2026年11月現在、飯島三智氏の活動の中心は、CULENの経営・プロデュースとHYBE JAPANでのJ-POP事業の二つにある。
2026年7月7日、HYBE JAPANが公表したプレスリリースによって、飯島氏の新しい役職が明らかになった。正式名称は「J-POP エグゼクティブプロデューサー」。単なるアドバイザーや外部顧問ではなく、日本市場における新しい音楽・エンターテインメントIPの開発と戦略推進を担う役職として発表されている。
特に重要なのは、CULENの代表取締役を退任せず、同社での経営とプロデュース業務を継続すると発表されていることだ。
つまり、今回の人事はCULENからHYBEへの移籍ではない。日本独自の芸能マネジメントで実績を積んできた飯島氏が、既存の事業基盤を維持したまま、グローバル企業の日本事業にも参加する形である。
HYBE JAPANは今回の起用について、飯島氏が培った映像・映画・テレビを横断するコンテンツ制作の知見と、同社のアーティスト育成システムやプラットフォーム技術を組み合わせる方針を示した。
また、飯島氏自身も発表コメントで、ファンとの関係を重視する考えを明らかにしている。
「私はファンダムにこそ未来があると確信しております。」
この発言は、今回の就任を理解するうえで重要な手掛かりになる。アーティストをテレビや音楽番組に出演させるだけでなく、ファンが継続的に作品や活動に参加できる仕組みを育てることに関心を向けているからだ。
2026年11月時点では、HYBE JAPANで担当する具体的な新人アーティスト名やデビュー日、制作作品の詳細までは公表されていない。新しい役職の発足と、今後の具体的な成果は分けて見る必要がある。
【経歴・年表】1978年のジャニーズ事務所入社からCULEN設立まで
飯島三智氏のキャリアをたどると、約半世紀にわたって芸能マネジメントとコンテンツ制作に携わってきたことが分かる。
公開されている企業提出資料に基づく役員略歴では、1978年6月にジャニーズ事務所へ入社。2005年には株式会社ジェイ・ドリームの取締役に就任し、2016年7月にはCULENを設立して代表取締役となっている。
SMAPのマネージャーという印象が強い人物だが、そのキャリアはグループのマネジメントだけに限定されない。会社経営や映像コンテンツの企画など、複数の領域に広がっている。
飯島三智氏の主な経歴
この年表で注目したいのは、2016年から2017年にかけての変化だ。
SMAP解散という大きな出来事の後、飯島氏は芸能界での経験を生かしてCULENを立ち上げた。そして、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人と新しい活動を始める。HYBEへの参画は、その独立後の経営経験をさらに広い市場へ展開する転換点と位置付けられる。
なお、1978年の入社、2005年のジェイ・ドリーム取締役就任、2016年のCULEN設立については、BASE株式会社の役員略歴に掲載された有価証券報告書由来の情報でも確認できる。
【SMAP時代】飯島三智はなぜ「育ての親」と呼ばれるのか
飯島三智氏の名前が広く知られるようになった最大の理由は、SMAPのマネジメントを長年担当したことにある。
SMAPは、音楽活動だけでなく、バラエティー、ドラマ、映画、舞台、個人でのテレビ出演など、幅広いジャンルで活躍したグループだ。
当時のアイドルグループの活動は、音楽番組やコンサートを中心とするイメージが強かった。しかし、SMAPはメンバーそれぞれの個性を生かしながら、バラエティー番組での存在感や俳優としての評価も高めていった。
その活動領域の拡大に関わった人物として、飯島氏は「SMAPの育ての親」と呼ばれるようになった。
バラエティーとドラマを組み合わせたマネジメント飯島氏のプロデュースを語る際に重要なのは、メンバーを単に歌手として売り出すのではなく、個々の人物像を複数のメディアで育てていった点だ。
バラエティー番組では親しみやすさを見せ、ドラマでは俳優としての表現力を発揮する。映画や舞台では異なる観客層との接点を作る。こうした活動が組み合わさることで、グループとしての認知度だけでなく、個人の知名度やブランド価値も高まっていった。
この方法は、現在HYBE JAPANが評価する「マルチタレントモデル」にもつながる考え方だ。
HYBE JAPANの就任発表でも、飯島氏について、J-POPにおけるマルチタレントモデルを確立した第一人者と位置付けている。音楽活動と映像・テレビコンテンツを連動させる経験が、今回の起用理由の一つになったと考えられる。
飯島三智のプロデュース力をどう評価するべきか評価できる点は、アーティストの活動を一つのジャンルに閉じ込めず、本人の個性を生かして接点を増やしていく発想だ。
特にSMAPの場合、グループとしての活動とメンバー個々の活動が相互に認知度を高める構造が生まれていた。これは、アーティストの価値を音楽作品の売上だけで測らず、テレビ出演や映画、広告、ファンとの接点まで含めて考えるプロデュース手法といえる。
ただし、SMAPの成功を飯島氏一人の功績に還元するのは正確ではない。メンバー自身の才能や努力、楽曲制作陣、番組制作者、所属組織など、多くの要素が重なって成立したものだ。
飯島氏の功績は、その多様な才能を組み合わせ、長期的なグループの魅力として展開するマネジメントを担った点にある。
【CULENと新しい地図】稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾との関係
SMAP解散後の飯島三智氏を理解するには、CULENと新しい地図の関係を整理する必要がある。
2016年末のSMAP解散を経て、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人は2017年9月にジャニーズ事務所を退所した。同年9月22日には公式ファンサイト「新しい地図」が開設され、CULENとともに新たな芸能活動を展開していくことが発表された。
この再出発において、飯島氏はCULENの代表として3人の活動を支える立場になった。
CULENと新しい地図は同じものではない両者は密接に関係しているが、役割は異なる。
CULENは飯島氏が代表取締役を務める芸能事務所であり、タレントのマネジメントやコンテンツ制作などの事業基盤となる。一方、新しい地図は稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人による活動を象徴するプロジェクト・ファンコミュニティの名称だ。
つまり、新しい地図はCULENそのものではない。CULENという経営基盤のもとで、3人の活動が展開されているという関係になる。
2017年の始動時には、動画配信やファンクラブ、SNSなど、従来のテレビ中心の活動とは異なるファンとの接点も用意された。これは、インターネットを活用してアーティストとファンの関係を構築する先行的な取り組みだった。
当時、CULENは3人の活動における窓口であり、クリエイティブ面をともに担うビジネスパートナーとして説明されていた。
2026年11月も3人の活動は続いているHYBE就任によって新しい地図の活動が終了するのではないか、という疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし、CULENの公式ニュースを見ると、2026年11月に入っても3人の活動は継続している。
特に注目されるのが、2026年11月2日に配信が始まった新曲「いけても無理でも」「ダイヤモンドカット」の2曲だ。稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾による新しい地図の音楽活動が続いていることを示す具体的な動きである。
また、公式サイトでは3人による番組「ななにー 地下ABEMA」の情報や、NAKAMA会員向けのコンテンツなども掲載されている。
このほか、稲垣氏の舞台出演、草彅氏のテレビ出演、香取氏の番組やコントライブなど、個人活動と3人での活動が並行して展開されている。
したがって、2026年の飯島氏の活動を「HYBEに移籍して新しい地図を離れた」と理解するのは誤りだ。CULENの経営を続けながら、HYBE JAPANの新しい役割を担っている。
【HYBE JAPAN就任の理由】HYBE 2.0と飯島三智の戦略的な接点
今回の就任で最も興味深いのは、なぜHYBEが飯島三智氏をJ-POPエグゼクティブプロデューサーに迎えたのかという点だ。
この背景には、HYBEが推進する「HYBE 2.0」と「マルチホーム・マルチジャンル」という成長戦略がある。
HYBE 2.0とは何かHYBEは韓国を拠点とする総合エンターテインメント企業で、音楽制作やアーティストマネジメントに加え、ファン向けプラットフォームやテクノロジーを組み合わせた事業を展開している。
その事業戦略の一つが、マルチホーム・マルチジャンルだ。
これは、各国・各地域の文化や市場特性を踏まえた独自のアーティストや知的財産(IP)を育てると同時に、音楽ジャンルを広げて新たなファンを獲得する考え方である。
単純に韓国で成功したK-POPの仕組みを各国に輸出するだけではない。日本なら日本独自の文化や音楽的な背景を生かし、現地のファンに支持されるアーティストを開発することが重要になる。
HYBEの株主向け説明資料でも、マルチホーム・マルチジャンル戦略は地域ごとのローカルIP開発を強化し、既存のK-POPファン以外にも音楽の魅力を広げる方針として説明されている。
なぜ飯島三智が選ばれたのかHYBE JAPANの発表から読み取れる起用理由は、大きく三つある。
第一に、日本の芸能市場に対する深い理解だ。
飯島氏は長年、日本のテレビや音楽、映画などのエンターテインメント市場で活動してきた。日本の視聴者がどのような人物像に親しみを持つのか、アーティストの魅力をどのように映像作品や番組に展開するのかという知見を持っている。
第二に、マルチメディア型のプロデュース経験だ。
HYBEが今回の発表で特に評価したのは、音楽だけに限定されないコンテンツ制作の経験である。映画やテレビ、映像作品を組み合わせることで、アーティストの認知度を広げる戦略を描ける点が強みとなる。
第三に、ファンとの長期的な関係構築だ。
飯島氏がSMAP時代やCULENで経験してきたファンとの関係づくりは、HYBEが重視するファンダム事業と接点がある。ファン向けプラットフォームWeverseなどを展開するHYBEにとって、日本のファン文化を理解する人材は重要な存在となる。
この三つの要素を合わせると、飯島氏の起用は単なる著名人の招聘ではなく、日本独自のエンターテインメントIPを育てるための戦略的な人事として理解できる。
飯島氏自身が考える今後のプロデュース方針飯島氏の公式コメントでは、アーティスト一人ひとりの個性や人間的な魅力を大切にし、音楽、映像、映画、テレビを横断したコンテンツづくりを続けていく姿勢が示されている。
ここで重要なのは、アーティストを一つの楽曲や一度のデビューで消費するのではなく、長期的に支持される存在として育てるという考え方だ。
また、ファンダムとエンターテインメントの融合にも言及している。これはファンを単なる視聴者や購入者として扱うのではなく、アーティストの活動を継続的に支えるコミュニティとして捉える方向性と結び付く。
ただし、HYBE JAPANでどのような新人を発掘するのか、どのジャンルを重点的に扱うのか、具体的な制作体制がどうなるのかについては、今後の発表を待つ必要がある。
【プロデュース評価と今後】飯島三智がHYBEで発揮する可能性
飯島三智氏のプロデューサーとしての実績を評価する際には、SMAP時代、CULEN設立後、そしてHYBE参画後という三つの段階に分けて考えると分かりやすい。
1.SMAP時代:アーティストの活動領域を広げる力SMAP時代の特徴は、音楽活動を軸にしながら、バラエティーやドラマなど複数のメディアに活動領域を広げたことだ。
メンバーの個性を理解し、グループとしての魅力と個人の魅力を同時に育てる。この方法は、現在の日本の芸能界でも広く見られるマルチタレント型の活動モデルにつながっている。
2.CULEN時代:既存の芸能事務所に依存しない活動基盤2017年に始まった新しい地図の活動では、テレビ出演だけに依存せず、公式サイト、ファンクラブ、動画配信などを組み合わせてファンとの接点を作った。
この取り組みの意義は、タレントが活動するための窓口を確保するだけでなく、ファンとの継続的な関係を独自に築くことにあった。
芸能界の構造が変わるなかで、既存のテレビ局や大手事務所との関係だけに頼らない活動モデルを作った点は、CULENの特徴として評価できる。
3.HYBE時代:日本市場から世界へ広げる可能性HYBE JAPANでは、これまでの国内中心のマネジメント経験を、グローバルなアーティスト育成やファンダム事業と組み合わせることになる。
ここで期待されるのは、単に日本人アーティストを世界に売り出すことではない。日本独自の文化やストーリーを持つアーティストを育て、その魅力を国内外のファンに伝える仕組みを作ることだ。
例えば、次のような展開が考えられる。ただし、いずれも今後の可能性を示す分析であり、HYBE JAPANが実施を確定したプロジェクトではない。
- 日本独自の音楽ジャンルやカルチャーを取り入れた新人アーティストの開発。
- 音楽作品とドラマ・映画・映像コンテンツを連動させたIP展開。
- ファンコミュニティやデジタルプラットフォームを活用した継続的なファンダム形成。
- 国内のファンを基盤に、海外市場へアーティストや作品を展開する仕組みづくり。
飯島氏のHYBE参画が本当に大きな成果につながるかどうかは、肩書だけでは判断できない。今後は次の三点が評価基準になる。
① 新人アーティストや新規IPを生み出せるか。
既存の人気アーティストの活動を支えるだけでなく、新しい才能を発掘し、長期的に支持されるブランドに育てられるかが重要だ。
② 日本独自の文化を生かせるか。
HYBEのグローバルな制作システムを導入するだけでは、日本市場で独自性を持つことは難しい。飯島氏の経験を生かし、日本の視聴者や音楽ファンに自然に受け入れられるコンテンツを作れるかが問われる。
③ CULENとHYBEの両方で活動を継続できるか。
今回の兼任体制は、二つの事業基盤を持つという点で興味深い。一方で、双方の業務をどのように分担し、どのような協力関係を構築するのかも注目される。
現段階では、HYBEでの新規プロジェクトの成果はこれからだ。過去の実績だけで成功を断定するのではなく、実際に生み出されるアーティストや作品を通じて評価することが重要になる。
【飯島三智に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:飯島三智は2026年現在、何をしている?
A1:株式会社CULENの代表取締役として経営・プロデュース業務を続ける一方、2026年7月7日からHYBE JAPANのJ-POPエグゼクティブプロデューサーを務めている。
Q2:飯島三智はHYBE JAPANに移籍したの?
A2:CULENを辞めて移籍したわけではない。HYBE JAPANの新しい役職に就任した後も、CULENでの経営とプロデュース業務を継続すると正式発表されている。
Q3:飯島三智と新しい地図の関係は?
A3:飯島氏が代表を務めるCULENが、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人の活動を支える関係にある。新しい地図は3人の活動を象徴するプロジェクト・ファンコミュニティである。
Q4:飯島三智がHYBEに就任した理由は?
A4:HYBE JAPANは、日本独自のJ-POPの新規IP開発を推進するため、飯島氏のマルチメディア型プロデュース経験や日本の芸能市場に関する知見を生かす方針を発表した。個人的な就任交渉の詳細までは公表されていない。
Q5:飯島三智はHYBEでどんなアーティストをプロデュースする?
A5:日本独自の文化やストーリーを生かした次世代J-POPアーティストの育成が発表されている。ただし、担当アーティストや具体的なデビュー計画は、2026年11月現在、正式発表されていない。
Q6:飯島三智はSMAP解散後も稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾と関係がある?
A6:関係は継続している。飯島氏はCULENでの経営・プロデュース業務を続けており、3人も同社を拠点に活動している。2026年11月には新しい地図の新曲2曲も配信されている。
Q7:飯島三智のプロデューサーとしての最大の実績は?
A7:SMAPのマネジメントを通じて、音楽だけでなくバラエティー、ドラマ、映画などに活動領域を広げるマルチタレント型のプロデュースに携わったことが代表的な実績として挙げられる。その経験はCULEN設立後の活動やHYBE JAPANでの役割にもつながっている。
飯島三智氏の経歴を振り返ると、1978年のジャニーズ事務所入社からSMAPのマネジメント、CULEN設立、新しい地図の立ち上げ、そして2026年7月のHYBE JAPAN就任まで、一貫してアーティストの個性と活動領域を広げる仕事に携わってきたことが分かる。
今回のHYBE JAPANへの参画で重要なのは、CULENの代表という立場を維持しながら、グローバルなエンターテインメント企業の日本事業にも関わるようになったことだ。
SMAP時代に培ったマルチタレント型のプロデュース、CULENで経験した独立後のアーティストマネジメント、そしてHYBEのグローバルな育成システムやファンダム事業。この三つが組み合わされば、日本の芸能界に新しいアーティスト育成モデルが生まれる可能性がある。
一方、具体的な新人プロジェクトや作品、海外展開の成果はこれから見えてくる段階だ。HYBEへの就任そのものを成功の証明とするのではなく、どのような才能を発掘し、どのような作品を生み出すのかを見ていく必要がある。
飯島三智氏の現在を理解するうえで押さえておきたいのは、SMAP時代のマネージャーという過去の肩書だけでは、その活動の全体像を説明できなくなっていることだ。2026年以降は、CULENの経営者であり、新しい地図の活動を支えるプロデューサーであり、さらに日本発のエンターテインメントを世界へ広げるHYBE JAPANのエグゼクティブプロデューサーという三つの側面から、その仕事を見ていくことが重要になる。
その新しい挑戦がどのようなアーティストや作品につながるのか。飯島三智氏の次のプロデュースに、国内外のエンターテインメント業界から注目が集まっている。