2026年現在、歌舞伎俳優として第一線で活躍する尾上右近(おのえ・うこん)。その家系図をたどると、父方には清元宗家と六代目尾上菊五郎につながる血縁、母方には昭和を代表する映画スター・鶴田浩二という、芸能史に名を残す人物が並ぶ。加えて、兄も清元の名跡を継ぐ音楽家という、まさに伝統芸能を受け継ぐ一家だ。
右近は本名を岡村研佑といい、歌舞伎では二代目尾上右近、清元では七代目清元栄寿太夫を名乗る。父の七代目清元延寿太夫、母方の祖父・鶴田浩二、父方の曽祖父・六代目尾上菊五郎との関係を整理すると、複雑に見える家系の全体像が見えてくる。2026年の最新活動や受賞歴も含め、公式プロフィール、歌舞伎美人、文化庁の情報から解説する。
【家系図を一目で理解】尾上右近の家族構成と血縁関係
尾上右近の家系図を理解するうえで重要なのは、父方と母方を分けて考えることだ。
父方は清元宗家を中心とする邦楽の家系であり、そこから六代目尾上菊五郎にも血縁がつながっている。一方、母方の祖父は映画俳優の鶴田浩二だ。
公式プロフィールでは、右近について1992年5月28日生まれ、本名は岡村研佑、屋号は音羽屋と紹介されている。また、曽祖父が六代目尾上菊五郎、母方の祖父が鶴田浩二であることも明記されている。
家系を整理すると、次のようになる。
父方の家系
- 曽祖父:六代目尾上菊五郎
- 父方の祖父:六代目清元延寿太夫
- 父:七代目清元延寿太夫
- 兄:初代清元斎寿(旧名・清元昂洋)
- 本人:二代目尾上右近/七代目清元栄寿太夫
母方の家系
- 母方の祖父:鶴田浩二
- 母:鶴田浩二の娘
- 本人:尾上右近
特に注目したいのが、六代目尾上菊五郎と七代目清元延寿太夫の関係だ。
小学館の日本大百科全書によると、七代目清元延寿太夫の母方の祖父が六代目尾上菊五郎にあたる。つまり、右近から見ると六代目尾上菊五郎は父方の曽祖父となる。
このため、六代目尾上菊五郎は母方ではなく、父方の血縁に位置する。ここは家系図を調べる際に間違えやすいポイントだ。
なお、母方の祖父である鶴田浩二との関係は別の系統であり、右近は歌舞伎と映画という異なる芸能の血筋を受け継いでいる。
公式プロフィールとテレビ朝日の番組紹介、小学館の日本大百科全書を照らし合わせると、右近の家系は清元宗家を中心に、尾上家と鶴田家が交差する構造になっている。
【父は七代目清元延寿太夫】兄・清元斎寿も継ぐ清元宗家の系譜
尾上右近の父は、清元宗家の七代目清元延寿太夫だ。
清元延寿太夫は、歌舞伎の舞台を支える邦楽の名跡である。清元節は、歌舞伎の伴奏音楽として重要な役割を担う浄瑠璃の一つで、太夫が物語や登場人物の心情を語り、三味線方が音楽を奏でる。
右近の父は、この清元の伝統を受け継ぐ宗家の当主だ。
小学館の日本大百科全書によれば、七代目清元延寿太夫は1958年生まれで、本名は岡村菁太郎。六代目清元延寿太夫の実子であり、1989年に七代目を襲名した。
加えて、その母方の祖父が六代目尾上菊五郎だった。この血縁関係によって、右近の父方には清元と歌舞伎の両方の伝統が存在している。
兄は初代清元斎寿右近には兄がおり、2018年に初代清元斎寿を襲名した。
襲名前の名前は清元昂洋(きよもと・こうよう)。兄は清元の三味線方として修業を重ね、父や弟と同じく伝統芸能の世界で活動している。
歌舞伎美人が伝えた2018年の襲名披露情報によると、兄の昂洋は16歳から清元の三味線弾きとして修業を積んできた。初代清元斎寿という名跡には、清元の三味線の基礎を築いた清元斎兵衛の「斎」と、父の延寿太夫の「寿」が込められている。
つまり、兄は三味線方、弟の右近は歌舞伎俳優であり清元の唄方という役割を担っている。
兄弟それぞれが異なる専門性を持ちながら、同じ清元の伝統を継承している点は、この家系の大きな特徴だ。
父・兄・右近の三人がそろった襲名披露2018年2月26日、歌舞伎座で開催された「延寿會」では、父の七代目清元延寿太夫、兄の初代清元斎寿、右近の七代目清元栄寿太夫がそろった。
歌舞伎美人の公演記事では、右近が父の前名である栄寿太夫を七代目として襲名したこと、兄が初代斎寿を襲名したことが紹介されている。
これは単なる個人の襲名ではない。清元宗家の次世代を担う兄弟が、それぞれの役割を正式に受け継いだ節目だった。
【母方の祖父は鶴田浩二】六代目尾上菊五郎との続柄の真相
尾上右近の家系図で、もう一人の大きな存在が母方の祖父・鶴田浩二だ。
鶴田浩二は昭和の映画界を代表する俳優であり、映画やテレビドラマなどで幅広く活躍した人物。右近にとっては母親の父、つまり実の母方の祖父にあたる。
2018年のテレビ朝日『徹子の部屋』の番組紹介でも、七代目清元延寿太夫の妻の父が鶴田浩二であることが紹介された。
この関係を整理すると、右近の母親が鶴田浩二の娘であり、右近はその孫ということになる。
六代目尾上菊五郎は父方の曽祖父一方、六代目尾上菊五郎は右近の母方ではなく、父方の曽祖父だ。
ここが検索ユーザーの間でも混乱しやすい部分である。
六代目尾上菊五郎は、右近の父・七代目清元延寿太夫の母方の祖父にあたる。つまり、父の母親を通じて血縁がつながっている。
この関係を図式化すると、次のようになる。
六代目尾上菊五郎
↓
娘
↓
七代目清元延寿太夫
↓
尾上右近
実際には、六代目尾上菊五郎の娘が右近の父の母親にあたるため、右近にとっては父方の曽祖父となる。
右近が歌舞伎に憧れたきっかけも、この曽祖父と深く関係している。
2026年3月19日放送のテレビ朝日『徹子の部屋』に出演した際、右近は3歳の頃、祖母の家で六代目尾上菊五郎の『鏡獅子』の映像を見たことが歌舞伎を志すきっかけになったと語った。スポニチアネックスも、このエピソードを報じている。
また、同番組で右近は自身の複雑な血縁について、次のように表現した。
「先祖がスクランブル交差点状態なので」
血縁が複数の芸能分野にまたがることを、本人らしいユーモアで表現した言葉だ。
屋号「音羽屋」と菊五郎家の関係右近の屋号は音羽屋である。
六代目尾上菊五郎との血縁があるだけでなく、歌舞伎の世界では七代目尾上菊五郎のもとで修業を重ねてきた。
ただし、ここで注意したいのは、右近が六代目尾上菊五郎の芸名をそのまま継いだわけではないという点だ。
右近は歌舞伎では二代目尾上右近を名乗り、清元では七代目清元栄寿太夫を名乗っている。
つまり、血縁としての菊五郎家、歌舞伎の屋号としての音羽屋、清元宗家としての岡村家は、それぞれ関係しながらも異なる継承の仕組みを持っている。
この違いを理解すると、右近の家系図がより正確に見えてくる。
【続柄と経歴を一覧で整理】尾上右近の家系図・襲名年表
ここまで紹介した人物と名跡を、続柄や役割とともに整理した。
| 人物・名跡 | 尾上右近との関係 | 主な情報・役割 |
|---|---|---|
| 六代目尾上菊五郎 | 父方の曽祖父 | 歌舞伎の名優。右近が憧れた人物 |
| 六代目清元延寿太夫 | 父方の祖父 | 清元宗家の六代目 |
| 七代目清元延寿太夫 | 実父 | 清元宗家の当主 |
| 鶴田浩二 | 母方の祖父 | 昭和を代表する映画俳優 |
| 初代清元斎寿 | 実兄 | 旧名・清元昂洋。清元の三味線方 |
| 二代目尾上右近 | 本人 | 歌舞伎俳優としての名跡 |
| 七代目清元栄寿太夫 | 本人 | 清元の唄方としての名跡 |
家系図の要点は、右近が単に有名な芸能人の孫というだけではないことだ。
父方の清元宗家を中心に、六代目尾上菊五郎の血縁がつながり、母方には鶴田浩二の家系がある。兄も清元の名跡を継いでいるため、家族全体が伝統芸能の継承に関わっている。
【二代目尾上右近の襲名経緯】初舞台から七代目清元栄寿太夫へ
尾上右近が現在の二つの名跡を持つまでには、段階的な歩みがあった。
7歳で歌舞伎座『舞鶴雪月花』に初舞台右近は7歳のとき、歌舞伎座の『舞鶴雪月花』で松虫を演じ、本名の岡村研佑として初舞台を踏んだ。
幼少期から清元と歌舞伎の稽古に触れていた右近だが、歌舞伎俳優としての道を選んだ背景には、3歳のときに見た六代目尾上菊五郎の『鏡獅子』があった。
単に家業を引き継ぐというだけでなく、幼い頃に映像を通して受けた感動が、本人の進路を決定づけたというエピソードは興味深い。
12歳で二代目尾上右近を襲名その後、12歳のときに新橋演舞場で上演された『人情噺文七元結』に出演。長兵衛の娘・お久役などを演じ、二代目尾上右近を襲名した。
ここで重要なのは、「二代目」という表記は歌舞伎の名跡の代数を示すものであり、右近が父の次男であることとは別の意味だという点だ。
本名の岡村研佑から、歌舞伎俳優としての尾上右近へと活動の軸を移し、音羽屋の俳優として歩み始めた。
2018年、七代目清元栄寿太夫を襲名右近のキャリアにおける大きな転換点が2018年だ。
25歳のとき、清元唄方の名跡である七代目清元栄寿太夫を襲名した。
この名前は父の前名でもあり、清元宗家の歴史を受け継ぐ重要な名跡である。
2018年2月26日に歌舞伎座で行われた「延寿會」では、兄の初代清元斎寿とともに襲名披露を実施。父、兄、右近の三人がそろって舞台に立った。
歌舞伎美人によると、右近は役者を続けながら清元の名跡を襲名できることへの喜びを語り、今後の修業への意欲を示していた。
また、同年11月には歌舞伎座の『十六夜清心』で清元栄寿太夫として初お目見得。父が主に語る場面で右近はワキを担当し、兄の清元斎寿も三味線方として出演した。
この出演は、歌舞伎俳優と清元の唄方という二つの立場が、実際の舞台上で結びついた象徴的な出来事だった。
【2026年最新】尾上右近の現在は?受賞歴と歌舞伎・ドラマでの活躍
2026年11月現在、尾上右近は34歳。歌舞伎俳優としての活動に加え、清元の唄方、テレビドラマ、舞台など幅広い分野で存在感を示している。
2026年は読売演劇大賞・芸術選奨を受賞2026年の大きなニュースが、二つの演劇賞の受賞だ。
2月には第33回読売演劇大賞の杉村春子賞を受賞した。対象となった作品は次の三作品。
- 『春興鏡獅子』
- 『盲目の弟』
- 『義経千本桜』
加えて、3月2日に文化庁が発表した令和7年度(第76回)芸術選奨では、演劇部門の文部科学大臣新人賞に選ばれた。
文化庁の受賞者紹介では、2025年の右近の舞台について、『春興鏡獅子』の小姓弥生と荒ぶる獅子、『義経千本桜』の狐忠信、『盲目の弟』の角蔵などが評価対象として取り上げられている。
特に注目されるのは、歌舞伎の演技だけでなく、清元の唄方として鍛えた声調や踊りの技量も評価されていることだ。
これは、二刀流として積み重ねてきた修業が、俳優としての評価にも結びついていることを示している。
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも出演2026年の映像作品では、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に足利義昭役で出演している。
歌舞伎の舞台で培った身体表現やせりふ回しを、映像作品でも生かす活動が続いている。
また、2026年3月にはテレビ朝日『徹子の部屋』に出演し、自身の家系や歌舞伎と清元の二刀流について語った。
家系図への関心が高まった背景には、こうしたテレビ出演を通じて、右近の血縁関係や芸能一家としての歩みが改めて紹介されたこともある。
2026年11月は歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」に出演2026年11月1日から25日まで歌舞伎座で開催される「吉例顔見世大歌舞伎」にも出演している。
尾上右近公式サイトによると、出演する役は次の通り。
- Aプロ・昼の部:塩冶判官
- Bプロ・夜の部:おかる
伝統的な歌舞伎の大舞台に立ち続けていることからも、右近が歌舞伎俳優として着実にキャリアを重ねていることが分かる。
2026年は自主公演「第十回 研の會」も開催。歌舞伎の伝統を受け継ぐだけでなく、自らの舞台を通して新しい表現を追求する姿勢も見せている。
家系から受け継いだ芸を守りながら、個人としての実績も積み重ねているのが現在の尾上右近だ。
【尾上右近の家系図に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:尾上右近の父親は誰ですか?
A1:父親は清元宗家の七代目清元延寿太夫です。歌舞伎の伴奏音楽である清元の浄瑠璃方として活動し、右近はその次男にあたります。
Q2:尾上右近の祖父は鶴田浩二ですか?
A2:はい。鶴田浩二は母方の祖父です。一方、六代目尾上菊五郎は父方の曽祖父にあたります。この二人は家系図上で異なる系統に位置しています。
Q3:尾上右近の兄も歌舞伎俳優ですか?
A3:兄は初代清元斎寿で、旧名は清元昂洋です。歌舞伎俳優ではなく、清元の三味線方として活動しています。右近は歌舞伎俳優であると同時に、清元の唄方でもあります。
Q4:尾上右近が襲名した清元の名前は何ですか?
A4:2018年に七代目清元栄寿太夫を襲名しました。父の七代目清元延寿太夫とは異なる名跡です。「延寿太夫」は父、「栄寿太夫」は右近と覚えると分かりやすいでしょう。
尾上右近の家系図を整理すると、父方の清元宗家、父方の曽祖父にあたる六代目尾上菊五郎、そして母方の祖父である鶴田浩二という三つのつながりが見えてくる。
父は七代目清元延寿太夫、兄は初代清元斎寿。右近自身は二代目尾上右近と七代目清元栄寿太夫という二つの名跡を持ち、歌舞伎と清元の双方で活動している。
家系図を調べる際に特に押さえておきたいのは、次の三点だ。
1. 鶴田浩二は母方の祖父、六代目尾上菊五郎は父方の曽祖父である。
2. 七代目清元延寿太夫は父、七代目清元栄寿太夫は右近本人であり、別の名跡である。
3. 兄の清元斎寿は三味線方、右近は歌舞伎俳優と清元の唄方という異なる役割を担う。
2026年には演劇賞の受賞や大河ドラマへの出演、歌舞伎座での公演など、活躍の場をさらに広げている尾上右近。
その歩みを理解するには、単に著名人との血縁を見るだけでなく、どの家の芸を、どの名跡で、どのように受け継いでいるのかに注目することが大切だ。清元宗家と音羽屋の伝統を背負いながら、鶴田浩二の孫としても知られる右近が、今後どのような舞台を見せていくのか注目したい。