビ系「人生で1番長かった日」では、嘉人さんがこの出来事を改めて振り返りました。
スポニチの番組内容報道によると、莉瑛さんは当時の家族の行動について、次のように話しています。
「この子たちとパパが坊主頭で笑わせてくれたことによって、前向きで居られました」
治療を終えた後、莉瑛さんは無事に四男・紫由さんを出産しました。
病気を経験した後も、家族は日常を取り戻し、4人の息子に恵まれています。
このエピソードで注目したいのは、嘉人さんだけが妻を支えたのではなく、子どもたちも自分の意思で母親を励ます行動を選んだことです。
病気を家族全員で共有し、子どもたちにも分かる形で向き合った経験は、大久保家の結束を象徴する出来事になりました。
【妻の仕事・夫婦関係】莉瑛さんが立ち上げたサッカースクールBtrece
莉瑛さんは、単に元日本代表選手の妻として家庭を支えてきたわけではありません。
実は、嘉人さんの引退後の活動にもつながる事業を考えた人物です。
Btreceを始めたのは莉瑛さんだった大久保嘉人さんがプロデュースするサッカースクール「Btrece(ベトレーセ)」は、2016年にスタートしました。
CHANTO WEBの2024年11月のインタビューで、莉瑛さんはスクールを開くアイデアを出したのは自分だったと明かしています。
きっかけは、夫の現役引退後の人生を考えたことでした。
莉瑛さんの父親もサッカー指導者であり、夫が引退した後もサッカーに関われる環境を作っておきたいと考えたそうです。
スクールは、夫婦それぞれの実家がある長崎と福岡に開校しました。
莉瑛さんの具体的な仕事内容2024年のインタビューでは、莉瑛さんが次のような仕事を担当していると説明しています。
- コーチ陣とのミーティング
- 嘉人さんが参加する指導イベントの運営
- スクールの運営全般
- 子どもたちが活躍できる環境づくり
- 指導方針への家族の子育て経験の反映
特に印象的なのは、技術の向上だけを目的にしていない点です。
スクールの理念には、サッカーを通じて人間性や思いやりを育て、子どもたちがそれぞれの目標を持てるようにする考え方があります。
2026年11月現在も、Btreceの公式サイトでは長崎・福岡のスクール情報や活動のお知らせが掲載されています。9月にはジュニアユースの募集情報も更新されており、スクールの活動が続いていることが分かります。
夫婦関係はいつも円満?実際には意見をぶつけ合うことも莉瑛さんは2024年のインタビューで、夫婦げんかが絶えないことも率直に語っています。
嘉人さんは家でも負けず嫌いな性格が変わらず、莉瑛さんも子どもが増えるにつれて強くなったと自己分析しています。
2人は、普通の会話が次第に熱を帯びて議論になることもあるそうです。
一方で、莉瑛さんは、相手が同じ気持ちだと思い込最初に、きちんと話してみることが大切だという考えを語っています。
また、夫の芸能活動には過度に干渉せず、自分自身もママ友との付き合いやPTA活動などを楽しんでいると話しました。
ここから見えてくるのは、夫婦が常に一緒に行動する関係ではなく、それぞれの役割やコミュニティを持ちながら家庭を築いている姿です。
【2025年スペイン移住・2026年最新】大久保家はバルセロナでどんな生活を送っている?
2025年から大久保家の生活は大きく変わりました。
嘉人さんは2025年1月10日、自身のSNSで4月から家族全員でスペインへ移住することを発表しました。
移住の理由は息子たちのサッカー移住を決めた大きな理由は、息子たちのサッカーへの挑戦でした。
2024年には長男・碧人さんと三男・橙利さんが先にスペインへ渡り、サッカーを学んでいました。
嘉人さんは2025年1月のMBSのインタビューで、息子たちの夢を近くで応援したいという気持ちを明かしています。
同時に、自分自身も新しいことに挑戦したいという考えがありました。
現役時代にマジョルカでプレーした経験がある嘉人さんにとって、スペインは初めての土地ではありません。
それでも、現役選手として渡った過去と、家族を連れて生活の拠点を移す今回の決断は、まったく違う意味を持っていました。
2025年4月、家族6人でバルセロナへ2025年4月2日、大久保家は日本を出発。
移住後の嘉人さんは、カフェでスペイン語を勉強する様子や、バルセロナでの日常をSNSで公開していました。
当初は息子たちのサッカーを応援することが中心でしたが、嘉人さん自身も指導者としての新しい道を模索するようになります。
2026年3月には、スペインのクラブでクラブダイレクターを務め、日本人ストライカーの育成プロジェクトを始めることが報じられました。
また、同年6月13日放送の日本テレビ系「ANOTHER SKY」では、家族6人で移住して1年を迎えたバルセロナでの生活が紹介されました。
番組には莉瑛さんと息子たちも登場し、家族から見た嘉人さんの引退後の変化についても取り上げられています。
2026年10月、莉瑛さんもスペイン語の勉強を開始2026年の家族の近況で注目したいのが、莉瑛さん自身の新しい挑戦です。
家族の日常を紹介するYouTubeチャンネル「おおくぼ家のまんま」では、2026年10月13日に「【大久保莉瑛】スペイン語学校に通い始めました」というVlogが公開されました。
これまで嘉人さんや息子たちの海外挑戦を支える側だった莉瑛さんも、スペインでの生活に合わせて語学学習を始めたことがうかがえます。
2025年の移住から約1年半。家族の海外生活は、単に息子たちのサッカー留学を見守る段階から、それぞれが新しい生活基盤を作る段階へ進んでいます。
2026年9月には嘉人さんが44歳で現役復帰もう一つの大きなニュースが、嘉人さん自身の現役復帰です。
2026年9月7日、嘉人さんはスペインの地元ベテランチームからオファーを受け、現役復帰することを自身のXで報告しました。
開幕戦では1得点1アシストを記録したと明かしています。
9月14日には、バルセロナの自宅テラスで朝のカフェを楽しむ様子もInstagramで公開されました。
2021年に現役を引退した後、解説者やタレントとして活動していた嘉人さんが、44歳で再びピッチに立つことになったのです。
家族でスペインに移住した決断は、息子たちだけでなく、父親自身の新たなサッカー人生にもつながっています。
【大久保嘉人の奥さん】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大久保嘉人の奥さんの名前は何ですか?
A1:妻の名前は大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。1983年長崎県生まれで、結婚前はANAのグランドスタッフとして働いていました。2004年に嘉人さんと結婚しています。
Q2:大久保嘉人と莉瑛さんの間には子供が何人いますか?
A2:4人の息子がいます。名前は長男・碧人(あいと)さん、次男・緑二(りょくじ)さん、三男・橙利(とうり)さん、四男・紫由(しゆう)さんです。
Q3:大久保嘉人の妻が患った病気は何ですか?
A3:2015年に胞状奇胎と診断され、抗がん剤治療を受けました。治療中には嘉人さんと3人の息子が丸刈りになって莉瑛さんを励ましたエピソードがあります。2025年のテレビ番組でも、莉瑛さん本人が当時を振り返り、現在も元気に過ごしていることを伝えています。
大久保嘉人さんの妻・莉瑛さんは、2004年の結婚以来、夫と4人の息子とともに多くの転機を乗り越えてきました。
2人の歩みを振り返ると、次の5つが特に重要です。
- 2004年: 約4年間の交際を経て結婚。スペイン移籍を機に新生活を開始。
- 2015年: 莉瑛さんが胞状奇胎を患い、夫と3人の息子が丸刈りになって支えた。
- 2016年: 莉瑛さんの発案でサッカースクールBtreceがスタート。
- 2025年: 家族6人でスペイン・バルセロナへ移住。
- 2026年: 莉瑛さんがスペイン語学習を開始。嘉人さんも現地でサッカーに再挑戦。
特に注目したいのは、莉瑛さんが家庭を守るだけでなく、夫のセカンドキャリアを考えてサッカースクールの立ち上げを提案したことです。
また、夫婦の対談では、けんかをすることも隠さず、お互いの意見をぶつけながら生活している様子が明かされています。
2026年11月現在、大久保家はバルセロナを拠点に、それぞれが新しい挑戦を続けています。
サッカー選手の妻という立場にとどまらず、自分自身の仕事や学びにも向き合う莉瑛さん。嘉人さんの新たな挑戦とともに、今後の大久保家の歩みにも注目が集まりそうです。