日高裕次郎さんは、学生時代からバレーボールの実力を認められ、大学卒業前に国内トップレベルの実業団チームへの入団を経験した選手です。
基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 日高裕次郎(ひだか・ゆうじろう) |
| 生年月日 | 1986年11月21日 |
| 年齢 | 39歳(2026年11月4日時点) |
| 出身地 | 鹿児島県霧島市 |
| 身長 | 191cm |
| 体重 | 90kg(2014年の選手登録情報) |
| 出身高校 | 鹿児島商業高校 |
| 出身大学 | 日本体育大学 |
| 競技歴 | インドアバレーボール・ビーチバレー |
| 妻 | 木村沙織 |
| 主な所属チーム | NECブルーロケッツ、パナソニックパンサーズ |
| 現在の公的な活動 | GOOPARSの共同創設者 |
プロフィールの生年月日、出身校、身長などは、バレーボール専門メディアの選手紹介と2014年のパナソニック入団発表に記載されています。
身長191cmの大型ミドルブロッカー日高さんの身長は191cmです。
バレーボールではミドルブロッカーを務め、ネット際での攻撃やブロックを担っていました。
2014年のパナソニック入団時には背番号10、ポジションはミドルブロッカーとして登録されています。
注目したいのは、単に身長が高いだけではなく、ビーチバレーを経験したことでボールコントロールや身体操作の技術も磨いていた点です。
2014年のインタビューでは、ビーチバレーで身につけた視野の広さや身体の使い方が、インドアに復帰した後にも生きていると語っています。
【日高裕次郎の経歴】NECからビーチバレー、パナソニックへの転身
日高さんの競技人生には、大きな転換点が複数あります。
特に特徴的なのは、所属チームの廃部を経験した後、ビーチバレーに転向し、さらにインドアバレーへ戻ったことです。
日本体育大学時代に全日本インカレ2連覇鹿児島商業高校を卒業後、日本体育大学へ進学。
大学3年生と4年生のときに、全日本インカレで2年連続優勝を果たしました。
当時のインタビューでは、4年生の大会で足首を捻挫しながらも試合に出場し、チームの逆転勝利を経験したことを振り返っています。
大学時代には、後にプロとして活躍する選手たちとも競い合っていました。学生時代から全国レベルの実力を持っていたことが分かります。
NECブルーロケッツへの入団と突然の廃部大学4年時には、内定選手としてNECブルーロケッツでプレーしました。
しかし、卒業後の2009年5月、NEC男子バレーボール部は休部を発表します。
経営環境の悪化による経費削減が理由で、チームは事実上の廃部となりました。
日高さんにとっては、これから本格的に実業団選手として活躍していこうという時期の大きな出来事でした。
2014年のインタビューで、本人はNECで競技を続けたかった気持ちを明かす一方、ビーチバレーには以前から興味があったとも話しています。
ビーチバレーへの転向と国内ツアー優勝2009年、日高さんはビーチバレーに転向します。
インドアとは異なり、ビーチバレーは基本的に2人でコート全体をカバーする競技です。体力だけでなく、ボールの落下地点を読む力や状況判断が大切です。
日高さんは西村晃一さんとペアを組み、国内大会で実績を積みました。
2012年のロンドン五輪アジア予選では日本代表チームの一員として出場。日本はアジア枠を獲得しましたが、その後の日高・青木晋平組と白鳥勝浩・朝日健太郎組による代表決定戦で敗れ、五輪出場は実現しませんでした。
その翌年の2013年5月には、東京オープンで西村・日高組が優勝。日高さんにとって国内ツアー初優勝となりました。
さらに2013年シーズンには年間総合グランドチャンピオンを獲得し、国内男子ビーチバレー界で存在感を示しました。
2014年にパナソニックパンサーズへ復帰2014年8月、日高さんはパナソニックパンサーズに入団しました。
ビーチバレーからインドアバレーへの復帰は、当時の国内男子バレー界でも珍しいケースでした。
本人は2014年の専門メディアのインタビューで、ビーチバレーとインドアではジャンプの仕方や身体の使い方が異なること、特に横方向への素早い動きに慣れる必要があったことを説明しています。
一方、ビーチバレーで培った視野の広さやボールコントロールは、インドアでのプレーにも役立ったとしています。
日高裕次郎の競技人生・年代別年表これまでの歩みを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・背景 |
|---|---|---|
| 1986年 | 鹿児島県霧島市で誕生 | 11月21日生まれ |
| 高校時代 | 鹿児島商業高校 | バレーボールに取り組む |
| 大学時代 | 日本体育大学 | 全日本インカレ2連覇 |
| 2008~2009年 | NECブルーロケッツ | インドアバレー選手として活動 |
| 2009年以降 | ビーチバレーへ転向 | ロンドン五輪を目指す |
| 2012年 | ロンドン五輪アジア予選 | 日本代表チームの一員として参加 |
| 2013年 | 西村晃一さんとペアを結成 | 東京オープン優勝、年間総合優勝 |
| 2014年8月 | パナソニックパンサーズ入団 | インドアバレーに復帰 |
| 2016年 | 木村沙織さんと結婚 | 新生活をスタート |
| 2019年 | 夫婦でカフェを開業 | 大阪でSunny Thirty Two Clubを運営 |
| 2023年 | 長男誕生・カフェ閉店 | 家族の生活環境が変化 |
| 2026年 | GOOPARSを中心とした活動 | 夫婦でブランドを展開 |
【木村沙織との結婚】夫婦の馴れ初めと子供について
日高裕次郎さんを調べる際、必ずといっていいほど一緒に検索されるのが、妻である木村沙織さんです。
木村さんは、ロンドン五輪で銅メダルを獲得した元女子日本代表のエース。リオデジャネイロ五輪では日本代表の主将も務めました。
同じバレーボール界で活動してきた2人は、競技生活を通じて共通点を持つ夫婦です。
2016年12月31日に結婚を発表木村さんは2016年12月31日、自身の公式ブログを通じて結婚を発表しました。
相手は元バレーボール選手の日高裕次郎さんです。
発表時、木村さんはすでに入籍を済ませ、2人で新生活を始めていることを明かしました。
当初は夫の名前などが広く公表されていませんでしたが、翌年以降の報道で日高さんとの結婚が知られるようになりました。
夫婦に子供は何人?2023年に長男が誕生2人の間には、2023年2月28日に長男が誕生しています。
長男の名前は煌太郎(こうたろう)くんです。
木村さんは2023年1月に第1子の妊娠を公表し、同年2月に出産を報告しました。
2025年には日刊スポーツが、木村さんが夫の日高さんと長男の家族写真を公開したことを報道しています。
2026年5月にも、木村さんが日高さんと3歳の長男との外出写真を公開したことがスポニチで取り上げられました。
2026年現在の家族生活2026年の木村さんのSNS発信からは、子育てをしながら家庭生活を送る様子がうかがえます。
2026年1月には、長男との日常や家族写真が報じられました。また、同年10月28日には、息子のリクエストに応じて手作りのお弁当を変更したエピソードが日刊スポーツで紹介されています。
こうした情報から、現在の夫婦にとって子育てが生活の大きな一部になっていることが分かります。
なお、日高さん本人が子育てについて継続的に詳細を語っているわけではありません。家族のプライベートについては、木村さんの公開発信や報道で紹介された範囲にとどめるのが適切です。
【日高裕次郎の現在の仕事】夫婦で創設したGOOPARSとは?
日高さんの競技引退後の活動を知るうえで欠かせないのが、アパレルブランド「GOOPARS」です。
GOOPARSは、日高裕次郎さんと木村沙織さんが共同で創設したライフスタイルアパレルブランドです。
公式オンラインショップのABOUTページにも、2人によって創設されたブランドであることが記載されています。
GOOPARSのコンセプトと特徴GOOPARSのデザインのベースになっているのは、1980年代後半から1990年代、2000年代のアメリカンスポーツやアメリカントラディショナルです。
公式のブランド紹介によると、当時のファッションを参考にしながら、GOOPARS独自のアレンジやオリジナルリメイクを加えています。
単なるスポーツウェアではなく、日常生活で楽しめるファッションを意識したブランドです。
夫婦それぞれが競技生活で培ったスポーツとのつながりを、引退後のものづくりに生かしている点も特徴です。
木村沙織もモデルとして参加GOOPARSでは、木村さん自身が商品の着用モデルとして登場しています。
2024年7月には、夫婦でブランドのTシャツを着用した写真がORICON NEWSで紹介されました。
2025年3月にも、木村さんがGOOPARSのトレーナーを紹介。ブラウン、アッシュ、ネイビー、レッドなどのカラー展開について自身の好みを説明していました。
夫婦が単にブランド名を貸しているのではなく、商品を身につけ、発信にも参加していることが分かります。
ポップアップストアによる販売活動GOOPARSはオンライン販売だけでなく、期間限定のポップアップストアも展開してきました。
2024年8月には名古屋・大須のメゾンシンテンチでイベントを開催。会場の実施報告では、キッズサイズの商品もあり、子ども連れの来場者も多かったと紹介されています。
2025年11月には仙台PARCOでもポップアップストアが開催されました。
こうした実店舗を期間限定で活用する販売方法は、常設店舗を構える場合と比べ、開催地や時期を柔軟に選べる点が特徴です。
2026年現在、日高裕次郎は何をしている?2026年11月時点で確認できる日高さんの主な事業上の活動は、GOOPARSの共同創設者としての取り組みです。
ただし、本人の具体的な役職、勤務先、個人収入、ブランドの売上高などは公表されていません。
そのため、現在の仕事を説明するなら、夫婦で立ち上げたライフスタイルアパレル事業に関わっている人物という位置づけが最も確かな情報です。
元プロ選手という経歴だけでなく、スポーツで培った感性をファッションや商品づくりにつなげていることが、競技引退後の大きな変化といえます。
【Sunny Thirty Two Club閉店の理由】2023年に何があった?
日高さんと木村さんが共同で経営していたカフェ「Sunny Thirty Two Club(サニーサーティーツークラブ)」も、2人のセカンドキャリアを象徴する事業でした。
しかし、2023年12月に営業を終了しています。
閉店の理由については、ネット上でさまざまな話題が取り上げられましたが、実際に公表された経緯を追うと、生活拠点の変更が大きなポイントでした。
2019年10月、大阪市西区にカフェをオープン2人は2019年10月、大阪市西区でカフェ「32(サニー)」の営業を開始しました。
店名はSunny Thirty Two Clubとしても紹介されています。
飲食メニューだけでなく、アパレル商品なども取り扱い、夫婦で運営する店舗として知られるようになりました。
アスリートとして活躍してきた2人が、飲食やファッションを通じてファンと交流できる場所をつくったという点でも注目されました。
2023年1月に閉店を発表2023年1月6日、木村さんは自身のSNSで、2019年から続けてきたカフェを同年いっぱいで終了すると報告しました。
その際に示された理由は、大阪を離れるためというものでした。
同時期、木村さんは第1子を妊娠していることも公表していました。
NEWSポストセブンの取材記事でも、日高さんは子育てに伴う引っ越しと妻の仕事を理由に大阪を離れることを説明したと報じられています。
つまり、カフェの閉店は単純な営業不振や夫婦関係の問題として説明されたものではなく、家族の生活環境を変えることに伴う決断でした。
最終営業は2023年12月17日実際の最終営業日は2023年12月17日でした。
閉店当日は朝8時から来店客が並び、1000人を超える人々が訪れたと日刊スポーツが報じています。
店舗の公式SNSでは、最後の日を迎えた感謝とともに、4年間の営業を振り返るメッセージが掲載されました。
アパレル商品や焼き菓子、スープカレー、ハンバーガーなどを提供しきれないほどの盛況だったことも伝えられています。
カフェ閉店の理由についての誤解カフェの閉店をめぐっては、口コミ評価や接客についての話題が一部メディアで取り上げられました。
しかし、口コミへの評価と閉店の直接的な原因は別の問題です。
当時の報道で確認できるのは、木村さんによる大阪を離れるという説明と、日高さんへの取材で伝えられた子育て・転居の事情です。
閉店を経営破綻や夫婦の不仲と結びつける根拠はありません。
また、カフェの営業終了とGOOPARSのブランド活動終了も同じ意味ではありません。飲食店という実店舗の運営を終えた後も、夫婦のアパレル事業は別の形で展開されています。
【よくある質問】日高裕次郎に関するFAQ
Q1:日高裕次郎の現在の年齢は何歳ですか?
A1:1986年11月21日生まれです。2026年11月4日時点では39歳で、同月21日に40歳を迎えます。
Q2:日高裕次郎の身長は何cmですか?
A2:191cmです。2014年のパナソニックパンサーズ入団時の選手情報に記載されています。
Q3:日高裕次郎の妻は木村沙織ですか?
A3:はい。元女子バレーボール日本代表の木村沙織さんです。2016年12月31日に結婚を発表しています。
Q4:日高裕次郎と木村沙織の子供は何人ですか?
A4:公表されている子どもは、2023年2月28日に誕生した長男の煌太郎くんです。
Q5:日高裕次郎は現在もバレーボールをしていますか?
A5:過去にはNECブルーロケッツとパナソニックパンサーズでプレーし、ビーチバレーでも国内ツアー優勝を経験しています。現在の現役競技活動については、継続を裏付ける公表情報は確認できません。
Q6:日高裕次郎の現在の仕事は何ですか?
A6:木村沙織さんと共同創設したライフスタイルアパレルブランドGOOPARSが、公に確認できる主な事業活動です。個人の勤務先や役職、収入は公表されていません。
Q7:Sunny Thirty Two Clubはなぜ閉店したのですか?
A7:大阪を離れることが理由です。日高さんへの取材では、子育てに伴う引っ越しと妻の仕事が背景にあると説明されています。最終営業日は2023年12月17日でした。
Q8:GOOPARSはカフェの閉店後も続いていますか?
A8:はい。夫婦が創設したブランドとして公式オンラインショップが確認でき、2024年や2025年にはポップアップストアや商品紹介も報じられています。
日高裕次郎さんの歩みを振り返ると、競技人生と引退後の活動には一貫した特徴があります。それは、環境が変わるたびに新しい挑戦を選んできたことです。
日本体育大学で全日本インカレ2連覇を達成し、NECブルーロケッツで実業団選手として活動。その後、チームの廃部をきっかけにビーチバレーへ転向し、国内ツアー優勝を経験しました。さらに2014年にはパナソニックパンサーズでインドア競技に復帰しています。
2016年には木村沙織さんと結婚。2023年には長男が誕生し、家族の生活環境を見直す中で大阪のカフェを閉店しました。
そして、現在の活動を知るうえで重要なのがGOOPARSです。
2026年11月現在、日高さんは元バレーボール選手という肩書だけでは語れない、夫婦でライフスタイルブランドを手がける人物として知られています。
今後注目したいのは、GOOPARSの商品展開やポップアップストアの開催、そして夫婦がそれぞれの経験を生かしてどのような事業を育てていくかという点です。
競技生活で培った経験を新しい分野につなげてきた日高裕次郎さん。木村沙織さんとの家庭生活とともに、今後の活動にも関心が集まりそうです。