東国原英夫の妻は誰なのか、過去に結婚した女性は何人いるのか。元宮崎県知事で、タレントや政治評論家としても知られる東国原英夫は、これまでに3度の結婚を経験しています。最初の妻はフリーアナウンサーの片平きみよ(現・片平夏貴)、2人目の妻は女優のかとうかず子、そして2014年に再々婚した現在の妻は一般女性です。
東国原英夫は1980年代に「そのまんま東」の芸名で芸能活動を始め、2007年には宮崎県知事に就任しました。芸人から政治家への転身という大きな人生の変化は、結婚や家族関係にも関心が集まる背景となっています。2026年には再び宮崎県知事選への出馬を表明しており、現在の家族との生活にも注目が集まっています。
【結論】東国原英夫の妻は誰?歴代の妻と現在の結婚相手を紹介
東国原英夫の結婚歴を整理すると、最初の結婚相手が片平きみよ、2人目が女優のかとうかず子、3人目が現在の妻である一般女性です。
検索時に混乱しやすいのは、最初の妻と2人目の妻だけが紹介されているプロフィールがあることです。実際には、2014年9月に3度目の結婚を発表しており、2026年現在の家族関係を理解するには、この再々婚も含めて考える必要があります。
東国原英夫の3人の妻1人目:片平きみよ(現・片平夏貴)
1985年に結婚したフリーアナウンサーです。東国原が「そのまんま東」として活動していた時期の妻にあたります。1989年に離婚しました。
2人目:かとうかず子
女優として活動していたかとうかず子とは1990年3月に結婚。2人の子供をもうけましたが、2006年2月に離婚しています。2人の結婚は当時、芸能界でも大きな話題になりました。
3人目:現在の妻・一般女性
2014年9月16日、東国原の57歳の誕生日に入籍しました。2017年10月5日には男児が誕生しています。2022年の日刊スポーツの報道では、妻は春香さんと紹介されました。
したがって、「東国原英夫の現在の妻はかとうかず子」という認識は誤りです。かとうは元妻であり、現在の妻は2014年に結婚した一般女性です。
【1度目の結婚】片平きみよ(現・片平夏貴)との出会いと離婚の経緯
東国原英夫の最初の結婚相手は、フリーアナウンサーとして活動していた片平きみよです。現在の芸名は片平夏貴で、両者は同一人物です。
1985年に結婚した最初の妻・片平きみよ片平夏貴は宮崎県出身のアナウンサー・タレントです。信用金庫への勤務などを経て上京し、フリーアナウンサーとしてテレビやラジオの仕事に携わりました。
タレントデータバンクなどのプロフィールでは、日本テレビの『今日の出来事』でのヘッドラインニュースや天気予報、TBSの『どうぶつ奇想天外』のナレーション、テレビ朝日の『ザ・スーパーサンデー』などが主な出演実績として紹介されています。
東国原との結婚は1985年。結婚当時の片平きみよは、ビートたけしのファンだったことでも知られています。東国原がたけし軍団の一員として芸能活動をしていた時期に家庭を築きました。
フライデー襲撃事件と最初の結婚生活最初の結婚生活を振り返るうえで、1986年12月のフライデー襲撃事件は大きな転換点です。
東国原は2014年6月のデイリースポーツの取材で、師匠のビートたけしに呼び出されてフライデー襲撃事件に参加した際、妻には詳しい事情を伝えないまま出かけ、4、5か月ほど帰宅しなかったと振り返っています。
加えて、芸能活動を自粛した時期に取り組んだ推理小説『ビートたけし殺人事件』がベストセラーとなった後も、印税が入って遊び歩き、家庭に戻らなくなったという趣旨の説明をしています。
本人は当時の行動を若気の至りとして回顧しました。芸能界での成功や師匠との関係を優先する生活が、最初の結婚生活に影響したことがうかがえます。
1989年に離婚、その後は片平夏貴として活動2人は1989年に離婚しました。離婚後、片平きみよは芸名を片平夏貴に改め、アナウンサーやタレントとして活動を続けています。
この最初の結婚は、東国原自身が2014年のイベントで明かしたことで、改めて注目されました。本人は、かとうかず子と結婚する以前に結婚歴があったことを公の場で説明しています。
片平きみよと片平夏貴を別人として扱う情報もありますが、芸能プロフィール上の経歴を照合すれば、同じ人物であることが分かります。
【2度目の結婚】かとうかず子との馴れ初めと離婚の真相
東国原英夫の結婚歴の中でも、特に知名度が高いのが女優・かとうかず子との結婚です。2人は1990年3月に結婚し、1男1女をもうけました。約16年にわたる結婚生活を経て、2006年2月に離婚しています。
出会いは『ビートたけし殺人事件』のドラマ撮影2人の出会いのきっかけは、東国原が執筆した推理小説『ビートたけし殺人事件』のテレビドラマ化でした。
当時の東国原は、そのまんま東としてたけし軍団で活動していました。一方のかとうは女優として活躍しており、ドラマの撮影現場で接点を持つようになります。
2022年に紹介されたかとうのインタビューによると、撮影現場で誰かの靴下が臭うという話になった際、東国原が自分だと素直に認めたことが印象に残ったそうです。かとうは、その自然体の姿に興味を持ったと振り返っています。
また、東国原自身も2024年に出演した番組などで、ドラマの撮影終了後にかとうから食事に誘われたことを交際のきっかけとして語っています。
異なる場面から語られたエピソードですが、ドラマの共演が2人の関係の始まりだったという点は共通しています。
1990年に結婚、1男1女をもうける2人は1990年3月に結婚しました。当時は「美女と野獣カップル」として取り上げられ、芸能界でも話題になりました。
結婚後、2人の間には長男と長女が誕生しています。かとうは女優業を続けながら子育てを担い、東国原もタレントや作家として活動していました。
東国原はその後、早稲田大学で学び直し、政治や行政への関心を強めていきます。家庭生活と並行して、芸能人としての活動領域も変化していきました。
2006年2月の離婚と、知事選が原因という説2人は2006年2月に離婚しました。当時の報道では、東国原の政治活動への意欲や宮崎での仕事に関する考え方が、夫婦関係に影響したと伝えられました。
しかし、離婚理由を「2007年の宮崎県知事選への出馬」とだけ説明するのは正確ではありません。離婚は知事選の初当選より前の2006年に成立しています。
加えて、2022年12月の宮崎県知事選では、元妻のかとうが東国原の応援に駆けつけました。その際、かとうは「選挙に出るから離婚する」と自分が言ったことはないという趣旨の説明をしています。
かとうは過去のインタビューでも、東国原が多忙になり、お互いにすれ違いが生じたことを離婚の背景として語っています。また、1998年に報道された東国原の不祥事が離婚の原因だったという見方についても、本人は否定しています。
こうした発言から分かるのは、夫婦の離婚には生活や仕事をめぐる複数の事情があったということです。知事選だけを原因とする説明や、特定の不祥事だけを理由とする説明では、当事者の後年の証言を十分に反映できません。
【結婚歴を一覧で比較】片平きみよ・かとうかず子・現在の妻との関係
東国原英夫の歴代の妻を年代順に整理すると、3度の結婚と2度の離婚という流れが分かります。人物名だけでなく、結婚時期や家族関係を一緒に確認することが大切です。
| 項目 | 1人目 | 2人目 | 3人目・現在の妻 |
|---|---|---|---|
| 名前 | 片平きみよ(現・片平夏貴) | かとうかず子 | 一般女性(報道では春香さん) |
| 結婚時期 | 1985年 | 1990年3月 | 2014年9月16日 |
| 離婚時期 | 1989年 | 2006年2月 | 2026年4月時点で婚姻継続を報道 |
| 関係のきっかけ | 芸能活動を通じた出会い | 『ビートたけし殺人事件』のドラマ共演 | 友人が開いた激励会をきっかけに交際 |
| 子供 | 当時の家族情報は詳細非公表 | 長男・長女の2人 | 2017年生まれの男児1人 |
| 現在の関係 | 元妻 | 元妻 | 現在の妻 |
この表で押さえておきたいのは、片平夏貴とかとうかず子がともに元妻であり、現在の妻は別の一般女性だという点です。
また、2014年の再々婚については、東国原本人がSNSやブログで公表しており、結婚の事実は報道でも確認されています。3人目の妻については、芸能人ではないため、詳細なプロフィールが継続的に公開されているわけではありません。
なお、子供については、かとうとの間に1男1女、現在の妻との間に男児が1人いることが報道されています。現在の妻との子供は東国原にとって3人目の実子にあたります。
【芸能人から政治家へ】東国原英夫の経歴と宮崎県知事時代
東国原英夫の結婚歴を理解するには、芸能活動から政治家へと進んだ経歴も欠かせません。結婚や離婚が報じられた時期は、本人の仕事や社会的立場が大きく変わった時期と重なっています。
そのまんま東としてビートたけしに弟子入り東国原英夫は1957年9月16日、宮崎県都城市生まれです。専修大学経済学部を卒業後、ビートたけしに弟子入りし、1980年代から1990年代にかけて「そのまんま東」の芸名でお笑いタレントとして活動しました。
たけし軍団の一員としてバラエティ番組などに出演する一方、1980年代後半には推理小説『ビートたけし殺人事件』を発表。作品はベストセラーとなり、TBSでドラマ化されました。この作品が、後に結婚するかとうかず子との接点にもなっています。
早稲田大学で学び直し、2007年に宮崎県知事へ2000年には早稲田大学第二文学部に入学し、2004年に卒業。同年、早稲田大学政治経済学部にも入学しています。
政治や地方行政への関心を深めた東国原は、2007年1月の宮崎県知事選挙で初当選しました。公選第17代宮崎県知事として、2011年1月まで1期4年間務めています。
知事時代には「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズで全国的な知名度を獲得しました。宮崎県産マンゴーなどの県産品を積極的にPRし、テレビ出演も活用したトップセールスは大きな話題になりました。
その後、2012年12月に日本維新の会から衆議院議員選挙に出馬して当選。2013年12月に議員を辞職しました。以降はテレビコメンテーターや政治評論家などとして活動しています。
2026年には宮崎県知事選への再挑戦を表明2022年12月の宮崎県知事選では、東国原は12年ぶりの返り咲きを目指して立候補しましたが、現職の河野俊嗣知事に敗れました。
そして2026年4月9日、東国原は宮崎市内で会見を開き、2027年1月の任期満了に伴う次期宮崎県知事選への出馬を正式に表明しました。
2026年時点では、芸能活動を出発点としながら、地方政治への再挑戦を目指す立場にあります。知事選に向けた活動では、かとうかず子との間に生まれた長男も陣営のスタッフとして参加することが報じられています。
芸能人、知事、国会議員、政治評論家という経歴の変化は、東国原の人生を特徴づける要素です。結婚歴もまた、こうしたキャリアの転換点と重なっていることが分かります。
【2026年現在】東国原英夫の妻との結婚生活と家族の近況
東国原英夫の現在の妻は、2014年9月に結婚した一般女性です。2014年当時、本人は自身のSNSで入籍を報告し、翌19日にはブログでも結婚について説明しました。
57歳の誕生日に再々婚を発表2014年9月16日、東国原は57歳の誕生日に入籍しました。日刊スポーツやオリコンなどの報道によると、相手は宮崎県在住の一般女性です。
2人が知り合ったのは、2011年の東京都知事選挙で東国原が落選した際に友人が開いた激励会でした。その後、交際に発展したと伝えられています。
東国原が結婚を意識した理由の一つとして挙げたのは、妻が自身の母親を献身的に介護する姿でした。介護への向き合い方を見て、人生を共にする相手として考えるようになったと報道されています。
当時は仕事の関係で東京と宮崎を行き来する生活になると説明していましたが、その後、家族生活を築いていきました。
2017年に男児が誕生、2022年には妻も選挙をサポート2017年10月5日、東国原と現在の妻との間に男児が誕生しました。2018年1月に日刊スポーツやオリコンが報じ、東国原は60歳で父親になったことでも話題になりました。
その後、2022年の宮崎県知事選では妻の春香さんが選挙活動に同行したことも報道されています。日刊スポーツによると、妻は演説に初めて随行し、東国原の食事面などでもサポートしていました。
同じ報道では、結婚後は東京と宮崎を行き来する生活だったことや、新型コロナウイルスの流行時期には宮崎への帰宅を控えていたことも紹介されています。
2026年の報道から見える現在の家族関係2026年4月の日刊スポーツの報道では、東国原は現在の妻と9歳の男児とともに宮崎市内で暮らしていると紹介されています。
また、2025年8月には、かとうかず子との長男・加藤守さんが、東国原や現在の妻、現在の妻との間に生まれた息子らと花火大会に出かけた家族写真が話題になりました。オリコンが報じたこの出来事は、元妻との間に生まれた子供と現在の家族が交流している一例です。
ただし、家族全員が常に同居しているという意味ではありません。それぞれの生活や仕事があり、公開されている情報から確認できるのは、家族が交流する機会を持っているということです。
2026年11月現在、東国原の現在の妻との離婚発表は確認されておらず、同年4月の報道でも妻と息子との生活が伝えられています。
【プロの結論】東国原英夫の結婚歴で誤解しやすい3つのポイント
東国原英夫の夫妻関係を調べる際には、単純に歴代の妻の名前を並べるだけでは、実際の家族関係を正しく理解できません。特に次の3点を区別することが大切です。
1.片平きみよと片平夏貴は同一人物最初の妻は片平きみよで、現在の芸名は片平夏貴です。異なる人物ではありません。1985年の結婚と1989年の離婚という経歴を基準に整理すれば、情報の混同を避けられます。
2.かとうかず子は現在の妻ではなく元妻かとうとの結婚は1990年から2006年までです。離婚後も、2022年の宮崎県知事選で応援に訪れるなど、子供を通じた関係が報じられています。しかし、こうした交流は再婚や復縁を意味するものではありません。
3.現在の妻との結婚は2014年から3人目の妻は一般女性で、2017年には男児が誕生しました。2022年の選挙活動への同行や、2026年の宮崎市内での家族生活に関する報道からも、現在の家族関係を知ることができます。
情報を見極める際には、結婚発表、離婚報道、本人の説明、元妻の証言を分けて確認することが有効です。とりわけ離婚理由は、当時の報道だけでなく、後年に当事者が語った内容も併せて読む必要があります。
東国原の結婚歴は、芸能活動から政治家への転身、地方での生活、家族との関係という複数の側面が交差する経歴です。夫婦関係を単純なゴシップとして見るよりも、本人や家族の発言、実際の時系列を踏まえて理解することが、人物像を正しく捉える近道になります。
東国原英夫の夫妻関係に関するよくある質問(FAQ)
Q1:東国原英夫の現在の妻は誰ですか?
A1:2014年9月16日に結婚した一般女性です。2022年の日刊スポーツでは春香さんと紹介されました。2017年10月5日には2人の間に男児が誕生しています。
Q2:東国原英夫の最初の妻・片平きみよは片平夏貴と同じ人物ですか?
A2:同一人物です。片平きみよの名前で東国原と1985年に結婚し、1989年に離婚しました。その後、片平夏貴の芸名でアナウンサーやタレントとして活動しています。
Q3:東国原英夫とかとうかず子の離婚理由は宮崎県知事選ですか?
A3:知事選への出馬だけが離婚理由だったとはいえません。離婚は2006年2月で、2007年の知事選初当選より前です。かとう自身も2022年の報道で、選挙に出るから離婚すると言ったことはないと説明しています。
Q4:東国原英夫には子供が何人いますか?
A4:報道で確認できる実子は3人です。かとうかず子との間に長男と長女、2014年に再々婚した現在の妻との間に2017年生まれの男児がいます。
Q5:東国原英夫は2026年現在も結婚していますか?
A5:2026年4月の報道では、現在の妻と9歳の息子と宮崎市内で暮らしていると紹介されています。少なくとも同時点では婚姻継続中と報じられています。
東国原英夫の結婚歴は、1985年の片平きみよ(現・片平夏貴)との結婚、1990年のかとうかず子との再婚、2014年の一般女性との再々婚という3段階に分かれています。
最初の結婚は1989年、かとうとの結婚は2006年に離婚という形で終わりました。現在の妻とは2014年に結婚し、2017年には男児が誕生しています。
かとうかず子との離婚については、宮崎県知事選への出馬だけが原因だったという説が広まっていますが、本人や元妻の後年の発言を踏まえると、仕事の多忙さや夫婦間のすれ違いなど、より複雑な背景があったことが分かります。
2026年の東国原は、妻と息子とともに宮崎を生活の拠点としながら、2027年1月の宮崎県知事選への再挑戦を表明しています。芸能界から政治の世界へ進み、3度の結婚を経験してきた東国原英夫。その現在を理解するには、過去の結婚歴と現在の家族を混同せず、時系列に沿って捉えることが重要です。
今後の政治活動とともに、宮崎を拠点とした家族生活がどのように続いていくのかにも注目が集まります。