「アドマイヤ」の冠名を持つ競走馬とともに、日本競馬の歴史に大きな足跡を残した近藤利一(こんどう・りいち)。1984年にJRAの馬主資格を取得し、アドマイヤベガによる1999年の日本ダービー制覇をはじめ、数々のGⅠタイトルを獲得した実業家・馬主です。
2019年11月17日に77歳で亡くなった近藤利一ですが、その競馬への情熱は途絶えていません。妻の近藤旬子が馬主活動を引き継ぎ、2024年にはアドマイヤズームで朝日杯フューチュリティステークスを制覇。さらに2026年にはアドマイヤテラが凱旋門賞に挑戦しました。現在の馬主活動から、合建株式会社との関係、死去の理由、名馬たちの実績までを振り返ります。
【近藤利一の経歴】合建株式会社の経営者から競馬界を代表する馬主へ
近藤利一は、単に競馬好きというだけの人物ではありません。建設関連事業を手掛ける実業家としての顔を持ち、長年にわたって競走馬の所有と育成に関わってきた人物です。
1984年に馬主資格を取得近藤利一がJRAの馬主資格を取得したのは1984年です。当時から競馬界との関係を築き、競走馬の所有を本格的に進めていきました。
本業では、大阪市北区を拠点とする合建株式会社の代表取締役会長を務めていました。同社は建築関連工事や解体業などを手掛ける企業として紹介されています。
競馬情報媒体のパーフェクトホースマンズも、近藤氏の本業が合建株式会社の経営であることを紹介しています。実業家として事業を経営する一方、競走馬の購入や調教師との関係構築にも力を注いでいました。
「アドマイヤ」の冠名が競馬界に定着近藤利一を語るうえで欠かせないのが、所有馬に付けられた「アドマイヤ」という冠名です。
アドマイヤベガ、アドマイヤコジーン、アドマイヤドン、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤムーンなど、GⅠの舞台で活躍する馬を次々と所有しました。
馬主の勝負服も特徴的です。水色を基調に白い袖と青い鋸歯形を組み合わせたデザインは、競馬ファンに広く知られています。
また、2017年のセレクトセールでは、ディープインパクト産駒の「イルーシヴウェーヴの17」を5億8,000万円(税抜き)で落札。国内セール史上2位の落札額として報じられ、競走馬の購買面でも大きな注目を集めました。
【アドマイヤの名馬とGⅠ13勝】近藤利一の競馬人生を変えた勝利
近藤利一の馬主としての実績を象徴する数字が、JRA・GⅠ通算13勝です。
1998年にアドマイヤコジーンでGⅠ初制覇を達成。その翌年にはアドマイヤベガが日本ダービーを制し、馬主としての存在感を一気に高めました。
アドマイヤコジーンでGⅠ初制覇最初の大きな転機は1998年の朝日杯3歳ステークス(現在の朝日杯フューチュリティステークス)でした。
アドマイヤコジーンが勝利を収め、近藤利一はGⅠタイトルを獲得します。同馬はその後も2002年の安田記念を制覇。2歳時の早い段階から古馬になっても一線級で活躍した名マイラーでした。
アドマイヤベガが1999年の日本ダービーを制覇近藤利一の名前を競馬ファンに強く印象付けたのが、1999年の日本ダービーです。
アドマイヤベガは武豊騎手を背に東京競馬場の芝2400メートルを走り切り、世代の頂点に立ちました。
父サンデーサイレンス、母ベガという血統背景も注目された同馬は、クラシック競走の最高峰を制したことで、アドマイヤの冠名を象徴する存在となりました。
JRAの1999年日本ダービー公式成績にも、馬主として近藤利一の名前が記録されています。
アドマイヤムーンとアドマイヤラクティの海外GⅠ制覇近藤氏の所有馬は国内だけにとどまりません。
2007年にはアドマイヤムーンがドバイデューティフリーを制覇。同馬は同年の宝塚記念も勝利し、日本競馬を代表する名馬の一頭となりました。ドバイデューティフリーは現在のドバイターフに当たる競走です。
さらに2014年にはアドマイヤラクティがオーストラリアのコーフィールドカップを制覇。海外の大舞台でもアドマイヤの名前を刻みました。
近藤利一の主な経歴と競走馬の関係一覧| 時期 | 人物・競走馬 | 主な出来事・実績 | 競馬史における意味 |
|---|---|---|---|
| 1984年 | 近藤利一 | JRA馬主資格を取得 | 馬主活動の本格化 |
| 1998年 | アドマイヤコジーン | 朝日杯3歳ステークス優勝 | GⅠ初制覇 |
| 1999年 | アドマイヤベガ | 日本ダービー優勝 | クラシック制覇 |
| 2002年 | アドマイヤコジーン | 安田記念優勝 | マイルGⅠでの活躍 |
| 2007年 | アドマイヤムーン | 宝塚記念・ドバイデューティフリー優勝 | 国内外で実績を残す |
| 2014年 | アドマイヤラクティ | コーフィールドカップ優勝 | 豪州GⅠ制覇 |
| 2019年5月 | アドマイヤマーズ | NHKマイルカップ優勝 | 近藤氏のJRA・GⅠ13勝目につながる実績 |
| 2019年11月 | 近藤利一 | 77歳で逝去 | 妻・旬子へ馬主活動が引き継がれる |
| 2020年7月 | 近藤旬子 | 自身名義の馬主資格を取得 | 独立した馬主活動を開始 |
| 2024年12月 | アドマイヤズーム | 朝日杯フューチュリティステークス優勝 | 旬子氏のGⅠ初制覇 |
| 2026年10月 | アドマイヤテラ | 凱旋門賞11着 | アドマイヤの海外挑戦 |
なお、JRAのGⅠ13勝と、海外GⅠの勝利数は区別する必要があります。ドバイデューティフリーやコーフィールドカップは海外競走であり、JRAのGⅠ勝利数に加算するものではありません。
近藤利一が残した13勝という数字は、単一の競走馬によるものではありません。短距離・マイル路線からクラシック、古馬の中長距離路線まで、複数の競走馬が異なる時代に結果を残したことが特徴です。
【近藤利一の死去理由と馬主継承】妻・近藤旬子に受け継がれたアドマイヤ
近藤利一は2019年11月17日早朝、大阪市内の病院で亡くなりました。享年77歳でした。
死去の理由はがんによる闘病スポーツニッポンやデイリースポーツなどの報道によると、近藤氏は2019年夏にがんを患っていることを公表し、闘病生活を送っていました。
亡くなる直前まで競馬関係者との交流があり、友道康夫調教師も近藤氏と電話で話していたことを明かしています。報道では、11月に入ってから容体が急変した経緯も伝えられました。
具体的ながんの種類や詳細な治療経過については、広く公表された情報はありません。公に伝えられているのは、がんを公表して闘病していたことと、2019年11月17日に亡くなったという事実です。
妻の近藤旬子が馬主活動を引き継ぐ近藤利一の死去後、馬主活動を引き継いだ人物が妻の近藤旬子(こんどう・じゅんこ)です。
旬子氏は利一氏の逝去後、相続馬主となりました。その後、2020年7月に自身名義の馬主資格を取得しています。
ここで押さえておきたいのは、相続による馬主としての承継と、自身の名義で馬主資格を取得することは、同じ出来事ではないという点です。近藤旬子は先代の所有馬やアドマイヤの伝統を引き継ぎながら、自身の名義による馬主活動をスタートさせました。
アドマイヤジャスタで重賞初制覇自身名義での馬主活動が始まった2020年7月19日、近藤旬子はアドマイヤジャスタで函館記念を制しました。
これが旬子氏にとって初めての重賞制覇です。馬主資格取得と同じ月に結果を残したことは、先代から引き継いだ競馬活動が新たな段階に入った象徴的な出来事でした。
さらに2024年12月15日には、アドマイヤズームが朝日杯フューチュリティステークスを優勝。近藤旬子にとって初めてのGⅠ制覇となりました。
先代が1998年にアドマイヤコジーンで最初の朝日杯制覇を果たしてから26年後、同じ冠名を持つ馬が再びこのレースを制したことには、競馬ファンにとっても特別な意味があります。
【近藤旬子の現在2026】アドマイヤテラの凱旋門賞挑戦と馬主活動
2026年11月現在、近藤利一本人はすでに亡くなっていますが、アドマイヤの冠名を持つ競走馬は現役で活躍しています。その中心人物が近藤旬子です。
アドマイヤズームが2024年にGⅠ制覇近藤旬子の馬主としての実績を語る際、重要なのが2024年のアドマイヤズームです。
同馬は2024年12月15日の朝日杯フューチュリティステークスを優勝しました。先代の近藤利一がアドマイヤコジーンで制したレースを、今度は旬子氏が所有する馬で勝ったことになります。
この勝利は単なるGⅠタイトルの獲得にとどまりません。アドマイヤの冠名が一代限りのものではなく、次の世代の馬主活動にも受け継がれていることを示す実績でした。
2026年の大きな挑戦はアドマイヤテラの凱旋門賞2026年に注目を集めたのが、アドマイヤテラによるフランスの凱旋門賞への挑戦です。
アドマイヤテラは友道康夫厩舎に所属する5歳牡馬で、父レイデオロ、母アドマイヤミヤビという血統。2025年の目黒記念、2026年の阪神大賞典を制した実績を持ち、天皇賞・春でも3着に入りました。
近藤旬子は2026年8月、同馬の凱旋門賞挑戦を改めて発表。先代の近藤利一が出走できなかった夢の舞台に、アドマイヤの冠名を持つ馬で挑むことになりました。
日刊スポーツなどのインタビューでは、旬子氏が先代から引き継いだ馬主としての思いや、凱旋門賞への挑戦に込めた願いを語っています。利一氏の時代には実現しなかった海外最高峰の舞台への挑戦は、継承後のアドマイヤを象徴する出来事となりました。
2026年10月4日の凱旋門賞は11着注目された凱旋門賞は2026年10月4日にフランスのパリロンシャン競馬場で開催されました。
アドマイヤテラはクリスチャン・デムーロ騎手とのコンビで出走しましたが、結果は11着。日本競馬界が期待した海外GⅠ制覇には届きませんでした。
近藤旬子はレース後、自身のSNSで応援への感謝を伝え、直線で一瞬夢を見たことや、この舞台に立てたことを忘れないという思いを発信しました。
アドマイヤテラは10月8日にフランスから帰国。JRAの競走馬情報では、その後の状態は放牧と掲載されています。
11月現在も続く近藤旬子の馬主活動2026年11月1日には、東京競馬場で近藤旬子名義のアドマイヤキングスが2歳新馬戦で2着、アドマイヤミラが同日の新馬戦で7着となりました。10月31日にはアドマイヤデイトナも出走しています。
こうした出走状況からも、近藤旬子が現在も競馬界で継続的に馬主活動を行っていることが分かります。
近藤利一の時代から続くアドマイヤの冠名は、過去の名馬を記念するだけの存在ではありません。新しい競走馬の所有や海外遠征を通じて、2026年も競馬ファンの目に触れ続けています。
【近藤利一に関する誤解を検証】現在・死去理由・GⅠ勝利数の真相
近藤利一について検索すると、現在の活動や家族、所有馬の行方など、さまざまな情報が見つかります。特に注意したいのは、近藤利一本人の実績と、妻の近藤旬子が引き継いだ後の実績を混同しないことです。
誤解1:近藤利一は2026年も馬主を続けている?これは正確ではありません。近藤利一は2019年11月17日に亡くなっています。2026年にアドマイヤの冠名で馬主活動を続けているのは、妻の近藤旬子です。
検索キーワードにある「近藤利一の現在」は、本人の現況ではなく、本人が残した競馬界での功績や、妻に引き継がれた馬主活動を意味するものとして理解する必要があります。
誤解2:GⅠ13勝には海外GⅠも含まれている?近藤利一の実績として報じられているJRA・GⅠ13勝と、ドバイデューティフリーやコーフィールドカップの勝利は分けて考える必要があります。
JRA・GⅠ13勝は中央競馬のGⅠ競走での実績です。一方、アドマイヤムーンのドバイデューティフリー優勝や、アドマイヤラクティのコーフィールドカップ優勝は海外GⅠでの実績です。これらを一緒に数えると、実績の整理を誤ることになります。
誤解3:近藤旬子は先代の馬主名義をそのまま使っている?これも正確ではありません。近藤旬子は相続馬主となった後、2020年7月に自身名義で馬主資格を取得しています。
2024年のアドマイヤズームによるGⅠ制覇も、2026年のアドマイヤテラによる凱旋門賞挑戦も、近藤旬子の馬主としての活動です。
誤解4:凱旋門賞でアドマイヤテラは優勝した?2026年10月4日の凱旋門賞でのアドマイヤテラの着順は11着です。出走そのものは大きな挑戦でしたが、優勝という結果には至っていません。挑戦した事実と競走結果は分けて理解する必要があります。
【プロの結論】近藤利一が競馬界に残した最大の功績とは
近藤利一の競馬人生を振り返ると、最大の功績は単純なGⅠ勝利数だけではありません。長年にわたり複数の名馬を所有し、国内外の大舞台でアドマイヤというブランドを確立したことにあります。
競走馬の選定と長期的な馬主活動アドマイヤコジーンのように2歳GⅠから古馬のマイルGⅠまで活躍した馬もいれば、アドマイヤベガのようにクラシックの頂点に立った馬もいます。アドマイヤムーンやアドマイヤラクティの海外実績は、国内だけにとどまらない馬主活動の広がりを示しています。
これは、特定の競走馬だけに依存するのではなく、異なる血統や適性を持つ競走馬を所有し、それぞれの能力を生かすことができた結果でもあります。
馬主の継承は名前だけでは成立しない近藤旬子の活動から見えてくるのは、馬主としての継承には、名義や資産だけでなく、競馬関係者との関係構築や競走馬への理解、次の目標を設定する判断力が必要だということです。
アドマイヤズームによる朝日杯FS制覇、アドマイヤテラによる凱旋門賞挑戦は、その継承が実績と新たな挑戦の両面で進んでいることを示しています。
競馬ファンが今後注目したい3つのポイント- アドマイヤテラの次走:凱旋門賞後の状態と、帰国後の復帰戦に注目。
- アドマイヤズームの今後:2024年朝日杯FSを制した実績馬が再びGⅠタイトルを獲得できるか。
- 新しいアドマイヤの競走馬:近藤旬子が所有する若駒の成長と、次世代の重賞・GⅠ制覇への期待。
近藤利一が築いたアドマイヤの歴史は、過去の栄光だけで完結していません。先代の実績を受け継ぎながら、近藤旬子が新しい舞台に挑み続けていることこそ、2026年現在のアドマイヤを理解するうえで最も重要な視点です。
【近藤利一に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:近藤利一はいつ亡くなりましたか?死去理由は何ですか?
A1:2019年11月17日に大阪市内の病院で亡くなりました。享年77歳です。2019年夏にがんを公表し、闘病生活を送っていたことが報道されています。
Q2:近藤利一の妻・近藤旬子は現在も馬主ですか?
A2:はい。近藤旬子は2019年の利一氏逝去後に相続馬主となり、2020年7月に自身名義の馬主資格を取得しました。2026年もアドマイヤの冠名を持つ競走馬を所有し、現役の馬主として活動しています。
Q3:近藤利一の代表的な所有馬とGⅠ実績は何ですか?
A3:代表的な所有馬には、アドマイヤコジーン、アドマイヤベガ、アドマイヤドン、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤムーン、アドマイヤマーズなどがいます。JRA・GⅠ通算13勝を記録し、海外でもドバイデューティフリーやコーフィールドカップを制しています。
近藤利一は1984年にJRA馬主資格を取得し、合建株式会社の経営者として活動する一方、「アドマイヤ」の冠名で知られる競走馬オーナーとして日本競馬に大きな足跡を残しました。
アドマイヤコジーンの朝日杯制覇、アドマイヤベガの日本ダービー制覇、アドマイヤムーンのドバイデューティフリー制覇など、その実績は国内外に広がっています。2019年11月17日に77歳で亡くなりましたが、妻の近藤旬子が馬主活動を受け継ぎ、2024年にはアドマイヤズームでGⅠ初制覇を達成しました。
そして2026年には、アドマイヤテラが凱旋門賞に挑戦。11着という結果にはなりましたが、先代が実現できなかった海外最高峰の舞台にアドマイヤの名前を刻みました。
近藤利一の現在を知るうえで大切なのは、本人が2019年に亡くなったという事実と、その後も近藤旬子によって馬主活動が続いているという二つの時系列を区別することです。
アドマイヤの歴史は、近藤利一が築いた実績と、近藤旬子が切り開く新しい挑戦の両方によって、これからも競馬ファンの記憶に残り続けるでしょう。