日高逸子さんのブログを読みたい方は、アメーバブログ(アメブロ)で本人が運営する「私は あきらめない」をチェックしてください。ボートレース界で40年間にわたり活躍した元女子ボートレーサーの日高逸子さんが、レースの思い出やイベント出演、旅行、趣味、日常生活などを発信しているブログです。
2025年8月19日付で現役を引退した日高さんですが、2026年11月現在もボートレース関連の解説やトークショー、YouTube出演などで活動しています。通算2,539勝、生涯獲得賞金11億円超という輝かしい記録を残した「グレートマザー」は、なぜ63歳で引退を決断したのでしょうか。本人のブログ、ボートレース公式発表、スポーツ紙の報道、2026年のインタビューを照合し、現在の活動や家族についても整理します。
【公式ブログ】日高逸子のアメブロ「私は あきらめない」はどこで読める?
日高逸子さんの公式ブログとして知られているのが、アメーバブログの「私は あきらめない」です。
ブログの正式な表示名は「私は あきらめない 元モーターボートレーサー日高逸子」。本人が日々の出来事を自分の言葉で綴っており、現役時代からのファンにとっても、引退後の姿を知ることができる貴重な発信場所になっています。
最新記事を確認する方法最新記事を読みたい場合は、次の手順で確認できます。
- アメーバブログで「日高逸子 私はあきらめない」と検索する。
- ブログ名と本人のプロフィールを確認する。
- ブログトップまたは「記事一覧」を開く。
- 新着順に表示される記事から、最も新しい投稿を選ぶ。
記事一覧では過去の投稿も確認でき、テーマや時期をたどることで、現役時代から引退後までの活動を振り返れます。
2026年11月に確認できる最新記事の内容2026年11月4日時点でブログトップに表示されている最新記事は「YouTube撮影」です。
記事では、韓国旅行から帰国したことや、常滑で女子選手とのトーク番組を撮影する予定などが紹介されています。また、「クライマックスバークイーンイツコ」や「逸子の部屋」といった動画コンテンツにも触れています。
加えて、11月23日の前夜祭と24日のトークショーについても告知。24日は今村聖奈騎手とのトークショーに出演する予定と記しています。
現役時代のレース結果だけでなく、旅行、仕事の裏側、共演者との交流など、本人の現在を知ることができる内容です。最新記事を探すなら、検索エンジンの古い表示よりも、アメブロの本人の投稿一覧を直接確認する方法が確実です。
【2026年最新】日高逸子の現在の活動は?引退後も忙しい理由
現役を引退した日高逸子さんは、ボートレースの世界から完全に離れたわけではありません。
2026年5月22日公開のCHANTO WEBのインタビューでは、引退後の生活について本人が詳しく語っています。現役時代とは違った形でボートレースに関わり、解説やトークショー、YouTubeなどの仕事を続けているとのことです。
1. ボートレースの解説・イベント出演日高さんは長年の競技経験を生かし、ボートレース関連のイベントや解説に出演しています。
2026年4月3日には、ボートレース住之江のG1太閤賞のオープニングセレモニーにサプライズ登場。花束プレゼンターとして選手に花束を渡し、「皆さん無事故で1節間頑張ってください」と激励しました。
また、2026年には各地のボートレース場でトークショーやイベントへの出演も続いています。長年トップ選手として戦ってきた経験は、現役選手やファンにとっても貴重なものです。
2. YouTubeや配信番組への出演本人のブログには「クライマックスバークイーンイツコ」や「逸子の部屋」などの動画コンテンツが登場します。
2026年の投稿では、ボートレースのYouTube配信や女子選手とのトーク企画、各地での出演予定などが紹介されています。
現役時代は自分自身がレースで結果を出すことが仕事でしたが、引退後は経験を伝える側へと役割が変わりました。選手の心理やレースの難しさを知り尽くした日高さんならではの解説が、今後も期待されています。
3. 旅行や庭の手入れなど、プライベートの時間2025年の引退前後には、世界一周旅行を経験しています。スポーツ報知の報道によると、アラスカやパナマ運河、メキシコなどを巡る約3か月の旅でした。
2026年5月のインタビューでは、自宅の庭でバラやアジサイなどの花を育てる時間が幸せだと語っています。
現役時代はレースに集中する生活が続き、季節の移り変わりを感じる余裕も少なかったそうです。引退によって、自然や家族と向き合う時間が増えたことも大きな変化といえます。
現在の日高さんは、競技から離れて自由な時間を楽しみながら、ボートレースの魅力を伝える仕事にも取り組んでいます。
【通算2539勝】日高逸子の経歴と女子王座決定戦・賞金女王決定戦の実績
日高逸子さんは1961年10月7日生まれ、宮崎県出身。福岡支部に所属した第56期のボートレーサーです。2026年11月現在は65歳になります。
1985年5月23日にボートレース芦屋でデビューしてから、2025年8月の引退まで約40年間にわたり第一線で活躍しました。
通算2,539勝という数字だけでなく、女子選手としての獲得賞金記録や、長年にわたって大舞台で結果を残したことも評価されています。
日高逸子の主な経歴・実績一覧| 時期 | 出来事・実績 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1985年5月 | 芦屋でデビュー | 福岡支部・第56期 |
| 1989年 | 女子王座決定戦優勝 | 多摩川で優勝 |
| 1997年 | 長女を出産 | 産後約2か月で競技復帰 |
| 1999年 | 次女を出産 | 母とレーサーの両立 |
| 2005年 | 女子王座決定戦優勝 | 大村でG1初優勝 |
| 2014年 | 賞金女王決定戦競走優勝 | 住之江のクイーンズクライマックス |
| 2022年 | 60歳5か月で優勝 | 女子最年長優勝記録を更新 |
| 2024年 | 通算2,500勝を達成 | 女子選手として歴代2人目 |
| 2025年4月4日 | 最後のレースに出走 | 桐生で3着 |
| 2025年8月19日 | 現役引退 | 約40年間の選手生活に幕 |
| 2026年 | 解説・トークショー・動画出演 | 元レーサーとして活動継続 |
主な経歴と引退日はボートレース公式発表、スポーツ報知、スポニチなどの報道に基づいています。
通算2,539勝と生涯獲得賞金11億円超の意味スポニチの引退時の記録によると、日高さんの通算成績は次のとおりです。
- 通算出走回数:9,395回
- 通算1着回数:2,539回
- 優出回数:382回
- 優勝回数:76回
- 生涯獲得賞金:11億4,400万3198円
通算2,539勝は引退時点で女子歴代2位。生涯獲得賞金は女子歴代1位という記録を残しました。
ここで注意したいのが、ボートレース公式発表で使われている「通算2,500勝」と、報道で紹介されている「通算2,539勝」の違いです。
公式発表では引退コメントの中で2,500勝という節目に言及しています。一方、詳細な通算成績では実際の1着回数が2,539回と記録されています。両者は矛盾する数字ではなく、節目の表現と確定した通算記録の違いです。
女子王座決定戦と賞金女王決定戦で示した実力日高さんの代表的なタイトルは、女子王座決定戦と賞金女王決定戦競走です。
1989年には多摩川で女子王座決定戦を制覇。2005年には大村で同大会を制し、G1初優勝を果たしました。
さらに2014年の大みそか、住之江で開催された第3回クイーンズクライマックスでも優勝しています。この大会は賞金女王決定戦競走として知られる女子トップ選手の大舞台です。
スポーツ報知の報道では、2014年の優勝は53歳で達成した印象深いレースとして紹介されています。年齢を重ねても勝負強さを発揮したことが、日高さんの評価を不動のものにしました。
また、2003年、2005年、2010年、2014年には業界の年間表彰で優秀女子選手に選ばれています。
【引退理由を検証】2025年8月19日に何があった?本人の発言と経緯
日高逸子さんの引退は、2025年8月22日にボートレース公式サイトから発表されました。ただし、実際の引退日は発表日ではなく、2025年8月19日付です。
引退を決めた背景には、長年の競技生活で蓄積した身体的な負担と、レースに対する気持ちの変化がありました。
公式発表で明かされた引退理由ボートレース公式サイトに掲載された本人のコメントには、引退の核心が示されています。
「満身創痍で、もう走るのが嫌になってしまった」
加えて、通算2,500勝を達成したことや、賞金女王決定戦競走を優勝できたことへの満足感、ファンへの感謝も伝えています。
引退は単純に年齢だけで決まったものではありません。本人が十分にやり切ったと感じ、競技生活に区切りをつける決断をしたことが公式コメントから読み取れます。
引退につながった身体的な問題スポーツ報知の取材では、日高さんは大きなけがの影響で膝や足首に痛みが残っていたこと、視力の衰えやフライングへの不安などを説明しています。
また、以前はボートに乗ることが楽しくて仕方なかったのに、次第に楽しさを感じられなくなったことも明かしました。
2026年5月のCHANTO WEBのインタビューでは、62歳のときに起きた大事故についても詳しく語っています。
ボートが転覆し、プロペラに接触したことで顔の神経を切断する大けがを負い、首も負傷。医師からは、わずかに位置がずれていれば命に関わっていたと説明されたそうです。
その事故を経験して初めて、ボートに乗ることに恐怖を感じたと振り返っています。両膝の問題や視力の衰え、スタートのタイミングをつかみにくくなったことも重なり、選手生活を続ける難しさが増していました。
高塚清一さんの死も決断のきっかけに引退の背景として報道されたもう一つの出来事が、2025年3月1日に77歳で亡くなった高塚清一さんの存在です。
高塚さんは史上最年長ボートレーサーとして知られ、日高さんも長く現役を続ける目標の一つとして意識していました。
しかし、日刊スポーツの報道によると、高塚さんの死を受けて、自分は違う人生を歩む方が合っていると考えるようになったとブログで説明しています。
これは引退理由のすべてではありません。身体的な限界、勝負への意欲の変化、人生の時間の使い方を考えた結果が重なった決断でした。
最後のレースは2025年4月4日の桐生引退発表が8月だったため、最後のレースも8月だったと考える人がいる可能性があります。しかし、実際のラストランは2025年4月4日です。
桐生の「第18回ドラキリュウカップ・ヴィーナスシリーズ第1戦」4日目9Rに出走し、2コースから3着。その後は長期休養に入り、最終的に8月19日付で引退しました。
このように、最後の出走日、引退日、公式発表日はそれぞれ異なります。ニュースを読む際は、日付を区別することが大切です。
【グレートマザー】日高逸子の家族と娘、夫の支えとは?
日高逸子さんを語るうえで欠かせないのが、「グレートマザー」という愛称です。
これは、長年トップレーサーとして活躍しながら、結婚、出産、子育てを経験してきた姿から親しまれるようになった呼び名です。
1997年と1999年に2人の娘を出産ボートレース公式発表によると、日高さんは1997年と1999年に出産しています。
2人の娘を育てながら、出産後約2か月でレースに復帰したことは、当時から大きな話題になりました。
2026年5月のCHANTO WEBのインタビューでは、本人が母親としての経験を振り返っています。現役時代は遠征が多く、娘たちの授業参観や運動会などにほとんど参加できなかったことへの申し訳なさも語っています。
一方で、自分が選手として全力で取り組んだ人生に後悔はないとも話しており、娘たちにも自分のやりたいことを大切にしてほしいという考えを示しています。
夫・邦博さんが家庭を支えたスポーツ報知によると、日高さんは1996年に邦博さんと結婚。長女の出産を機に、夫が会社を辞めて主夫として家庭を支える生活が始まりました。
日高さんがレースで遠征している間、夫が家事や育児を担当するという家庭内の役割分担です。
CHANTO WEBの2026年のインタビューでは、レース期間中に搾乳した母乳を自宅へ送り、夫が解凍して娘に飲ませていたエピソードも紹介されています。
選手として長期遠征を続けられた背景には、夫の協力がありました。日高さん自身も、夫の支えがあったからこそレースに集中できたと感謝を述べています。
長女の結婚と、これからの家族の時間2026年5月のインタビューでは、長女の結婚を控えていることも明かしました。結婚の報告を受け、子育てが一段落したことを実感したと語っています。
また、長女の結婚前に家族4人で海外旅行を計画していることや、将来孫ができたら普通のおばあちゃんとしてかわいがりたいという希望も話しています。
娘たちの名前や現在の詳しい生活については、本人が広く公表している情報に限りがあります。注目すべきなのは、日高さんが家庭と競技生活を両立するために、夫婦で役割を分担してきたという点です。
【ブログの見どころ】引退後の投稿から分かる日高逸子らしさ
「私は あきらめない」は、単なる競技成績の報告ブログではありません。現役時代の勝負の裏側から、旅行、食事、趣味、花の手入れ、イベント出演まで幅広いテーマが登場します。
1. レースの舞台裏や選手仲間との交流ボートレース場での出来事や、現役選手との交流などは、長年競技に携わってきた日高さんならではの内容です。
2026年の投稿にも、女子選手とのトーク企画や、ボートレース関連の配信出演が登場します。現役時代を知らない読者でも、競技の世界を身近に感じられるでしょう。
2. 旅行や食事などの日常生活韓国旅行や国内旅行、食事、庭で育てる植物など、競技以外の話題も豊富です。
特に引退後は、現役時代にはなかなか取れなかった自由な時間を楽しむ様子が見られます。世界一周旅行や自宅の庭での花づくりは、引退後の生活を象徴する話題です。
3. 読者が楽しめるのは、現役時代との変化ブログを読む際に注目したいのは、現役時代と引退後で生活や仕事の内容がどう変わったかという点です。
現役時代は自分がレースで勝つことが中心でした。現在は、解説やトークショーを通じて競技の魅力を伝える立場にもなっています。
それでもボートレースへの関心は続いており、選手仲間との交流もあります。競技を辞めたからといって、これまで築いてきた人間関係や経験まで失われたわけではありません。
よくある誤解と事実の整理- 誤解: 引退したのでボートレース関連の仕事も辞めた。
事実: 解説、トークショー、YouTubeなどの活動を続けている。 - 誤解: 引退日は最後に出走した2025年4月4日。
事実: 最後の出走は4月4日、引退日は8月19日付。 - 誤解: 通算成績は2,500勝。
事実: 詳細な通算記録は2,539勝。 - 誤解: 「私は あきらめない」はファンが書く応援ブログ。
事実: 日高さん本人の発信として報道でも紹介されているアメブロ。
【プロの結論】日高逸子ブログを読む価値と引退後の注目ポイント
日高逸子さんのブログが持つ魅力は、40年間の競技人生を終えた後も、本人の言葉で日々の変化を知ることができる点にあります。
通算2,539勝、生涯獲得賞金11億4,400万3198円という数字は、ボートレース界における大きな功績です。しかし、その数字だけでは日高さんの人生を語り尽くせません。
2度の出産を経験し、夫の協力を得ながら選手生活を続け、大きなけがを乗り越え、63歳で自ら引退を決断しました。
引退後の活動を見ると、競技生活の終わりが、そのまま社会との関わりの終わりではないことも分かります。長年の経験を解説やイベントで伝え、新しい仕事や旅行を楽しむ生活へ移行しています。
ブログを読む際には、次の3つの視点がおすすめです。
- 現役時代を知りたい人: 女子王座決定戦やクイーンズクライマックスの優勝経験、2500勝達成までの歩みに注目する。
- 引退後を知りたい人: YouTube出演、解説、トークショー、旅行などの最新投稿を追う。
- 人物像を知りたい人: 家族や趣味、日常生活について本人が語る記事を読む。
特に、ボートレースの選手としての姿だけでなく、引退後の新しい人生にも興味がある人におすすめできるブログです。
日高逸子ブログと現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日高逸子の公式ブログはどこで読めますか?
A1:アメーバブログの「私は あきらめない」で読めます。本人のプロフィールが掲載されたブログトップから、記事一覧を開くと最新投稿や過去の記事を確認できます。
Q2:日高逸子はなぜ引退したのですか?
A2:2025年8月19日付で引退しました。大きなけがによる膝や足首の痛み、視力や動体視力の衰え、レースへの恐怖や意欲の変化などが背景にあります。本人は通算2,500勝を達成し、十分にやり切ったという満足感も語っています。
Q3:日高逸子の通算成績は何勝ですか?
A3:通算2,539勝です。9,395回出走し、優勝76回、生涯獲得賞金は11億4,400万3198円という記録を残しました。
Q4:日高逸子は2026年現在、何をしていますか?
A4:ボートレースの解説やトークショー、YouTube出演などを続けています。ブログでは旅行や庭の手入れなどの日常も発信しています。
Q5:日高逸子には子供がいますか?
A5:1997年と1999年に出産した2人の娘がいます。夫の邦博さんが主夫として家庭を支え、夫婦で協力しながら競技生活と子育てを両立してきました。
Q6:「グレートマザー」と呼ばれる理由は何ですか?
A6:2度の出産を経験し、産後約2か月でレースに復帰するなど、母親としての生活とトップレーサーとしての活動を両立したことから、この愛称で親しまれるようになりました。
日高逸子さんのブログ「私は あきらめない」は、アメブロで読むことができます。
2025年8月19日付で現役を引退した日高さんは、通算2,539勝、優勝76回、生涯獲得賞金11億4,400万3198円という輝かしい実績を残しました。
引退理由は、長年のけがや身体的な衰えだけではありません。レースへの気持ちの変化や、これからの人生を別の形で楽しみたいという思いも大きな要素でした。
2026年11月現在は、解説やイベント、YouTube出演などで活動を続けています。ブログには旅行や家族、趣味などの話題もあり、現役時代とは違う日高さんの魅力を知ることができます。
「グレートマザー」として女子ボートレース界を牽引した40年間。そして、引退後に始まった新しい人生。最新記事を追いながら、その両方を知ることが「私は あきらめない」を読む最大の楽しみです。
主な事実確認資料: ボートレース公式サイトの2025年8月22日付引退発表、スポーツ報知・スポニチ・日刊スポーツの引退報道、本人のアメブロ、CHANTO WEBの2026年5月22日付インタビュー。