2025年、JRAのベテラン騎手・幸英明を相次いで襲った落馬事故。8月9日の中京競馬場での負傷から復帰した直後、11月22日には京都競馬場で再び落馬し、肋骨10本の骨折や肺挫傷など、生命に関わるほどの大けがを負った。3カ所の手術を受け、一時は騎手引退まで考えたという幸騎手だが、2026年1月31日にレースへ復帰。その後も重賞で勝利を挙げ、現役騎手として騎乗を続けている。
なぜ2度も落馬事故に遭ったのか。負傷の具体的な内容や入院・手術後の経過、2026年の騎乗成績、息子・大斗の騎手デビューを待つ親子のエピソードまで、JRAの公式発表や競馬専門メディアの報道をもとに整理する。
【2025年8月9日】幸英明が中京4Rで落馬した理由と負傷の経緯
最初の事故が起きたのは、2025年8月9日の中京競馬場だった。
幸英明騎手は中京4Rでゴッドアイに騎乗する予定だったが、レース前の馬場入場後に落馬。右足を負傷し、5R以降に予定されていた8鞍はすべて騎手変更となった。
JRAの当日発表によると、ゴッドアイは馬場入場後に放馬し、その後、右後肢跛行を発症したため競走除外となっている。
ここで重要なのは、事故がレース中の競走動作によって発生したものではなく、本馬場入場後の段階で起きたアクシデントだったという点だ。
ラジオNIKKEIの競馬実況webも、幸騎手が中京4Rの馬場入場後に落馬し、右足の負傷と診断されたことを報じている。
右足踵骨骨折と約3カ月の休養事故直後に公表された診断は右足の負傷だったが、その後の報道で、具体的な負傷箇所が右足踵骨(しょうこつ)、つまりかかとの骨だったことが明らかになった。
踵骨は体重を支え、歩行や着地の際に大きな負荷がかかる部位だ。騎手にとっても、鐙を踏んで姿勢を維持し、馬上でバランスを取るために重要な箇所となる。
2025年11月7日付の日刊スポーツなどの報道によると、幸騎手はリハビリを続け、11月1日には栗東トレーニングセンターで調教騎乗を再開。11月8日の京都競馬で約3カ月ぶりに実戦復帰した。
復帰初戦はビアリッツに騎乗して7着。本人は「違和感なく乗れました」と話していた。
この時点では、長期休養を乗り越えて再び競馬場に戻ったばかりだった。
しかし、そのわずか14日後、再び重大な落馬事故に遭遇することになる。
【2025年11月22日】京都3Rの落馬事故はなぜ起きた?多重落馬の全容
2025年11月22日、京都競馬場で行われた第3レース。2歳未勝利戦、芝1200メートルのレース中に、競馬場を揺るがす重大なアクシデントが発生した。
幸英明騎手が騎乗していたのは、畑端省吾厩舎のニュートラ。
事故が起きたのは第4コーナー手前だった。
事故の直接的なきっかけはニュートラの転倒JRAの発表によると、ニュートラは競走中に疾病を発症し、第4コーナーで転倒した。
その際、騎乗していた幸騎手も落馬。加えて、後方を走っていた2頭にも影響が及んだ。
- 幸英明騎手:ニュートラに騎乗
- 浜中俊騎手:メイショウピュルテに騎乗
- 高倉稜騎手:キョウエイクロームに騎乗
転倒したニュートラの影響を受け、浜中騎手と高倉騎手も落馬。結果として、3人の騎手が負傷する多重落馬事故となった。
3人は救急車で搬送され、幸騎手は自力で立ち上がることができず、担架で運ばれたと日刊スポーツが報じている。
事故に巻き込まれた馬と騎手の状況事故の影響は騎手だけにとどまらなかった。
JRAの発表では、ニュートラは右第3中手骨粉砕骨折と診断され、予後不良となった。
一方、後続のメイショウピュルテとキョウエイクロームは馬体に異常なしと発表されている。
| 関係者・競走馬 | 事故時の状況 | 発表された結果 |
|---|---|---|
| 幸英明・ニュートラ | 第4コーナーで転倒 | 幸騎手は背部負傷。馬は予後不良 |
| 浜中俊・メイショウピュルテ | 先行馬の転倒に巻き込まれる | 浜中騎手は左腕負傷 |
| 高倉稜・キョウエイクローム | 先行馬の転倒に巻き込まれる | 高倉騎手は両足負傷 |
この事故について、幸騎手自身の騎乗ミスが原因だったとするJRAの発表はない。
公表された経緯は、ニュートラが競走中に疾病を発症して転倒し、その影響で後続の2頭も落馬したというものだ。
つまり、幸騎手は自らが騎乗する馬の転倒によって落馬し、さらに後続の騎手も巻き込まれるという、非常に不運な事故に遭遇したことになる。
8月の事故とは発生状況が異なる。8月は馬場入場後の放馬、11月は競走中の馬の転倒を発端とする多重落馬だった。
この2つの事故を同じ原因として捉えないことが、経緯を理解するうえで重要だ。
【肋骨10本骨折・肺挫傷】幸英明の負傷状況と3カ所の手術
11月22日の事故後、当初JRAから公表された幸騎手の負傷は「背部の負傷」だった。
しかし、入院後の検査によって、実際には複数箇所に及ぶ深刻な外傷だったことが明らかになった。
2025年12月1日、幸騎手本人が負傷の詳細を公表したと日刊スポーツが報じている。
骨折した部位はどこ?報道で明らかになった主な負傷は以下のとおり。
- 肋骨: 両側の肋骨を合わせて10本骨折
- 鎖骨: 右鎖骨骨幹部骨折と報道
- 左足: くるぶし周辺の骨折
- 脊椎周辺: 腰椎横突起の骨折
- 肺: 左肺挫傷
- 胸部: 左外傷性血気胸、緊張性気胸など
特に深刻だったのが、肋骨の多発骨折と肺の損傷だった。
肋骨は胸部を保護する役割を持つ。複数本が折れると呼吸時の痛みや胸郭の動きへの影響が大きくなり、肺挫傷などを併発すれば呼吸機能にも深刻な影響を及ぼす。
幸騎手の場合、肺挫傷だけでなく、外傷性血気胸や緊張性気胸なども報じられており、単なる骨折による休養では済まない状態だった。
なお、鎖骨の左右については報道間に食い違いがある。2025年12月の本人による負傷公表を伝えた記事と2026年1月の復帰取材では右鎖骨とされている一方、同年3月22日の日刊スポーツの記事では左鎖骨と記載されている。骨折そのものは複数の報道で確認されているが、左右の表記には注意が必要だ。
3カ所の手術と高度治療室での治療幸騎手は事故後に入院し、合計3カ所の手術を受けた。
2025年12月1日付の日刊スポーツの記事によると、本人が負傷状況を明かした時点でも高度治療室に入っていた。
その際、幸騎手は次のようにコメントしている。
今回は3カ所の手術を行うケガとなりました。しばらく安静なので、まずはしっかり治したいと思います。
さらに2026年1月28日の復帰取材では、事故直後の状況について、本人が非常に切迫した状態だったことを語っている。
搬送されている時は「死ぬのかな」と思いました。
医師からも「あと15~20分遅かったら危なかった」と告げられたという。
これは、単に競馬への復帰が遅れたという話ではない。生命の危険を感じるほどの外傷を乗り越えた末の復帰だった。
【事故から復帰まで】幸英明の2025年・2026年の経過を時系列で整理
2度の落馬事故から復帰までの流れを整理すると、幸騎手がどれほど短い期間に大きな負傷を経験したかが分かる。
| 日付 | 出来事 | 詳細・関係者 |
|---|---|---|
| 2025年8月9日 | 中京4Rで落馬 | ゴッドアイの馬場入場後の放馬。右足踵骨骨折 |
| 2025年11月1日 | 調教騎乗再開 | リハビリを経て栗東で騎乗 |
| 2025年11月8日 | 実戦復帰 | 京都1Rでビアリッツに騎乗、7着 |
| 2025年11月22日 | 京都3Rで再び落馬 | ニュートラの転倒に伴う多重落馬 |
| 2025年12月1日 | 負傷状況を公表 | 肋骨などの骨折、肺挫傷、3カ所の手術 |
| 2026年1月28日 | 調教騎乗再開 | オタルエバーの追い切りに騎乗 |
| 2026年1月31日 | レース復帰 | 京都3Rで5着、京都7Rで復帰後初勝利 |
| 2026年2月1日 | 重賞に騎乗 | シルクロードSでオタルエバーに騎乗 |
| 2026年3月22日 | 重賞勝利 | アイサンサンで愛知杯を制覇 |
| 2026年11月2日時点 | 現役騎乗を継続 | 年間643鞍、41勝 |
この年表で注目したいのは、11月8日に一度復帰していたという点だ。
最初の事故から約3カ月かけて復帰したものの、その2週間後に再び落馬。今度は肺や胸部にも大きな損傷を受け、3カ所の手術を必要とした。
それでも約2カ月後には調教を再開し、2026年1月末には実戦へ戻っている。
【2026年最新】幸英明は1月31日に復帰!現在の騎乗状況と成績
2026年1月28日、幸英明騎手は栗東トレーニングセンターで調教騎乗を再開した。
約2カ月の療養を経て、1月31日の京都競馬で実戦復帰することを明らかにした。
1月31日の復帰初日は5着、4戦目で勝利復帰初戦となった京都3Rでは、9番人気のワイドシャッフエンに騎乗。結果は5着だった。
レース後には、肺の損傷による呼吸への影響も心配していたことを明かしながら、「思ったより大丈夫でした」と振り返った。
その後も騎乗を続け、京都7Rでは6番人気のソルチェリアに騎乗。
積極的に先手を取り、最後まで後続を振り切って1着となった。
復帰初日の4戦目で早くも勝利を挙げたのである。
この勝利は、単なる復帰初勝利というだけでなく、重大な負傷から戻った騎手が再びレースで結果を出したという意味でも大きな出来事だった。
オタルエバーとのシルクロードステークス2026年2月1日には、京都競馬場で開催されたシルクロードステークス(GⅢ)にも騎乗した。
パートナーは中竹和也厩舎のオタルエバー。幸騎手は復帰直後の1月28日に、この馬の追い切りにも騎乗していた。
レースでは18頭立ての16着という結果だった。
勝利には届かなかったものの、復帰直後に重賞へ騎乗できたことは、陣営や関係者からの信頼を示す一つの材料となった。
JRAの公式レース結果でも、幸騎手とオタルエバーの出走が確認できる。
2026年3月には愛知杯で重賞勝利加えて、2026年3月22日の愛知杯(GⅢ)では、12番人気のアイサンサンに騎乗して勝利。
大外枠から好スタートを決め、逃げ切りで重賞制覇を達成した。
日刊スポーツは、幸騎手がこの勝利に至るまでの過程を、11月の大けがからの復活と長男・大斗さんとの関係を交えて報じている。
2026年11月現在の騎乗成績では、2026年秋時点での幸騎手はどの程度の成績を残しているのか。
スポーツナビの騎手データによると、2026年11月2日10時31分更新時点の成績は以下のとおり。
幸英明騎手・2026年成績
41勝
1着
643鞍
騎乗回数
6.4%
勝率
20.8%
3着内率
| 着順 | 回数 |
|---|---|
| 1着 | 41回 |
| 2着 | 47回 |
| 3着 | 46回 |
| 4着以下 | 509回 |
出典:スポーツナビ騎手データ、2026年11月2日10時31分更新。中央競馬の平地成績。
この数字から分かるのは、幸騎手が2026年の競馬開催に継続的に参加し、一定の騎乗数と勝利数を確保しているということだ。
年間643鞍という数字は、単発の復帰騎乗ではなく、継続的に騎乗依頼を受けていることを示している。
2026年11月現在、幸騎手は引退しておらず、現役騎手として活動を続けている。
【引退説の真相】幸英明が騎手を辞めようと考えた理由と息子・大斗
幸英明騎手の落馬事故をめぐって、もう一つ大きな関心を集めたのが引退説だ。
結論からいえば、引退を考えたという話には本人の発言に基づく事実がある。ただし、実際に引退を決断したわけではない。
幸英明本人が一時は引退を考えていた2026年1月28日の日刊スポーツの取材で、幸騎手は11月の事故後について、騎手を辞めようかと考えたことを明かしている。
何度もけがを乗り越えてきたベテランにとっても、今回の負傷は精神的に大きな打撃だった。
長期入院に加え、呼吸にも影響する肺の損傷。再び騎手として馬に乗れるのかという不安もあったと考えられる。
実際、2026年3月22日の日刊スポーツの記事でも、幸騎手は当時の心境を振り返っている。
特に注目されたのが、家族との会話だった。
妻は引退してもよいという考えを示していた一方、長男の大斗さんからは、騎手デビューするまで現役を続けてほしいという言葉をかけられたという。
この言葉が、再び騎手として頑張ろうと考えるきっかけの一つになった。
息子・幸大斗はJRA競馬学校の騎手課程に在籍幸英明騎手の長男は、幸大斗(みゆき・ひろと)さん。
2024年4月2日、JRA競馬学校の騎手課程第43期生として入学した。
入学時の報道によると、大斗さんは3度目の受験で合格を果たした。
中学卒業後、騎手を目指して専門的な勉強や乗馬の経験を積み、父親の背中を追って競馬学校への入学を実現したという。
父親の幸英明騎手は、入学式で息子にエールを送っていた。
また、大斗さん自身も、父のようにしっかり勝ち切り、周囲から信頼される騎手を目指す思いを語っている。
2026年現在、大斗はまだ騎手デビュー前ここは検索時に誤解されやすいポイントだ。
2026年9月にJRAが公表した騎手課程43期生の公開模擬レースの案内にも、幸大斗さんの名前が掲載されている。
つまり、2026年11月時点では、現役JRA騎手としてデビューしたのではなく、競馬学校で騎手を目指している段階だ。
幸騎手が語った「息子がデビューするまで乗ってほしい」という話は、親子で同じ競馬場のレースに騎手として立つ未来を意識したものだった。
父親が騎手として活躍し、息子がその背中を追う。
今回の落馬事故からの復帰には、競馬への情熱だけでなく、親子で共有する目標も関係していた。
【プロの結論】幸英明の復帰から読み解く騎手という仕事の厳しさ
今回の一連の事故を振り返ると、幸英明騎手の復帰には3つの注目点がある。
第一に、8月と11月の事故は、発生原因も負傷の内容も異なるということだ。
8月は馬場入場後の放馬に伴う事故で、右足踵骨を骨折した。11月は競走中に発生した馬の転倒が発端となり、複数の騎手が巻き込まれる事故だった。
第二に、11月の負傷は、騎手の仕事に必要な身体機能に広範囲の影響を及ぼすものだった。
騎手は馬にまたがるだけではなく、手綱を操作し、鐙で姿勢を保ち、馬の動きに合わせて重心を調整する必要がある。胸部や肺、足首などに負傷があれば、復帰には慎重な身体の回復が求められる。
第三に、復帰後の成績が実際の騎乗活動を裏付けている。
2026年1月31日の復帰初日には勝利を挙げ、3月には愛知杯も制覇。11月2日時点では643鞍に騎乗している。
ただし、騎乗数や勝利数が多いことと、医学的にすべての後遺症がなくなったことは別の問題だ。
競馬ファンが今後の幸騎手を見る際には、単純な復帰の有無だけでなく、騎乗数、勝利数、重賞での結果、本人が語る身体の状態を合わせて判断することが大切だ。
一時は引退を考えた騎手が、息子のデビューという目標を胸に再びターフへ戻った。その歩みは、競馬という仕事の厳しさと、長く現役を続ける騎手の強い意志を伝えている。
幸英明の落馬事故に関するよくある質問(FAQ)
Q1:幸英明は2025年に何回落馬した?
2025年8月9日の中京4Rと、11月22日の京都3Rの2回。8月は右足踵骨骨折、11月は肋骨10本の骨折や肺挫傷などの重傷を負った。
Q2:2025年11月22日の落馬事故の原因は?
京都3Rで幸騎手が騎乗していたニュートラが競走中に疾病を発症し、第4コーナーで転倒したことが発端。その影響で浜中俊騎手と高倉稜騎手も落馬した。
Q3:幸英明は肋骨を何本骨折した?
報道によると、両側の肋骨を合わせて10本骨折した。右鎖骨や左足首の骨折、左肺挫傷なども確認され、3カ所の手術を受けた。
Q4:幸英明はいつ復帰した?
2026年1月31日の京都競馬で実戦復帰した。復帰初戦は5着で、同日の京都7Rでは復帰後4戦目にして初勝利を挙げた。
Q5:幸英明は2026年現在も現役?
現役を続けている。2026年11月2日時点の成績は643鞍、41勝。3月には愛知杯でアイサンサンに騎乗して重賞勝利を挙げた。
Q6:幸英明の息子・大斗は騎手デビューした?
2026年11月時点では騎手デビュー前。JRA競馬学校の騎手課程43期生として在籍している。父親は息子がデビューするまで騎手を続けてほしいという言葉を励みに、現役続行を決めたと報じられている。
Q7:幸英明は落馬事故を理由に引退を考えた?
本人が一時的に引退を考えたことを明かしている。しかし、家族や長男・大斗さんの言葉もあり、再び騎手として頑張ることを決意。2026年も現役を続けている。
幸英明騎手を襲った2025年の2度の落馬事故は、騎手人生における大きな試練となった。
8月9日の中京4Rでは右足踵骨を骨折し、約3カ月の休養を経験。11月8日に復帰したものの、11月22日の京都3Rで再び落馬し、肋骨10本の骨折や鎖骨骨折、肺挫傷などの重傷を負った。
3カ所の手術を受け、一時は引退も考えた幸騎手。しかし、2026年1月28日に調教騎乗を再開し、1月31日には実戦復帰。復帰初日の勝利に加え、3月の愛知杯でも勝利を挙げている。
2026年11月現在も現役を続けており、騎手としての活動は続いている。
そして、長男・大斗さんが騎手としてデビューする日を待つという新たな目標もある。
2度の落馬事故を乗り越えた幸英明騎手の次なる注目点は、現役でどこまで勝利を積み重ねられるか、そして息子との親子騎手対決が実現するかということだ。
競馬ファンにとって、幸騎手が再びターフで見せる姿は、2025年の事故を乗り越えた復活の証しであり、今後も目が離せない存在である。