歌舞伎役者の坂東彌十郎(ばんどう・やじゅうろう)さんは、伝統歌舞伎の舞台で長年経験を積みながら、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画、テレビドラマでも存在感を発揮してきた俳優です。1956年5月10日生まれで、2026年11月現在70歳。屋号は大和屋、本名は本間寿男(ほんま・ひさお)です。父は映画スターとしても知られた初代坂東好太郎、長男は歌舞伎俳優の坂東新悟。加えて、十八世中村勘三郎との幼少期からの交流や、妻との意外な出会いも知られています。
2026年にはNHK連続テレビ小説『風、薫る』や映画『キングダム 魂の決戦』、TBS日曜劇場『VIVANT』の続編など映像作品でも活動。11月には歌舞伎座の『吉例顔見世大歌舞伎』で高師直を演じています。今回は、家族のつながりから歌舞伎界での歩み、自主公演「やごの会」、ヨーロッパ公演までを整理し、坂東彌十郎という役者の魅力と2026年現在の活動を紹介します。
【坂東彌十郎とは】本名・年齢・屋号「大和屋」と定紋を解説

坂東彌十郎さんは、東京都出身の歌舞伎役者・俳優です。1956年5月10日生まれで、2026年11月2日時点では70歳。身長は183cmで、舞台上でも目を引く大柄な体格の持ち主です。
本名は本間寿男(ほんま・ひさお)。芸名の坂東彌十郎とは別に、本名を知りたい読者も多いようですが、本人の公式プロフィールでも明確に公表されています。
松竹エンタテインメントの公式プロフィールにも掲載されており、歌舞伎の舞台だけでなく、テレビドラマや映画などの映像分野でも活動しています。
屋号は大和屋、定紋は三ツ大坂東彌十郎さんの屋号は大和屋(やまとや)です。歌舞伎における屋号とは、役者の家や芸の系譜を示す呼称であり、舞台上で観客が役者を応援するときに掛ける「大向こう」の掛け声にも使われます。
定紋は三ツ大(みつだい)、替紋は花勝見(はなかつみ)です。定紋は役者や家を象徴する正式な紋で、舞台衣装や道具などにも関係する歌舞伎の伝統的な要素です。
本人の公式サイト「坂東彌十郎・坂東新悟公式サイト」でも、屋号・定紋・替紋が明記されています。
なお、坂東彌十郎は代数としては初代です。長年同じ名前を名乗っているため、代々襲名されてきた名前と誤解されることがありますが、公式プロフィールでは初代坂東彌十郎とされています。
プロフィールを整理すると、次のようになります。
- 芸名:坂東彌十郎
- 読み方:ばんどう・やじゅうろう
- 本名:本間寿男
- 生年月日:1956年5月10日
- 年齢:70歳(2026年11月現在)
- 出身地:東京都
- 身長:183cm
- 屋号:大和屋
- 定紋:三ツ大
- 替紋:花勝見
- 業務提携:松竹エンタテインメント
彌十郎さんの特徴は、伝統的な歌舞伎の世界を活動の軸に置きながら、映像作品や海外公演にも積極的に取り組んできたことです。単にテレビ出演で知名度を上げた俳優ではなく、舞台で積み上げてきた経験が映像での存在感にもつながっています。
【父・坂東好太郎から続く芸歴】17歳の初舞台から歌舞伎界での歩み
父は映画スターとしても活躍した初代坂東好太郎坂東彌十郎さんの父は、初代坂東好太郎(ばんどう・こうたろう)です。歌舞伎役者であると同時に、松竹の映画スターとしても活躍した人物でした。
好太郎は、松竹の京都・下加茂撮影所で長谷川一夫、高田浩吉と並ぶスターとして知られました。坂東家の芸能とのつながりは深く、父自身も十三代目守田勘弥の息子にあたります。
ただし、彌十郎さんの幼少期から歌舞伎の舞台に立っていたわけではありません。父が映画の仕事を中心にしていた時期もあり、本人が初舞台を踏んだのは17歳になってからでした。
17歳で『奴道成寺』に出演、1978年に名題昇進松竹エンタテインメントの公式プロフィールによると、彌十郎さんが坂東彌十郎の名前で初舞台を踏んだのは1973年5月の歌舞伎座『奴道成寺』です。演じた役は観念坊でした。
一般的な歌舞伎役者は幼少期に初舞台を踏むケースも多いですが、彌十郎さんの場合は比較的遅いデビューでした。
その背景には、幼い頃から背が高かったことがあります。2026年10月の婦人公論.jpのインタビューでも、本人は子役に向く体格ではなかったことを初舞台が遅れた理由として振り返っています。
その後、1978年2月には『文七元結』の鳶頭役で名題昇進を果たしました。名題は歌舞伎役者としての経験や実力を積み、一定の基準を満たした役者に関係する資格・立場です。初舞台から約5年で、この段階に進んだことになります。
三代目市川猿之助の門下で身につけた幅広い表現力彌十郎さんの芸歴を語るうえで欠かせないのが、三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)との関係です。
公式プロフィールによれば、1981年から15年間にわたって猿之助の門下に入り、若手で構成された「21世紀歌舞伎組」のメンバーとして活躍しました。
この時期の経験は、伝統的な歌舞伎の演技だけにとどまりません。猿之助演出のオペラ『コックドール』では演出助手を務め、坂東玉三郎が手がけた『夕鶴』では演出にも携わっています。
役者として舞台に立つだけでなく、演出や舞台全体の構成にも関わってきた点は、彌十郎さんのキャリアの大きな特徴です。
歌舞伎の古典を学びながら、新しい舞台表現や海外の演劇文化にも接してきた経験が、その後の自主公演や国際活動につながっていきました。
歌舞伎で評価を積み重ねた受賞歴彌十郎さんは、舞台での活動を通じて複数の賞を受賞しています。公式プロフィールには、1984年の歌舞伎座優秀賞、1998年の歌舞伎座賞と眞山青果賞奨励賞、2014年の国立劇場優秀賞が記録されています。
加えて、2025年3月には芸術選奨文部科学大臣賞の演劇部門を受賞しました。長年にわたる舞台活動と演劇への貢献が評価された受賞です。
テレビでの知名度が高まる以前から、歌舞伎界で実績を積んできたことが、こうした受賞歴からも分かります。
【坂東彌十郎の家族関係】妻は元CA、長男は坂東新悟、兄は二代目坂東吉彌
坂東彌十郎さんの家族については、父・坂東好太郎、異母兄・二代目坂東吉彌、妻、長男・坂東新悟という関係が知られています。歌舞伎役者の家に生まれ、次の世代にも舞台芸術の道がつながっている点が特徴です。
家族・関係者の一覧| 人物 | 彌十郎との関係 | 人物・活動の概要 |
|---|---|---|
| 初代坂東好太郎 | 父 | 歌舞伎役者・映画スター。彌十郎は三男。 |
| 二代目坂東吉彌 | 異母兄 | 関西歌舞伎で活躍した脇役俳優。19歳年上で2004年に逝去。 |
| 妻 | 配偶者 | 元客室乗務員。歌舞伎役者と航空会社のクルーの交流会で出会った。 |
| 坂東新悟 | 長男 | 1990年12月5日生まれの歌舞伎役者。女方を中心に立役にも取り組む。 |
| 十八世中村勘三郎 | 幼少期からの友人・共演者 | 子どもの頃から交流があり、平成中村座などで共演した。 |
| 三代目市川猿之助 | 師匠 | 約15年間門下で学び、21世紀歌舞伎組でも活動した。 |
父の坂東好太郎は、映画スターとしての知名度を持ちながら、歌舞伎の世界にも深く関わった人物です。
彌十郎さんは父の三男として生まれ、幼少期から舞台や演劇に親しんできました。父の出演する舞台を見に行くこともあり、自身も役者の道を歩むことになります。
ただし、父が息子に歌舞伎役者になることを強制したわけではありません。2022年の婦人公論.jpのインタビューでは、父はむしろ息子に同じ苦労をさせたくないと考えていたようだと振り返っています。
父の死後も、その存在は彌十郎さんの人生や芸に大きな影響を与え続けています。
兄は二代目坂東吉彌、関西歌舞伎で活躍した名脇役兄にあたるのは、二代目坂東吉彌(ばんどう・きちや)です。歌舞伎俳優名鑑によれば、1937年生まれで2004年4月23日に亡くなりました。
彌十郎さんとは19歳の年齢差があり、異母兄弟にあたります。二代目吉彌は関西歌舞伎で活動し、上方の世話物などで存在感を示した脇役俳優でした。
歌舞伎だけでなく、映画や商業演劇にも活動の場を広げ、主役を支える役者として高い評価を受けています。
彌十郎さん自身も、2016年に公開した公式ブログの記事「兄の法要」で、兄を尊敬する役者として振り返っています。父を亡くした後は、父親のように厳しく、優しく接してくれた存在だったと記しています。
2017年には歌舞伎座の納涼歌舞伎で、父・好太郎と兄・吉彌の追善狂言が行われました。彌十郎さんが『修禅寺物語』の夜叉王を勤めたことも、家族の芸の歴史を舞台につないだ出来事です。
妻は元客室乗務員、出会いは歌舞伎役者と航空会社の交流会妻について注目を集めたのが、2026年8月28日放送のNHK『あさイチ』への出演です。
番組では妻との関係や出会いについて話題になり、彌十郎さんは妻が客室乗務員だったことを認めました。出会いの場は、歌舞伎役者と航空会社のクルーが集まるパーティーだったと説明しています。
加えて、この交流会を主催した人物として、十代目坂東三津五郎と十八世中村勘三郎の名前が挙がりました。彌十郎さんが若い頃から親交を持っていた二人が、結果的に現在の妻との出会いにも関わっていたことになります。
当時は現在のように「合コン」という言葉が一般的ではなく、男女それぞれ10人ほどが集まる交流の場だったと報じられています。
同番組では、外出時に妻とハグをする習慣についても紹介されました。彌十郎さんは、ヨーロッパでオペラの演出に関わった際、現地の人々の頬を寄せる挨拶「ビズ」に触れたことがきっかけだったと説明しています。
家庭でも自然なスキンシップを取り入れたというエピソードからは、舞台で見せる重厚な印象とは異なる、親しみやすい一面がうかがえます。
なお、妻の氏名や詳しい結婚時期などは、一般に広く公表されている情報ではありません。元客室乗務員という職業と出会いの経緯が、2026年のテレビ出演を通じて改めて知られるようになりました。
長男・坂東新悟も歌舞伎役者として活躍彌十郎さんの長男は、歌舞伎役者の坂東新悟(ばんどう・しんご)さんです。
1990年12月5日生まれで、屋号は父と同じ大和屋。公式プロフィールによると、本名は本間新悟で、師匠は初代坂東彌十郎です。
新悟さんは1995年7月、歌舞伎座『景清』の保童丸役で初代坂東新悟を名乗り初舞台を踏みました。2012年12月には南座『佐々木高綱』などへの出演を経て名題に昇進しています。
女方として古典歌舞伎から新作歌舞伎まで幅広く演じる一方、立役にも積極的に取り組んでいます。父と同じ舞台に立つだけではなく、自身の持ち味を生かした役者として活動している点が特徴です。
2014年に始まった自主公演「やごの会」も、親子の活動を語るうえで重要な取り組みです。父が培ってきた舞台経験を共有しながら、息子が独自の芸を磨く機会にもなっています。
【十八世中村勘三郎との関係】幼少期からの友人であり舞台の戦友
坂東彌十郎さんと十八世中村勘三郎の関係は、単なる共演者という言葉では説明しきれません。二人は子どもの頃から交流があり、長年にわたって歌舞伎の舞台をともにしてきた友人です。
出会いは小学校3年生の頃2026年10月12日公開の婦人公論.jpのインタビューで、彌十郎さんは勘三郎さんとの最初の出会いを振り返っています。
当時、彌十郎さんは7歳。父に連れられて、十七世中村勘三郎の家を訪れた際、8歳だった勘九郎さん(後の十八世中村勘三郎)と初めて顔を合わせました。
父の坂東好太郎と十七世中村勘三郎が幼なじみだったことが、この交流の背景にあります。
勘九郎さんは当時すでに子役として知られており、二人はその後、長い友情を育んでいきました。彌十郎さんは同インタビューで、出会いから49年間にわたり勘九郎さんの子分のような存在だったと、親しみを込めて話しています。
平成中村座やコクーン歌舞伎で共演二人の関係はプライベートな交流だけにとどまりません。舞台でもたびたび共演し、コクーン歌舞伎や平成中村座などで重要な役を担ってきました。
十八世中村勘三郎が立ち上げた平成中村座は、従来の歌舞伎の上演形式に新しい工夫を取り入れた劇場・公演活動として知られています。
彌十郎さんもその活動に参加し、平成中村座の海外公演にも出演しました。大柄な体格を生かした敵役や老け役だけでなく、幅広い役柄を演じる機会を得たことも、二人の共演の成果の一つです。
女性自身の2016年のインタビューでは、彌十郎さんが勘三郎さんについて、芝居の面では深く尊敬していたことを語っています。舞台以外ではゴルフなどで頻繁にけんかをするほど親しい関係だったというエピソードも紹介されました。
また、彌十郎さんは役を演じるとき、勘三郎さんならどう考えるかを思い浮かべることがあると話しています。
2012年に勘三郎さんが亡くなった後も、その存在は彌十郎さんの役者としての考え方に影響を与え続けています。単に人気俳優同士の友情というだけでなく、舞台に対する姿勢を共有した仲間だったことが分かります。
【自主公演「やごの会」と海外公演】長男と切り開いた新しい歌舞伎の可能性
2014年に「やごの会」を立ち上げ坂東彌十郎さんのキャリアにおいて、大きな転換点となったのが自主公演「やごの会」です。
2014年、彌十郎さんは長男の坂東新悟さんとともに自主公演「やごの会」を立ち上げました。第一回公演は東京の日本橋劇場で開催されています。
歌舞伎の世界では、劇場や興行主が企画する公演に出演することが活動の中心になる場合も多くあります。そのなかで自主公演を立ち上げることは、演目や出演者、舞台の構成などに自分たちの考えを反映できる機会を持つことを意味します。
彌十郎さんの場合、単独で新しい舞台を作るだけでなく、長男の新悟さんと一緒に企画したことに意味があります。
親子で舞台に立つ機会を設けながら、古典歌舞伎を次の世代に伝えること、そして観客に歌舞伎の魅力を広く知ってもらうことにもつながる取り組みでした。
2016年にはフランス・スイス・スペインで欧州公演「やごの会」の活動は国内だけにとどまりませんでした。
2016年5月12日から22日まで、フランス、スイス、スペインの3カ国を巡るヨーロッパ公演を開催しました。出演者は坂東彌十郎さんと坂東新悟さんです。
歌舞伎美人が発表した公演案内によると、各地での上演内容は次のとおりです。
- フランス・パリ:5月12日〜14日。パリ日本文化会館で公演。
- スイス・ジュネーブ:5月17日〜18日。LE BFMで公演。
- スペイン・マドリード:5月21日〜22日。シルクロ・デ・ベジャス・アルテスで公演。
主な演目は『お祭り』と『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』。加えて、観客向けのレクチャー「歌舞伎の見方」も組み込まれました。
特に注目したいのは、上演だけではなく現地の俳優やダンサーに向けたワークショップも実施したことです。
パリ公演に先立つ5月9日から11日には、現地の14人の俳優・ダンサーを対象に歌舞伎のレクチャーや立廻りの実演、立役・女方の実技指導などが行われました。
これは、単に日本の伝統芸能を海外で披露するだけの公演ではありません。現地の演劇関係者に歌舞伎の身体表現や演技方法を伝える、文化交流の側面も持っていました。
海外公演に挑戦した理由彌十郎さんが海外公演に関心を持った背景には、三代目市川猿之助のもとで経験した海外活動やオペラの仕事があります。
大人未来のインタビューでは、自分自身の手で歌舞伎を海外に届けたいという思いを持っていたことが紹介されています。
猿之助のもとで学んだ演出や海外公演の経験を、自分の自主公演として実現したのが2016年のヨーロッパ公演でした。
還暦を迎えた年にフランス、スイス、スペインを巡ったことは、彌十郎さんのキャリアを象徴する出来事です。
歌舞伎の伝統を守ることと、新しい観客に届けることは、必ずしも相反するものではありません。自主公演という形を選び、海外の観客や演劇関係者と直接向き合った経験は、彌十郎さんの活動の幅を広げました。
【2026年の坂東彌十郎】『鎌倉殿の13人』から『VIVANT』、歌舞伎座の大役まで
『鎌倉殿の13人』で北条時政を演じ全国的な知名度を獲得坂東彌十郎さんの名前が歌舞伎に詳しくない人にも広く知られるきっかけとなった作品が、2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』です。
演じたのは、北条義時の父である北条時政。主人公の家族であり、鎌倉幕府の政治にも大きな影響を及ぼす人物でした。
重厚な存在感に加えて、人間味や愛嬌も感じさせる演技が話題となり、歌舞伎を知らない視聴者にも強い印象を残しました。
2026年10月の婦人公論.jpのインタビューでも、本人は『鎌倉殿の13人』への出演を大きな転機の一つとして振り返っています。
この出演をきっかけに、歌舞伎の舞台だけでなく映像作品でも幅広い役柄を任されるようになり、俳優としての認知度がさらに高まりました。
2026年もドラマ・映画への出演が続く松竹エンタテインメントの公式プロフィールや本人の公式サイトに掲載された2026年の出演情報を見ると、映像分野での活動も続いています。
- NHK連続テレビ小説『風、薫る』:2026年度前期の朝ドラに出演。
- TBS日曜劇場『VIVANT』続編:2026年の続編に出演。佐野公安部長役としての存在感も注目されている。
- 映画『キングダム 魂の決戦』:2026年7月17日公開作品に出演。
- ドラマ『夫婦別姓刑事』:2026年のフジテレビ系ドラマに出演。
- ドラマ『銀河の一票』:2026年のフジテレビ系作品にも出演。
歌舞伎役者としての経験を土台にしながら、時代劇、現代劇、映画と異なるジャンルで活動していることが分かります。
特に大河ドラマでの成功は、歌舞伎役者として培った身体表現や台詞回しを、テレビドラマの視聴者にも伝える機会になりました。
2026年11月は歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』で高師直2026年11月の大きな舞台が、歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」です。
公演期間は2026年11月1日から25日まで。通し狂言『仮名手本忠臣蔵』が上演され、彌十郎さんはBプロで高師直(こうのもろなお)を勤めます。
高師直は物語の鍵を握る敵役で、歴史上の人物である吉良上野介に重ねられる役柄です。歌舞伎の三大狂言の一つに数えられる『仮名手本忠臣蔵』においても重要な役どころです。
歌舞伎美人の公式発表によると、彌十郎さんは18年前に平成中村座で同じ高師直を演じています。その際から、いつか歌舞伎座でこの役を勤めたいという目標を持っていたと紹介されています。
2026年10月25日に開催された第24回銀茶会でも、彌十郎さんはこの舞台への意気込みを語りました。長年の目標だった歌舞伎座での高師直役を前に、個人稽古にも励んでいると報じられています。
この公演は、映像作品で知名度を得た俳優が歌舞伎に戻るという単純な話ではありません。長年舞台で経験を積んできた役者が、過去に演じた大役を、歌舞伎の中心的な劇場で改めて務めるという意味を持っています。
舞台前にお茶を点てる習慣も2026年の銀茶会では、彌十郎さんの意外な習慣も紹介されました。
本人によると、約20年前から舞台に出演する前に楽屋でお茶を点て、気持ちを落ち着かせるようになったそうです。正式な茶道の稽古を受けたわけではなく、自分流のお点前を「彌十流」と呼んでいることも明かしました。
舞台に向かう前の時間を大切にし、気持ちを整える習慣は、長く歌舞伎の世界で活動してきた彌十郎さんらしい一面です。
2025年の芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2026年の映像作品への出演、そして歌舞伎座での高師直役。70歳を迎えても活動の中心に舞台を置きながら、新しい挑戦を続けています。
【坂東彌十郎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:坂東彌十郎の本名は何ですか?
A1:本名は本間寿男(ほんま・ひさお)です。公式プロフィールにも掲載されています。
Q2:坂東彌十郎は2026年現在何歳ですか?
A2:1956年5月10日生まれで、2026年11月現在70歳です。
Q3:坂東彌十郎の妻はどんな人ですか?
A3:妻は元客室乗務員です。2026年8月のNHK『あさイチ』で、歌舞伎役者と航空会社のクルーが集まるパーティーで知り合ったことを明かしました。
Q4:坂東彌十郎の長男は誰ですか?
A4:長男は歌舞伎役者の坂東新悟です。1990年12月5日生まれで、女方を中心に古典歌舞伎や新作歌舞伎に出演しています。
Q5:坂東彌十郎の父と兄は誰ですか?
A5:父は映画スターとしても活躍した初代坂東好太郎、兄は関西歌舞伎で脇役として活躍した二代目坂東吉彌です。吉彌は異母兄にあたり、2004年に亡くなっています。
Q6:坂東彌十郎の屋号と定紋は何ですか?
A6:屋号は大和屋です。定紋は三ツ大、替紋は花勝見です。
Q7:坂東彌十郎と十八世中村勘三郎はどんな関係ですか?
A7:幼少期からの友人です。父親同士の縁もあり、子どもの頃に出会いました。その後、平成中村座やコクーン歌舞伎などで共演し、舞台でも深い交流がありました。
Q8:「やごの会」とは何ですか?
A8:2014年に坂東彌十郎さんと長男の坂東新悟さんが立ち上げた自主公演です。2016年にはフランス、スイス、スペインを巡るヨーロッパ公演も開催しました。
坂東彌十郎さんは、1956年生まれの歌舞伎役者で、本名は本間寿男、屋号は大和屋です。父・坂東好太郎から続く芸能の系譜に生まれ、17歳で初舞台を踏み、三代目市川猿之助の門下で15年間にわたって研鑽を積みました。
家族では、異母兄の二代目坂東吉彌、元客室乗務員の妻、長男の坂東新悟との関係が知られています。特に新悟さんとは2014年に「やごの会」を立ち上げ、2016年には親子でヨーロッパ3カ国を巡る公演を実現しました。
また、十八世中村勘三郎とは幼少期からの友人であり、平成中村座などの舞台でも共演。歌舞伎の伝統を守るだけでなく、新しい演出や海外公演にも取り組んできたことが、彌十郎さんの芸歴を特徴づけています。
2022年の『鎌倉殿の13人』で全国的な知名度を獲得し、2025年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2026年も映像作品への出演を続け、11月には歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』で高師直という大役に挑んでいます。
坂東彌十郎という役者を理解する際には、テレビでの人気だけでなく、半世紀以上にわたる舞台経験、師匠や仲間との関係、そして自主公演を通じて次世代へ芸をつなごうとする姿勢にも注目したいところです。
70歳を迎えた現在も、伝統歌舞伎の舞台と新しい映像表現の双方で活躍する彌十郎さん。その歩みは、歌舞伎役者として経験を重ねることの意味と、年齢を重ねても新しい挑戦を続けることの価値を伝えています。