室井滋さんと長谷川和彦さんは、長年にわたって人生を共にしたパートナーでした。しかし、戸籍上の夫婦ではありません。
2人は35年以上にわたり共同生活を続け、芸能メディアでは事実婚カップルとして紹介されてきました。
2019年9月に放送されたフジテレビ系『ダウンタウンなう』でも、室井さん自身が長谷川さんとの長年の関係について語っています。
このとき、入籍する必要性を尋ねられた室井さんは、結婚という形式にこだわらない考えを明かしました。
また、2014年の女性自身のインタビューでは、長谷川さんについて次のような趣旨の話をしています。
- 一緒にいると安心できる存在だった。
- 自分が迷ったときには的確な意見をくれる人だった。
- 夫婦という形式にこだわらなくても、家族としての絆があった。
特に印象的なのは、室井さんが長谷川さんを単なる恋愛相手ではなく、家族として捉えていたことです。
2019年のテレビ出演で語った内容と、過去のインタビューを合わせると、2人の関係は一般的な結婚観とは異なる、独自のパートナーシップだったことが分かります。
【馴れ初め】室井滋と長谷川和彦はどこで出会った?

2人の出会いについては、それぞれの発言を紹介した過去の報道が残っています。
興味深いのは、出会いの場について異なる説明が伝えられている点です。
出会いは映画関係の仕事がきっかけ1999年2月16日号の女性自身に掲載されたインタビューで、長谷川さんは室井さんとの出会いについて、雑誌『ぴあ』が主催した審査委員会で知り合ったと説明しています。
当時、室井さんの明るく活発な印象が強く残り、その後、一緒に生活するようになったという内容でした。
一方、2019年の『ダウンタウンなう』に関するデイリースポーツの報道では、室井さんが長谷川さんとの出会いを飲み屋だったと振り返っています。
出会いの細部については両者の説明に違いがありますが、映画関係の交流を背景に親しくなり、長い共同生活へと発展したことがうかがえます。
長谷川和彦はどんな映画監督だった?長谷川和彦さんは1946年1月5日、広島県生まれ。
東京大学文学部に進学した後、今村昌平監督の今村プロダクションに入り、映画制作の現場で経験を積みました。
特に知られているのが、次の2作品です。
『青春の殺人者』(1976年)
中上健次の小説を原作とする作品。長谷川監督のデビュー作で、第50回キネマ旬報ベスト・テン1位を獲得しました。
『太陽を盗んだ男』(1979年)
沢田研二さん主演。原子爆弾を自作した教師が国家権力に立ち向かうという大胆な物語で、日本映画史に残る作品として高く評価されています。
その後、1982年にはディレクターズ・カンパニーを設立。大森一樹さん、相米慎二さん、根岸吉太郎さん、黒沢清さんらが参加する映画制作の場を作りました。
映画監督としての作品数は少ないものの、2本の代表作は今も映画ファンから高く評価されています。
【入籍しなかった理由】室井姓を守る思いと夫婦別姓への考え
室井滋さんと長谷川和彦さんが法律上の結婚を選ばなかった理由は、一つだけではありません。
過去のインタビューからは、少なくとも次の3つの考え方が読み取れます。
1.室井姓を残したかった特に注目されるのが、長谷川さんが1999年の女性自身のインタビューで語った内容です。
長谷川さんは、室井さんの名字を残したいという考えを明かしていました。
室井姓は富山で10代続いてきた家の姓であり、両親を早くに亡くした室井さんがその姓を受け継いでいるという説明でした。
長谷川さん自身も、室井姓を失わずに済む方法として夫婦別姓での結婚を望んでいたといいます。
この発言は、2人が単に結婚に興味がなかったという説明とは異なります。
室井さんの家の歴史や名字を大切にしたいという思いが、入籍しない選択に関係していたのです。
2.子どもができなかったことも理由の一つ2014年7月の女性自身のインタビューで、室井さんは子どもができていれば結婚を考えた可能性があったという趣旨の説明をしています。
しかし、2人の間に子どもは生まれませんでした。
室井さんにとって、子どもを育てるために法律上の婚姻関係を結ぶ必要性も生じなかったということです。
ここで注意したいのは、長谷川さんの過去の結婚歴と、室井さんとの間に子どもがいたかどうかは別の話だという点です。
2人の間に子どもはいなかったと、室井さん自身が過去の取材で説明しています。
3.結婚という制度にこだわらなかった2019年のテレビ出演では、室井さんは入籍による安心感についても、特に必要性を感じていないという趣旨の発言をしました。
これは、長年の共同生活を続けながらも、世間一般の夫婦像に自分たちを当てはめる必要はないという考え方です。
また、2014年の取材では長谷川さんを家族として捉え、一緒にいることで安心できる存在だと語っています。
つまり、2人にとって大切だったのは婚姻届の有無ではなく、互いを理解し、生活を共にすることだったと考えられます。
【関係の経緯】室井滋と長谷川和彦の35年以上を時系列で整理
2人の関係を理解するには、交際や共同生活だけでなく、それぞれの仕事や長谷川さんの晩年も含めて見る必要があります。
以下に、報道や公式情報から確認できる主な出来事を整理しました。
出典:女性自身、スポーツニッポン、テレビ朝日、日本映画専門チャンネル、高志の国文学館、所属事務所の公開情報をもとに整理。
35年以上続いた関係で見えてくる2人の価値観室井さんは俳優として、映画やテレビ、舞台などで活動を続けてきました。
一方、長谷川さんは監督作品を次々と発表するタイプではなく、映画制作へのこだわりを持ち続けた人物でした。
2014年のインタビューでは、室井さんが長谷川さんについて、完成した脚本を読んでほしいと頼まれることがあり、原稿が1000枚を超えることもあったと話しています。
映画への情熱を失わない長谷川さんと、その創作姿勢を理解する室井さん。
2人の間には、単なる恋愛関係だけでは説明できない、仕事や人生観を共有する関係があったようです。
【2026年1月31日】長谷川和彦の死因と晩年、室井滋との最期
2026年2月2日、テレビ朝日などが長谷川和彦さんの訃報を伝えました。
長谷川さんは、2026年1月31日午後4時47分、東京都内の病院で80歳で亡くなりました。
死因は誤嚥性肺炎による多臓器不全テレビ朝日の報道によると、死因は誤嚥性肺炎による多臓器不全でした。
室井さんの説明では、長谷川さんは約20年前から肺がんなどの治療を受け、晩年にはパーキンソン病も患っていました。
入退院を繰り返し、最終的には寝たきりで声を出すことも難しい状態になっていたといいます。
それでも、映画制作への意欲は最後まで衰えていなかったと報じられています。
室井さんは、長谷川さんが口をきけなくなってからも、頭の中は映画作りのことでいっぱいだったと思うと、その様子を振り返りました。
室井滋が長年のパートナーとして喪主を務めた2026年2月1日のスポーツニッポンの報道では、長谷川さんの葬儀は近親者のみで行われ、喪主は室井滋さんが務めると伝えられました。
法律上の夫婦ではなかった2人ですが、35年以上の関係を築いてきた室井さんが、長谷川さんを送り出す立場になったのです。
訃報後のスポーツニッポンの取材で、室井さんは長谷川さんの存在が大きかったことや、亡くなったことへの寂しさを語っています。
この報道からも、戸籍上の関係と実際の家族としての結びつきが、必ずしも同じではなかったことが伝わります。
事実婚だったからこそ直面した介護の問題長谷川さんの晩年については、女性自身が2026年2月に介護生活の実情を報じています。
室井さんは、長谷川さんが肺がんやパーキンソン病を患い、食事制限やリハビリが必要だったことを説明していました。
また、以前には名字が違うことを理由に、病院から病状を教えてもらえなかった経験も報じられています。
これは、長年一緒に暮らしていても、法律上の婚姻関係がないことで、医療や介護の現場で困難が生じる場合があることを示すエピソードです。
室井さんは仕事を続けながら、長谷川さんの通院や生活面を支えていました。
事実婚という自由な関係を選んだ2人にも、晩年には現実的な負担があったことが分かります。
【2026年最新】室井滋の現在は?仕事や高志の国文学館での活動
長谷川和彦さんの逝去後、室井滋さんは俳優・ナレーター・エッセイストなどの活動を続けています。
2026年11月現在、所属事務所の公式プロフィールには、テレビ出演、映画のナレーション、ラジオ番組、舞台関連イベントなどが掲載されています。
高志の国文学館の館長として富山の文化活動にも参加室井さんは2023年4月、富山県の高志の国文学館の2代目館長に就任しました。
同館は富山ゆかりの文学や文化を紹介する施設です。
室井さん自身も富山県出身で、俳優だけでなく随筆家や絵本作家としても活動してきました。
同館の公式情報によれば、2026年4月には累計入館者数が140万人に達しています。
東京での芸能活動と故郷・富山での文化活動を両立している点は、現在の室井さんを理解するうえで重要です。
2026年10月にもテレビや舞台で活動所属事務所の公式プロフィールには、2026年10月の出演情報として次の活動が掲載されています。
- NHK総合『SLタイムマシン』
- 日本テレビ『遠くへ行きたい』群馬編
- テレビ朝日『朝メシまで。』のナレーション
- 燐光群の舞台『原爆は京都に落とされるはずだった』のアフタートーク
- FMとやま・FM山形『室井滋のしげちゃんおはなしラジオ』
また、映画『幕末ヒポクラテスたち』ではナレーションを担当しています。
2026年10月22日には所属事務所のプロフィールも更新されており、現在も幅広い分野で活動していることが確認できます。
長谷川和彦の死後、室井滋は再婚した?2026年11月現在、室井さんの再婚や新たな結婚について、所属事務所の公式プロフィールなどに発表は見当たりません。
長谷川さんとは法律上の夫婦ではなかったため、厳密には法律上の配偶者との死別や離婚という関係でもありません。
現在は長谷川さんを亡くした後も、自身の仕事や文化活動を続けている状況です。
プライベートについて新たな発表がない以上、再婚や新しいパートナーの存在を推測することはできません。
【よくある質問】室井滋の旦那に関するFAQ
Q1:室井滋の旦那は誰ですか?
映画監督の長谷川和彦さんです。『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』などを手掛けた映画監督で、室井さんとは35年以上にわたって生活を共にしていました。ただし、法律上の結婚はしていません。
Q2:室井滋は結婚しているのですか?
長谷川和彦さんとは事実婚関係で、婚姻届は提出していません。2026年1月31日に長谷川さんが亡くなったため、現在は長年のパートナーを亡くした状況です。
Q3:室井滋と長谷川和彦に子どもはいますか?
2人の間に子どもはいません。室井さんは2014年のインタビューで、子どもができていたら結婚を考えた可能性もあったと説明しています。
Q4:室井滋が長谷川和彦と入籍しなかった理由は?
室井姓を残したいという思いや、夫婦別姓を望む考えがありました。また、室井さん自身も結婚という制度にこだわらない考えを示していました。
Q5:長谷川和彦の死因は何ですか?
2026年1月31日、誤嚥性肺炎による多臓器不全で亡くなりました。享年80歳でした。晩年は肺がんやパーキンソン病の治療を続けていたと報じられています。
Q6:室井滋は2026年現在、何をしていますか?
俳優、ナレーター、エッセイストとして活動しています。また、高志の国文学館館長を務め、ラジオ出演やテレビ、映画関連の仕事も継続しています。
Q7:長谷川和彦の代表作は何ですか?
1976年の『青春の殺人者』と1979年の『太陽を盗んだ男』です。特に『太陽を盗んだ男』は、沢田研二さん主演の日本映画を代表する作品の一つとして知られています。
室井滋さんの旦那として検索される人物は、映画監督の長谷川和彦さんです。
2人は35年以上にわたって人生を共にしましたが、正式な婚姻届を提出することはありませんでした。
その背景には、室井姓を守りたいという思いや夫婦別姓への考え、そして結婚という制度に必ずしもこだわらない2人の価値観がありました。
2026年1月31日、長谷川さんは80歳で逝去しました。誤嚥性肺炎による多臓器不全でした。
長年のパートナーを亡くした室井さんは、現在も俳優やナレーターとして活動し、故郷・富山の文化振興にも携わっています。
今回の関係を理解するうえで押さえておきたいのは、次の3点です。
- 法律上の結婚と家族としての関係は別のものだった。
- 室井姓を大切にする考えが、入籍しない選択に影響していた。
- 長谷川さんの死後も、室井さんは自身の仕事と活動を続けている。
2人の関係は、結婚という形式だけでは測れない長い時間の積み重ねでした。長谷川和彦監督が残した映画作品とともに、室井滋さんが語ってきた2人の人生も、今後も記憶されていくことでしょう。